屋台名物、選別スープ⁈ ⑤

🍴🍴🍴


「シリウス君」

 シリウスの視線がフィーネの後ろ姿から逸れぬ前にカイは話を切り出した。


 察しの良いシリウスは二人で話したいとのカイの意向を読み取っていたのだろう。言葉に迷うカイを促すように無言の頷きを返す。


「ごめんなさい。結果、前に伝えた事におそらく間違いはないと。それどころか予想よりもずっと僕は……フィーネとシリウス君に迷惑をかけていた。ごめんなさい」


 震えそうになる唇を叱咤し、はっきりとカイは伝える。


 クラウディオ達の仲裁をした後に伝えられた検査結果と考察は、カイの無罪を証明すると同時にクラウディオやシリウスの想像を遙かに超えたものであった。


 騎士団側の反応としては好意的であったことは間違いない。むしろ知らぬ者から見れば『小さな街の一料理見習い』から『国家魔術師見習い』へと変化したのだから喜ばしい事だ、と評価する者さえいるかもしれない。


 しかしカイは何重もの意味で打ちのめされている。罪悪感と羞恥心は募るばかりだ。


 先の騎士団でカイは魔法使いや魔術師、魔法機器などによって頭の先から足の先まで綿密に調べられた。更にカイ自身でさえ全く気付かなかった様々な事も明かされ、必死に隠していた極々私的な部分も紐解かれてしまった。

 もちろんそれらは今夜、フィーネにも謝罪と共に伝えるつもりだが。一方で事の根幹に関わる極々私的なそれについては、どう説明すれば良いのか……と言うよりも。正直に伝えた時の反応が怖くて堪らない。


 カイの臆病で慎重な性格と強い願いたちは、一番厄介な形で効果を表していたのである。


「カイ、この間も伝えたが黙ってた俺も同罪だ。いや、薄々わかっていて利用していたのだからお前よりも余程悪質だろう。……但し、まさか俺まで範囲が及んでいるとは」

「な、なんでそこまで⁈」


 肩を揺らし、瞳を丸くさせて見上げるカイにシリウスはことも無く、真面目な面持ちで言葉を返す。


「何年付き合ってると思ってるんだ」


 ざわり、と周りの人々がどよめいた。

 当の本人たち二人にその気は全くなくとも、実際そのような意味など全く含まなくとも。近くに居た人々は各々勝手な想像や誤解をしてしまったであろう事を、この場にリーゼロッテ・アイブラーが居ればいち早く察し「お二人さん! 周りみようか⁈」と叫んでいたであろう。


 しかし実際はカイとシリウス、二人の実際の友人関係や各々の性格を知らず、美貌の青年とのロマンス的な雰囲気を好む素養がある者が幾人か居たわけで。

 つまり男女問わず何人もの人々が顔を覆ったり、気まずくも先が気になり目を奪われたりしながら、美神のようなシリウスと背が低く可愛らしい様相のカイという異なる雰囲気で中性的な二人の関係を誤解したり、想像を受け入れられずに動揺したりしていた。


 そして当の本人たちと言うと、真剣な話の最中であった事や長い付き合い故に感覚が麻痺していたので全く気付かなかった訳である。


「シリウス君は凄いね……」


 諦めや寂しさにも似た安堵と純粋な尊敬を滲ませ、カイは「適わないや」と笑う。

 シリウスは否定も肯定も含まない頷きを返した。


「魔法知識に関して言えば、腐ってもあの鬼才変人変態揃いのリィン分校卒、末端ではあるが国の狂犬小屋勤めだからな。それに研究者専門外だろうが魔法探知が出来ずに仕事になるか。しかし、これでお前にとって俺は学舎だけでなく犬小屋の先輩にもなるのか」

「犬小屋って……」


 苦笑するカイに対して、シリウスは至って真顔で応え続ける。


「今あそこに残ってる奴のほとんどは、俺のように己の欲望に忠実だが一応は従順な狂犬か、知性はあるが正気は失っている害の少ない怪物か。はたまた名前の多い馬鹿かのどれかだ。犬小屋で十分だろう。大体、シモン・アンティーヌやお前のような真面目やお人好しの方が今のあそこ国立機関では珍しい。分署も喜んでたんじゃないか? お前が加わる事を」


 シリウスの言葉にカイは自信なげに首を傾げた。


「……その点は人手が足りないとは言ってたから、猫の手も借りたい的な感じじゃないかと思う」

「そうか。ところで、フィーネには言うんだろうな?」


 躊躇いなくカイは頷く。とは言え、話が話だけに恐怖や不安は尽きず、傷つきたくないと怖気付いているのは本当だ。

 気を緩ませると『環境が大きく変化したフィーネに今全てを伝えるべきなのか? 彼女の心境を思えば、都度必要な部分を話していく方が誠実な対応なのではないか?』との非常に尤もらしく、すがりやすい迷いが頭を過ってしまう。


