屋台名物、選別スープ⁈ ①
「身長が1.72メル、体重62.3キログラム、腹部鉱石属性はおそらく陰の水、縦4.8、横……」
淡々とした声で記されていく自身の体の状態に、フィーネが羞恥心を感じる間はない。
研究員の女性の動きに無駄は無く、傍らの魔法記録装置と同じように正確で機械的。それらの動作は目で追うのがやっとな程素早い。
消毒薬の匂いこそしないが、室内は様々な測定器に薬棚、小さな魔法冷蔵庫、二つの簡易ベッド、テーブルセットと女学校の養護室を大きくしたような空間であった。
(こんなに朝早くからお仕事してるんだ。それとも夜通し……?)
驚きと不安の混じる眼差しに気付いたのだろうか。
女性はぴくりと尖った耳を揺らすと測定の手を止める。銀縁の眼鏡の奥の瞳が細まり、数値を連ねる声よりも柔らかい声がフィーネの疑問に答えた。
「大丈夫ですよ。たまたま今日は早く来ていただけです」
「⁈ は、はい! 良かったです。ありがとうございます」
(心、読めるの?! お姉さん、人間離れした動きだし、お耳も長いし。読心能力を持つ優秀なエルフさんとか? なのかな?)
今朝早くメルトムントに到着したフィーネは、カイやシリウスと別れ、シモンと共にクライス騎士団分署へと直行した。
到着して、まず驚いたのはその広さだ。
市内主要駅や繁華街を見下ろす丘の中腹、つまりやや郊外にあるとは言え、分署の総敷地はピゴスの村役場がゆうに六つ、七つは入るくらい広い。
南側の正門を中心とした扇形の中庭を囲んで、向かって左から訓練用各施設数棟、正面に五階建ての本館、右側から本館裏手にL字型の別館兼宿舎……と。ピゴスにあれば一棟でも目立つような立派な建物が幾つも建っている。
現在フィーネが居るのも、中庭に面した別館の三階、異種族・異能研究室……の複数ある部屋の中の一室らしい。
ちなみに「計測に差し支えるから」と、部屋の外で立ったまま待機し任務を遂行し続けているシモンは国内生活管理部。同じ別館にあるという。
「では今度はこれを持って下さい」
「はい」
月並みな測定の後。謎の台に立たされたフィーネが、おもむろに手渡されたのは金属製の棒であった。
可もなく不可もなく、至って普通の金属の棒。見た目通り重くない。
「予告無く、段階的に重くなります。こうやって手を真っ直ぐ前に出して、そうです。腕と体が直角になるように意識して。そのまま維持して下さい」
言われた通りにフィーネは棒を両手で持つ。普段は滅多にしないような不自然な格好だ。
「棒の端のどちらかが下がってしまい水平を保てなくなりそうになる前に、重くて床に落としてしまう前に。兎に角、重いと感じる前に知らせて下さいね」
「はい……っ」
説明を受けている途中から、既に徐々に棒は重くなっていった。
しかし重くなる事に多少驚くことはあれど、重いという感覚はすぐに慣れ、たち消えてしまう。
まるで元から棒の重さはその程度だったかのように。重さが変わり、慣れてくる度にフィーネは奇妙な感覚に陥った。
一方、研究員の女性は瞳を細め、度々目を丸くさせながらも、次々と表示される測定数値を記していく。
「85、100、130……250……これなら300以上もいけそう。魔力種が『水』、『風』。加護――強化より。術種『想』の陰陽混合型、色種が琥珀色から若草。親和値が58.5……?? 嘘、有り得るの? ……面白いわ。もういいですよ」
彼女の表情がふっと緩んで。ついに謎の棒検査は終了した。
次は何が出るのだろうかと構えるフィーネに、彼女は以外にもその場での待機の指示を出す。
(棒を……と言うか、力を使った時とそのままの時との差を測るのかな?)
