言わぬが花

星雷はやと

言わぬが花


「岡田! 俺っ、彼女が出来たよ!」

「は?」


 昼休みの教室、向かい側に座った安田から喧嘩を売られた。俺たちが通う此処は男子高校だ。異性との出会いの場なんて、そうそうあるわけではい。そのことは、目の前の男も嫌というほど知っている筈だ。ならば全てを理解した上での発言ということになる。そうかそうか、お前も彼女いない歴が年齢を笑う立場に回るのか。

 俺は苛立ちを隠さずに、だらしなく笑う友人を睨みつけた。


「え! 顔、怖いよ!? 岡田?」

「あ? お前が俺に喧嘩を売ったからだろうが?」

「喧嘩? 違う! 誤解だよ、報告だから!」

「要らねぇ」


 安田は両手を上げ、首を左右に振る。親でもあるまいし、俺に報告する義務などないだろう。関わると面倒だと、食べかけのサンドウィッチに齧りついた。


「それでさ~彼女さ~俺がサッカー部で腹が空くって言ったら、お弁当を作って来てくれた!」

「…………」


 俺の勘は正しかったようだ。報告したのは、彼女を自慢する為だった。安田は気持ち悪く、語尾を伸ばしながら重箱を広げた。三段のそれは、色とりどりのおかずが並んでいる。料理をしない俺でも、一目見ただけでも手間がかかっていることが分かる。反応するのが面倒で、二つ目のサンドウィッチを口に含む。


「凄いよね! カラフルな上に、栄養バランスも考えてくれているし! ほら、おにぎりもサッカーボールになっている! なあ、凄いよな?」

「……はぁぁ、そうだな」


 目を輝かせながら、一人感想を口にする安田。このまま放置してもいいのだが、こいつは俺が返事をするまで自慢を続けるだろう。面倒な性格の持ち主だ。わざとらしく、大きな溜息を吐き相槌を打つ。決して、こいつの圧力に屈したわけではない。ただ単に視線が煩わしかっただけだ。


「だろう! あ、来週の試合を彼女が観に来てくれるって!!」

「浮かれすぎて顔面にボールを受けて退場になるなよ」


 机から身を乗り出し、報告をする安田。だから俺はお前の親ではないのだから、一々報告をしなくていい。試合でよく怪我をする友人に、一応注意を口にした。



 〇



「聞いてくれ! 岡田! 俺、怪我しなかった! ゴールも決めたし、勝った!!」

「……そうか」


 蝉の鳴き声に苛立ちながら、教室のドアをあける。すると、安田が笑顔で駆け寄って来た。朝から元気で暑苦しい。


「もっと褒めてやれよ、岡田!」

「そうだぜ! 彼女が出来た報告も、お前が一番だぜ?」

「あ?」


 安田の後ろから、同じくサッカー部が顔を出す。親でも兄弟でもないのに、彼女が出来た報告をされて喜ぶ奴が居るか?サッカー部を睨む。


「岡田も来れば、彼女さんに会えたのにな! 勿体ないことをしたな!」

「そうそう! 滅茶苦茶美人だった! 日傘が似合っていた!」

「良い香りしたよな! 清楚で可憐な花!」

「安田だけじゃなくて、俺たちにも差し入れ持ってきてくれた! 手作りの!」

「安田も怪我しないし、格上の相手に勝てたって勝利の女神じゃね?」


 俺はサッカー部に囲まれ、安田の彼女の感想を聞かされる。異性に飢えた男の感想に正直引きながら、怪我もなく試合にも勝利することが出来て良かったとは思う。だが非常に暑苦しい。分かったから、俺を囲んで話すな。俺は男共ではなく、可愛いらしい女の子に囲まれたい。


「はいはい……解散しろ……」


 サッカー部を搔き分け、自分の席に着こうと足を進める。


「あ、岡田。これ、俺の彼女ね」

「……は……」


 安田が俺にスマホの画面を向けた。そこには安田の隣に、白い日傘をさした黒い塊が映っていた。俺は思わず息を止めた。


「今度、ちゃんと紹介するから」

「……安田、お前……幸せか?」


 先程のサッカー部の言葉を思い出すが、一致するのは白い日傘しかない。これは俺の目がおかしいのだろうか?スマホから顔を上げ、安田を見る。


「え? 勿論! とっても幸せだよ!!」

「そうか……良かったな」


 安田は満面の笑みで答えた。本人が幸せだと言うならば、俺が何か言う必要もないだろう。人の趣味趣向は人それぞれだ。馬に蹴られたくない。俺は可愛い彼女が欲しい。だから、彼女について、追求することなく相槌を打った。


 言わぬが花である。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言わぬが花 星雷はやと @hosirai-hayato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