「今夜、夕食の後にでもできれば」


「では今晩、俺はよそで食べてくるか」


 シリウスの一言に、思わずカイは目を見開いた。


「えっ?! シリウス君居なくて良いの?」

「そんなに居て欲しいのか?」

「いや、そういう訳では……」


 決してないのだが、あの過保護なシリウスが自らの意思で容認するとは思ってもみなかった、聞き間違えだとさえ思ってしまった、との本音はひどすぎて言えない。


「それとも何か? 俺の立場と神獣騒ぎにかこつけて可愛い妹に言い寄り」

「かっ?! かこつけたわけじゃ……」

「ならば、普段の行いの延長だと理由付け、諸々の違反を重ねて食物を差し入れ餌付けし、きちんと気持ちも告げずに言いくるめようとしたな?」

「餌付けなんてしてないよ⁈ ……違反と、ちゃんと気持ちを伝えなかったのは本当だけれど。それは……」


 言いかけたものの、今更理由を述べてもと思い直し、カイは唇を噛み締めた。代わりにシリウスが言葉を継ぐ。


「お前への気持ちを明確に掴みきれてない、鈍いフィーネに正当な判断を促す為。負い目を持たせずに対等な関係を維持する為だろう? それもお前の理想の、絵に描いた餅のような計画込みでの話でだ。しかし、同程度の能力や諸々の違反リスク等だけを考えれば、少なくともすぐに思いつくだけで他に五通りのやりようはあった。あのような方法と場、あんなお粗末な口実を選ぶしか出来なかったのは一重にお前の性格故だ」


 シリウスの指摘にカイは項垂れる。


 彼の言葉に間違いは無い。フィーネへの気持ちを隠して『同行』を願い出たのは全て『フィーネには嫌われていないだろう』という希望的観測を前提にした、叶いそうもない望みを捨てきれなかったから。そして嘘偽りのない素直な気持ちが欲しかったからだ。

 また、おそらくシリウスは一連の行動や『素直な気持ちが欲しい』との思惑の裏にあるカイの臆病な性格や恐れ、フィーネの持つ真の意味での優しさや誠実さを信じきれなかった事にも気付いている。その上でフィーネとカイを想い、こうしてカイに確かめているのだ。


 悪く言えば釘を指しているとも取れるが、長く付き合いのあるカイにはその奥にシリウスなりの優しさを感じてならない。

 大切だからこそ過って欲しくない。良い点も悪い点も自覚し、冷静に見極めて進んで欲しい。この先二人の関係がどう変化しようとも、互いに自立し、幸せになって欲しい……言葉に直接表さずとも、そんなシリウスの希望が彼の言葉には含まれている気がした。


「……うん。むしろシリウス君は少し買い被り過ぎだよ。あの時はとにかく焦ってたから、温かい場所で安全に過ごせてるか、傷付いて落ち込んでないか……それしか頭になくて、他の方法なんて思い浮かばなかった。気付いたら休みを取ってシリウス君に居場所聞いて、見張りの人の目も盗んで忍び込んで……何を使ってるかも理解しないまま魔法も……フィーネにも……」


「ああ。だからお前を殴った事は謝らないからな。お前がここで改めて、俺の推測を認めるならば尚更」


 シリウスの両手がカイの頭を挟む。そのままカイは強引に顔を上向かせられた。

 鋭い黄金色の眼差しにカイは等しく真っ直ぐなものを返す。同時に再び、何も知らない周りがどよめいた。


「俺の家族に悪影響を及ぼす奴は許さない。可能性を持つ者には常に注意を払い、兆候や異変が見られれば徹底的に潰す。大事な妹とお前との交流を妨げなかったのはフィーネにとって『無害な虫』であると認識していたからだ。今後万が一にでも、俺の認識が改められる事象が起こり得た場合は……」


 よどみなかったそれが初めて、僅かに留まって。切れ長の黄金色の瞳がゆっくりと閉じられる。


 一呼吸後、黄金色が再びカイのキャラメル色を捕えて、両手の力が強まる。大仰なため息と共にシリウスは彼らしい結論へと行き着いた。


「九割が八つ当たりなのは認める。とにかく。今夜俺は出かける。大事な妹を一人宿に残してな。もちろん寝る前には帰ってくるが、その間にお前が今日判明した事実をフィーネに告げようと、何をどう話し合おうと、神獣を勝手に呼んで手なずけようと露店の主人に提案する料理を二人で考えようとも。俺は口を出さない。好きにお前とフィーネとで責任を持って選べ。以上だ」


 最後にシリウスはカイの両頬をやや変形するくらいには強めに、しかし痛みを感じさせない程度の力で、むぎゅっと挟んだ。

 礼を告げようにもカイは言葉に出来ず。なんとか感謝の意だけでも伝えようともがくが、シリウスに顔を掴まれている間は叶わなかった。


「俺は妹が可愛い。お前を信頼してもいる。だから激励するつもりも、何かを勧めるつもりも微塵もない。それだけだ」

「……っ、ありがとう。シリウス君」


 シリウスの態度と言動に、ふっと微笑んでしまいそうになるのを必死に抑えて。シスコンの両手から解き放たれたカイは素直な気持ちを伝える。


「あと、少し前から思ってたんだが。お前」


 続く言葉にカイは苦笑し、肯定の頷きと「そうみたい」との言葉を返した。

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