旅立ちの日――幕間のショートショートティータイム ②
「ええと、まずはもう一度呼んでみます……? 他に大きさとか、鳴き声? とかわかれば僕達もお手伝いできるかも。車内で居なくなったんですよね? シモンさんの……大事な……御家族が……」
流石カイだ。
今の応答、フィーネならばうまく話を継げないだろうし、シリウスならば眉をひそめて、
「イマジナリーフレンドは俺には見えない。協力を仰ぐなら目的と具体的方法を提示しろ」
……などと正面から噛み付いていくに決まっている。
話とは全く関係の無い所で感心する一方で、フィーネは心底シモンが心配にもなる。
あまりの疲労に可愛いものを求め始めてしまった……有り得なくもない話かもしれない。
しかしそれもすぐに。
「ああ、言葉が足りませんでしたね。私のペットや家族を探して欲しい訳ではないのです。探して欲しいのは神継ぎの継承者、クライン嬢に能力を付与した神獣です」
「「神獣?」」
シモンの言葉にフィーネとカイは瞳を丸くさせる。
「ええ。『神継者』の方々の特徴として、体の一部に七色の石が現れる事、元来の種族のものとは異なる能力を持つ事はご存知だと思うのですが。ここ近年のクラウディオ達の研究と貴族制度の廃止……大人の事情なのですが……により、これらは神獣による能力付与による産物と同様のものだとわかってきました」
「それは、『神継者』となる原因が動物? 生物? ……由来だって事ですか⁈」
「ええ、おそらく。それぞれの神獣には仕える神がいて、彼らの成獣の多くは己の能力を共有し高め合う存在『宿主』を定め、証を互いに持っています。クラウディオ達は精霊研究を主な仕事としておりまして、この神獣の『宿主』の特徴と『神継者』の条件が重なる事に着目しているのです。もし仮に二つが全く同等のものを指すのだとすれば、先天型と後転型の違いも宿主と認められた時期の差だと説明が付きますしね。ただ宿主のいない神獣と接触さえすれば、誰しも神継者の条件に該当するというわけではないので……確率や他の諸条件、細かな分類については研究段階ではあります」
そこまで告げると一口、シモンは表情を和らげた。
「能力付与した神獣がわかれば、付与された能力の特性や発現の法則性がある程度掴めます。能力の制御法も、制御法に合わせたカリキュラム選択も絞られ、クライン嬢の身体変化の安定も望めるでしょう。逆に神獣の正体が不明な場合は打つ手が非常に限られてしまいます。医療支援も手探りとなり、検査後に始まる訓練前の調整や監視期間の長期化、厳格化に繋がる事がほとんどなのです。ですから、まずは神獣を探して下さい。無論、私達もサポートさせて頂きます」
「はい……! ありがとうございます。あの、ところで……無知を承知でお伺いしたいのですが……」
話の流れを断ってしまって良いものか迷いつつ、フィーネはおずおずと疑問を口にした。
「神獣って……どういう生き物を指すんですか?」
フィーネの言葉にカイも続く。
「それ、僕もあまり詳しくないのでお伺いしたいです。具体的に皆さんどのように探しているのかも合わせて。さっきの『呼べば現れる』ってお話も……詳しく話して下さいませんか?」
「ああ、すみません。その前に、お二方がどの程度人間以外の種族や『神』や『魔法』についてご存知かお伺いしてもよろしいですか?」
「ええっと……」
フィーネは口籠もり、カイへと目配せする。
(私の方が詳しくないだろうから……)
「私は学校で習った程度です。昔は神様や悪魔、魔法の存在は信仰によって存在を信じるかはまちまちだったり、天気や気候の変化を神様に喩えたんだろうって説もあったって」
「僕も同じです。四百五十年前、シファン公国の四・二・0同盟発足からの四十年戦争が始まるまで精霊族や獣人族なども含めて、その存在について立証も否定も出来ていなかったのだと聞いてます」
「その通りです」
シモンは頷くと徐に視線を窓の外へと移し、雲ひとつない真っ青な空を見上げる。
「あの一連の戦争まではあくまで、我々のように集団を形成し、文化や信仰、芸術や学問を持つ生物が、自然現象や何かしらの事象を受け入れ、理解していく上で認識したり、概念として比喩に用いたのではないか? との説が通説でした。でも、実在していた」
シモンの言葉が重く響く。
存在証明は理屈や理論の前に、疑いようのない多数の当人の出現によって立証されてしまった。
混戦を極めていた隣国シファンの内戦に、遠くの異大陸から渡来した魔族が公国側、革命側両者に加担し始めたのだ。
当初は自称『魔族』と揶揄された彼らは『魔法』という信じられないような力を駆使し、たった一年でシファン公国のほとんどを焼け野原にした。
それでも終わらぬ争いはやがて隣国を巻き込み、更には異大陸から渡来したエルフ族、竜族なども参戦。
戦火は地続きであった我らヒュームはじめラティリア大陸全土へ。
最終的には三大陸魔法科学大戦へと繋がったとフィーネは女学校で習っている。
「『神』や『悪魔』は……いえ、私達が『神』や『悪魔』と呼んでいたものの一部は、同じ星に生きる長命の生物である事がわかり、生物の能力や道具を利用し起こした化学反応の総称である『魔法』や各『術式』、それら能力を使うにあたって必要な、確かに存在し得る『魔力』や『神力』という物質も発見されました。『神獣』も同じくその頃に明確な種として認識され、研究が始まりました」