「素は魔力種『土』。術種、『行』次いで『触』。陰陽混合型、色種は柑色から蜜柑色。総出力量は……18.1……約29%……」
研究員の声色に明らかな喜色が混じって、驚愕と納得の混じったような不可解な台詞とため息が零れる。
話の流れから、総出力量とは魔力放出か魔法を使った際の総出力量だろうか。
結局。
その後「意識差もあるので念の為」と言われ、一時的に腕輪を外した状態で同じように立ったまま測定。
しかし当然、見えるか見えないかを左右する腕輪に値などが変わることはなく。
魔法に馴染みの薄いフィーネには、それらの数値や種類の善し悪しや何を意味しているのかは掴めなかった。
(後でお兄ちゃんに聞いてみよう。ところでカイは大丈夫かなぁ……)
「お疲れ様でした。今日はもう終わりです。視覚固定ブレスレットは指示があるまで着けていて下さいね。体調が優れないなど、なにか異変があった場合はすぐにアンティーヌや私にお伝え下さい」
「はい。本当にありがとうございました」
「明日はゆっくり休んで、明後日からは二日間に渡っての体力検査になります。詳しい魔法検査は採血結果が出てから、ここか、結果によっては魔法院本部で。来週末以降になる予定です。検査日程については都度、アンティーヌから連絡がいきます。……他に、なにかお聞きしたいことやご不安に思ってることがありましたら今、私で良ければお伺いしますよ」
「大丈……あ、」
言い淀んだフィーネを物腰柔らかな研究員は見逃さなかった。こちらの戸惑いを見抜き、彼女は微笑む。
「遠慮なく。その為の私達です」
「じゃあ……」
🍴🍴🍴
「わ……こりゃ、凄いな……」
同時刻、メルトムント市街。東広場のシンボル的建築物、広大な魔法院本部の研究室にて。
クラウディオの同僚は赤茶の瞳を丸くさせ、感嘆の声を漏らした。
声の主の目の前には値や見慣れぬ用語がビッシリと埋まった複数枚の紙と困惑顔のカイ、そして鼻息荒いクラウディオ。
「でしょうでしょう。正にかの伝説の如く、イカと一緒にシラスが釣れたのか? ……と思ったら、海獣の幼獣を見つけた船乗りの気持ちですよ。室長、やっちゃいません?」
得意気に胸を反り、ニュアンスのわかり辛い言葉を吐いたクラウディオに赤毛の彼女は強く頷く。
理知的で落ち着いた雰囲気の女性だ。慣れているのか、彼女はクラウディオの様子にも特段驚きを示しておらず、カイの想像する研究室の中間管理職像とも重なっていた。
「うん。是非とも。きっと仕上げればかなりのモノになるよ。少なくともキミよりはずっと優秀になるね」
「ですよね」
クラウディオは屈託なく頷き返す。
特段の説明もないままに始まった数多の検査については未だ全容を掴めていない。
どうやらほとんどは魔法関連の検査のようだが、カイの行為や疑惑にどう関わってくるのかは門外漢のカイにはわからなかった。
(なんかこれで良いのかな……? 簡易検査の事は聞いていたけど。まずはシモンさんの上司の方や司法関連の人に厳しい取り調べを受けるのかと思ってた。)
正門辺りから検査室に至るまでの多数の奇異の目や廊下のざわめきについても、想像したものとは多少異なっている。
どうにも疑われている、珍しい案件として興味を持たれているという視線では無いのだ。
変人だが生態学分野では有名な学者が講演に来た時の植物オタクの友人の様子、または珍獣を見る為にはるばる来園した人々のざわめきにひどく似ている。
それにシモンが言いかけていたあの言葉。
愚かな自惚れに近しい推測は、カイの不安を尚更煽っていた。
一方、戸惑うカイを置いて、クラウディオ達の熱は上がっていくばかり。
「ボクもカイ君の無意識に魔法を、それも継続して使い続けている痕跡を見つけた時は目を疑いましたよ! でも魔力種が二種の珍獣、しかもこの異次元的出力量ならばいけると」
「ああ。既に発現式の基礎や術式の使い分けも出来ているしな。十二分に有り得る話だ。この先、背が伸び、院のしごきで体重が増えた時に出力割合が下がる可能性も出てくるが、その頃には総出力量も技術も格段に上がっているはずだ」
「これで神継者でも純血でも院卒でもないんですから、すごいですよねえ。さっそくウチで確保申請しときますね」
クラウディオの鼻歌交じりの提案に、室長の顔色が瞬時に変わる。
同時にカイの肌が粟立つ。一瞬だが、肌の上をピリリと静電気のような感覚が走った気がしたのだ。
(なんだろう……? この感覚……?)
初めての感覚に戸惑うカイを置いて、二人の空気は剣呑なものへと変化していく。
「ちょっと待て、ウチだ。訳のわからないお前のぼっち研究室に置けるか!」
「はい? 室長のとこだって実質一人ですよね? それにボクの意義深い崇高な研究と室長の毛玉主義、比べるまでもないじゃないですか!」
落ち着きある室長はどこへやら。彼女は頬をひくつかせながら、ゆらりと立ち上がる。
「お前……! 毛玉主義とはなんだ! もふもふが正義なのは幻獣も神獣も変わらぬと言う普遍的価値の探求を……お前こそ小さい女子(おなご)や男子(おのこ)の研究など、いかがわしいにも程がある!」
「は? 妖精研究を馬鹿にされてボクが黙ってるとでも?! それにボクの専門は妖精じゃなくて精霊です! 大きいのも山ほどいますよ! あと妖精研究は完全な趣味ですからね!」
「余計悪いわッ」
「ま、待ってください……!」
白熱する二人の間にカイは割り入る。食い入るような熱視線がカイに集中して、
「カイ君はボクの所に来るよね?」
「カイ殿もウチでもふもふに癒されたいだろう?」
努力虚しく。再び二人の戦いは始まってしまう。
「なんだと?」
「ボクが先ですけど?」
「あの、詳しいお話を聞いてからきちんとお応えしますから!」
もう一度止めるカイに、二人は同時に振り向く。爛々と光る瞳にカイの背中がぞくりと震えた。
「ふふふ。そうか、そうか。ならば資料用意だな! 準備が出来次第、魔力種、術式、発現式の特性やカイ殿の生い立ち性格も踏まえた上で、ウチで試せる有意義な時間の提案をしてみせようぞ!」
「ボクはその間にプレゼンを。手取り足取り、いかにボクの所へ来るという選択が、豊かで愛に溢れた人生に繋がるか丁寧に教えるよ。良ければ養成機関試験突破から力の使い方、各教授への問答集も。絶対後悔させないからね。早速隣の部屋でどう?」
「え、あ……⁈ あの、順に……っシモンさんのいる所でおねが、っわ……! お願いします……!」
クラウディオに背中を押され、室長に真逆の方向に腕を引かれ。裂けそうになる身をよじりながら、カイは悲鳴混じりに懇願した。
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