乾燥きのことあったかポテトスープ おかわりめいく ③

 眩い光とともに、部屋へと入ってきたのは三人。


 一人は銀色の髪を持つ長身の青年だ。年齢はおそらくフィーネ達よりも少し上。二十代前半だろうと思われる。


 切れ長のアイスブルーの瞳に薄い唇、眉間のしわを伴う精悍な面差し。

 筋骨隆々とまではいかずとも、引き締まった体躯は鍛え上げられたそれそのもの。

 左手甲には帯剣と銃の携帯を許可する魔法印が浮かび、襟には国家機関であるクライス騎士団所属を表す魔法鉱石のカフスボタンが光っていた。


 そして、もう一人も同年代の青年。こちらは件の青年よりも更に背が高く、痩せ型。


 肩までのブロンドは波打っており、銀縁丸眼鏡にやや丸まった猫背、生成の長い上着と研究者のような風貌だ。

 襟には銀髪の青年のそれとよく似た、魔法鉱石のピンバッジが光る。


 二人の後ろでは、村長が遠巻きにこちらを見ていた。

 その顔に浮かぶのは恐れと不安、小さな瞳にはほんの少しの罪悪感が見て取れる。


「……こりゃまた、興味深いね」


 眼鏡の青年が感嘆のため息を零すと、騎士の青年が眉根をひそめた。


「どういう事だ? クラウディオ殿」

「すごいよ。シモン。ボクはたぶん専門外だけ……いや、もしかして……ちょっとごめんね」


 眼鏡の青年クラウディオは、騎士の青年シモンの問いに明確な答えを出さぬまま、フィーネの右腕を取る。


「あ、あの……??」


 瞳を輝かせ、ブツブツと呟くクラウディオには既視感しか感じない。


 研究室にいるシリウスや料理日記を記しているカイだ。


 あまりの熱心さに距離を置く事も忘れ、フィーネはただただ唖然としていた。


「全体強化か? いいや、こっちは形状変……」

 その時。二の腕からぐにゃりと歪む腹へ触れようとしたクラウディオの手をカイが止めた。


「あの……! いきなり触るのはいかがかと」


 カイはそのまま二人の間へと割り入り、フィーネを背に庇う。

 フィーネからカイの表情は見えない。が、これ程強ばった声を温厚な彼から聞いたのは初めてだった。


「ああ、ごめんね。ええと。お嬢さん、ちょっと体貸してもらっても……」

「えっ?!」

「だ、ダメです! フィーネは……いえその、健康管理や安全面で必要なのは先程ご説明頂いてますが……」


 訳がわからず戸惑うフィーネに粘るカイ。

 しかし、相手も手強い。


 まじまじとカイを見つめ、話を聞いた末に出した答えは。


「……君?! へぇ……! じゃあさ、君の方で良いや」


 クラウディオはパッと顔を明るくさせると、カイのシャツに手をかけた。


「え……⁈」

「ちょっとごめんね」


 つまり何故か、彼はカイの服を脱がそうと躍起になり始めたのだ。


「! カイ!」

「へっ?! は? な、なにするんですか?!」

「純粋な興味だよ!」

「興味って、なんのですか?!」

「見ればわかるだろう? 君は研究心をくすぐる体をしている!」


 抵抗するカイにクラウディオは容赦無い。


(け、研究心!! この人多分お兄ちゃんと同じタイプだ!)


 フィーネは己の体の影響力も忘れ、慌ててクラウディオの服を掴んだ。


「待って下さい!」

「何故?」


 クラウディオの真剣な眼差しにフィーネは一瞬だけ気圧される。

 彼の瞳には覚えのある純粋な探究心だけでない、こちらを案じ幼子を諭すような優しさが見えたからだ。


「お嬢さん。ボクの見立てではだけれども、この行為は君にも有意義なはずだ。無意識下による魔法の影響範囲の拡大なら自己強化の延長だし、守護魔法ならば魔力受容体である君との相関関係を調べた上で彼は強制的に院にぶち込まれる」


 述べられた推測を正しく捉える間もなく、最後の言葉にフィーネは凍りつく。


「ぶ、ぶちこま……?! 私でなくカイがですか?!」

「後者だったならね。とにかく、どちらにしろ王都行きはまぬがれない。つまり、ボクは調べる義務がある!」


「ならば、調べて下さい」


 再びカイは間を割ると、自らの身をクラウディオに差し出した。

 フィーネの腹が大きく歪み、恐怖を象るように闇色の靄は広がっていく。


 (私だけじゃなくて、カイが捕まる……?)


「だ、だめで……」


 三人の様子を傍観していたシモンが言葉を発したのはその時だった。


「クラウディオ殿やめてください」


 混戦状態の三人はピタリと動きを止める。深いため息がシモンから漏れたかと思うと、彼はフィーネとカイの前で片膝をついた。


「失礼しました。この人、言葉選びが劇的に下手くそなんです」


「「へた、くそ…………???」」


 声を揃えて唖然とするフィーネとカイにシモンは大きく頷く。


「誤解を招いてしまいました。あと好奇心が少々旺盛でして。研究者としては優秀なのですが、時々……いえ、結構な頻度で奇行に走ります」


「「奇行……」」


「大変失礼な態度をとったことと、すぐに止めなかった事をまずは謝らせて下さい」


 深々と頭を下げるシモンに、フィーネとカイはまるで写鏡のように慌てて両手を前で振る。


「いえ、私は大丈夫です! お仕事もあると思いますから!」

「僕もです! むしろカッとなってすみません。事情があるならば協力はしたいですし……」


 面白い事にクラウディオまで届きそうだったお腹の靄まで、フィーネ達に倣うように縮まり、ゆらゆらと揺らめいていた。


「ところで申し遅れました。私はクライス騎士団国内生活管理部のシモン・アンティーヌ、こちらは魔法院第三生物分室の幻獣医師クラウディオ・ガリカ。私達はクライン嬢にお話をしに来たのですが……」


 ゴホン、と。軽い咳払いと共に、シモンの眉間に再びしわが寄る。


「カイ殿にも改めて、お話を伺わなければなりません。どうして規律を破ったのかも含めて、それぞれあちらで。王都へのお話もその時に。いいですね?」

「「は、はい」」


 ピシャリと告げられ、フィーネとカイの背が伸びる。


 女学校時代の主任教授とリゼとのやり取りが脳裏をかすめた事は、ピゴスを出立する日になっても、その後もずっと。フィーネはシモンに言えそうになかった。

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