長い歴史の中で、件の魔法科学大戦はヒュームにとっても大きな転機となった。
痛ましく惨い戦いは多くの犠牲を出した末、三百五十年前に幕を閉じたが、その後も魔族などの各種族との交流や神獣や魔獣、魔法関連の研究は続いている。
しかしフィーネが知る『神獣』についての知識はその程度。
それも『思い出せば、そう言えば女学校で……』程の浅さである。
エルフ族や竜族などの獣人族と比べ、神獣とは縁が薄い。具体的な知識は皆無だ。
「全ての個体が魔力や神力を持ち、それらを使ってなにかしらの魔法や呪術が仕える事。仕え、能力の源となる神がいる事。自身の物体化や他物質化等の変化が可能な事。そして神獣個々の意思により他固有生物への能力付与……厳密に言うと能力共有を行える事。それが『神獣』の条件です」
落ち着いたシモンの声に一定のリズムを奏でる走行音が併走する。
窓から差し込む春の日差しは神獣について語るシモンを、さながら聖職者や厳格な学者のように魅せていた。
「とまあ、」
一言間をおいて。ふっとシモンは息を吐く。
厳格な雰囲気は一気に崩れ、その場には色濃い疲労を浮かべ苦笑を滲ませる青年が残った。
「長々と話しておきながら、それ以外の特徴について、私が話せることはあまりないのです」
「えっ」
慌ててフィーネは口を押さえ、あたふたと無意味に両手を振る。
実際のところ少々肩透かしを食らったのは事実だが、懸命に説明してくれたシモンに対してあんまりな態度である事は変わりない。
「いや、あの、わからないものなんですね!」
「そうだね……! 僕達の知らない世界なので、勉強になります!」
相槌を打ってくれるカイに対しても申し訳なさと感謝しかない。
二人に感化されたのか、シモンまで慌てたように身を乗り出すと。
「ですが、相性の関係なのか、能力共有相手である宿主は神獣を愛らしいと感じる事が多いようですから。クライン嬢の神獣もきっと可愛らしい容姿ですよ!」
気休めになるような、ならないような言葉を告げた。
(それって、神獣の容姿は私の可愛いの好みに寄ってるってことかな……?! な、なんか恥ずかしい……)
「あと、」
咳払いの後、彼は真っ直ぐにフィーネを見つめる。
「彼らは互いに高め合う相手である宿主を尊重し大事にするきらいがあります。高い知能も持っている。クライン嬢を認めた
(見守り、尊重し大事にしたい相手……)
まるでそれは、フィーネにとってのカイやシリウスのようだ。
(そんな風にその子は思ってくれてるんだ……)
不思議と嫌な気持ちは無い。フィーネはまだ見ぬ神獣に思いを馳せる。
(可愛い感じなんだよね? ……兎とか狐みたいな感じかな? 抱っこ出来たり? 懐いてくれるかも! ……あと、もし会えて、会話が出来たなら、どうして私だったのか聞いてみたいな)
ガタリと列車が揺れて。ゴオッという音と共に窓の外が暗くなる。列車はトンネルへと入り、僅かにスピードを緩めて傾斜を登っていった。
「まずは呼んでみて、でしたよね。わかりました。やってみます!」
ところが。
「ま、待ってフィーネ!」
決意と共に思い切り息を吸い込んだフィーネに、カイの制止の声が届く。
「え? なに、カイ?」
「もし今、神獣が大きい状態だったら?」
「あっ……」
「そういえば、それもそうですね……」
フィーネとシモンは同時に肩を落とした。失念していたとしか言いようがない。
聞いた通りの特徴を持つならば、現れた神獣が室内に収まる大きさや重さだとは限らない。
カイの制止がなければ、今頃大惨事になっていたかもしれない。
(私、完全に抱っこする気でいた……! 良かった……!)
「すみません。説明しておいて、そんな簡単な事にも気付けず……私は……」
「そんな、連日忙しかったのですから気になさらないで下さい! 僕も疲れてる時なんか、ゴロゴロ芋のスープなのにゴロゴロ芋を入れ忘れちゃったり。だよね、フィーネ!」
「うんうん。肝心な事も忘れちゃいます! メルトムントへ着くまで、少しゆっくりしましょう。私も疲れちゃいました」
「……ありがとうございます。お二人を見ているとなんだか……」
ふっとシモンの表情が和らぐ。
二人を指しての言葉は最後まで告げられず、代わりにゆっくりと彼の瞼は落ちていく。
数秒も経たずに聞こえてきた寝息にフィーネとカイは微苦笑した。
自身の上着をそっとシモンにかけて。カイはフィーネに耳打ちする。
「着いたら忙しくなるし、僕達も少し休もうか?」
不意打ちに飛び上がりそうになるのを必死で堪えて、フィーネは「あ、うん。うん」と無意味にも二度同じ返事を返す。
温かくなり始めた室内で、カイの言葉をとらえた耳だけが少しだけ熱い。
(び、びっくりした……。緊張のせいかな? あ、そっか……)
数日ぶりにカイとこうして二人で話したからだ――思い当たった原因にふと、フィーネは宙を仰ぐ。
時も距離も。自分達は思っていたよりもずっと――。
こみ上げてきた気恥ずかしさを振り払うように、フィーネは一口クッキーをかじって。喉を潤すには十二分な量の茶を飲み干す。
(そう、話すと言えばお兄ちゃんとも! お兄ちゃんの奥さんにも謝って、不行き届きな兄ですが結婚の事諦めないで欲しいですって伝えて、あとあと……)
それから。これから出会うであろう神獣は何を食べるのであろうかなどと、フィーネはとりとめのない事を必死に考え始めた。
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