第7話
話を終えた俺たちは、事務所から再びテナントエリアへと戻る。
「突然押し掛けてすみませんでした」
「いいえ。刑事さんも、暑い中大変ですね」
「これも仕事ですから」と返す山内の声は、つっぱねるような棘が含まれていて、さすがに苦笑いが零れた。
「それでは、ご協力感謝致します」
「また何かありましたら、いつでも」
社交辞令だろう。萩さんはにこやかに頭を下げた。
「あれ、沢田さん」
同じように萩さんに頭を下げたときだ。山内の通る声に顔を上げ振り返る。自動ドアが開き、入って来た沢田さんは右手を軽く上げた。
「どうしたんですか? 聞き込みなら、今終わりました」
「あー、ちょっと遅かったか」
俺も一緒に聞きたかったんだが、と沢田さんは山内に返してから、萩さんへと「お久しぶりです」と頭を下げた。続けて、萩さんも幾分か緊張がほぐれたように会釈をする。
「え、沢田さん、お知り合いなんですか?」
沢田さんと萩さんを交互に見る。
「ああ。俺の実家がこの近くだから、祝い事とかあるとここで花を買うんだよ」
「ええ。いつもご贔屓にしていただいて。でも、最近はめっきりですね」
「そうでしたっけ」
あはは、と気まずそうに沢田さんは頭の後ろを掻いた。過去であっても、この沢田さんが花を買うところは想像できないと、失礼と分かりつつも顔が引きつった。ワイシャツはいつも皺が残っているし、ネクタイも曲がっていることが多い。無精ひげもたまに生えていたりする。そんな小洒落たことができる人だとは思えない。
「お前、なんか失礼なこと考えていないか」
不意に俺を振り向いた沢田さんに慌てて首を横に振ったときだ。偶然。たまたま、レジの横に置かれた可愛らしいパッケージの商品が目に留まった。
「あれって」
指を差せば、萩さんがそれを辿って振り返る。それから、「ああ」と言って、その一つを手に取って持ってきた。透明なガラス玉に黄色い花が閉じ込められている。ミモザですね、と隣の山内が言った。
「プリザーブドフラワーを閉じ込めたガラス細工です。これはそれをネックレスにしたもので」
「この商品は、いつから売られているものなんですか?」
「えっと、いつからだったかしら。もう随分と前から売っているから……」
「これは、どこからか仕入れしているものですか? それともオリジナル?」
「オリジナルです。うちのスタッフが一つ一つ手作りしていて。まぁ、他のお店にも似たような商品はあるかもしれないですけど」
「これ、他の種類も見せてもらえますか?」
「いいですよ」
萩さんは商品が綺麗に並べて置かれている麻の籠を持って俺の前へとやって来る。それから、一つ一つ丁寧に取り出して、中に閉じ込められている花の名前を教えてくれた。でも、そこにはあれがない。
「すみません。これって桜はないんですか?」
「桜、ですか? 桜は作ったことないと思います。桜って花弁が薄くて、プリザーブドフラワーにすることが難しいので」
「そうですか……」
パッケージされた中で、ミモザを浮かべたガラス玉が照明を反射して煌めいている。
「すみません。これ、一つ買います」
「えっ」
驚いたのは山内も萩さんも同時だった。気に入ったんですか、と山内が苦く笑った。沢田さんも「業務中だぞ」と呆れたように続く。
萩さんは近くにいた女性スタッフに、俺が持っていたミモザのネックレスを会計するように言う。お会計こちらへ、と促されレジへと向かった。なぜか山内も着いてくる。
「誰かにプレゼントですか?」
「そういうわけじゃない」
「自分用? 可愛すぎませんか、それだと」
うるさい、と山内へ返す。軽く後ろを振り返れば、少し俺たちと距離を置いたところで、沢田さんが萩さんに何か耳打ちをしているのが見えた。
花の色は うつりにけりな いたづらに 月野志麻 @koyoi1230
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