乾燥きのことあったかポテトスープ おかわりめいく ②

「んっ、ほれ、ほおほろほり……?」

「うん。そうそう。ベーコンが無かったからホロホロ鳥の燻製を使ったんだ」

「やっふぁり? いいにほいするから」


 見た目こそ先日のスープにそっくりだが、燻製の豊かな香りは異なるおもむきを醸し出している。

 鳥肉には濃厚なクリームスープが染み込み、噛む度に森の香りと甘みが溶けだした。


「……っん、すごく美味しい……! へへへっ、鳥のスープも良いねぇ」

「そうだね。これから少し暑くなるし、鶏肉ならもっと澄んだスープとか、冷たいものにも合わせられそうだ」

「へへへ」


 勉強熱心なカイにフィーネの頬が緩む。同時に少しだけ未来の話に素早く動いていたフィーネの手が止まった。


(あぁ、そっか……私もう、ここには居られないんだ……)


 胸の奥がずしりと重くなる。


 理由は未だにわからないけれども。昔から彼が嬉しいとフィーネも嬉しく、彼が懸命に何かをしている姿はフィーネを勇気づけてきた。


 カイの傍は温かく、心地好い。


 ずっとずっとこのままでいたいと望んでしまう程に、別れを想像するだけで大好きな食事の手が止まってしまう程に。

 フィーネにとってカイの傍は、居心地の良い大切な場所となっていた事に気付いてしまった。


「へへ、へへへへ……良かった。……本当にありがとう、カイ」


 これまでの感謝を伝える言葉を探そうと試みたものの、結局は虚しい笑いと震える声だけがその場に残る。


 未だお腹は満たされていないのに喉の奥が詰まり、味覚や嗅覚が遠のいていく。

 目頭が熱い。霞むお腹のずっと上がぎゅぅっと苦しくなった。


「フィーネ?」

「いや、あのね、残念だなぁって。こんなに、こんなに美味しいのに……おかわり、出来ないし……」


 それにもうすぐなくなってしまう。

 心躍る柔らかなほろほろ鳥も、大好きなケッパー入りのマリネも、食べ切ってしまえばこの時間は終わってしまうのだ。


(美味しいな……それにやっぱりカイとのご飯は楽しい……ずっとって……私、勘違いしてた……)


 美味しくて楽しくて心地好くて。

 なのにひどく胸が苦しい。


 フィーネの笑みが崩れて、

「ご、ごめんね。私、なんかもうちょっと……一緒に居られるかなって思って……っ」

 同時に。

「フィーネ、その事なんだけど……っ」

 二人の言葉と手が重なる。


 驚きに顔を上げると、真剣なキャラメル色の眼差しがフィーネを見つめていた。


「カイ……?」

「いや、あの……良かったら、なんだけど……」


 真っ直ぐに向けられていた眼差しが僅かに伏せられ、カイの頬に朱がさす。


「料理の勉強をしたいとずっと思っていて……」

「う、うん……」


 突然のカイの意志にフィーネは疑問を持ちつつも頷き。


「有名なレストランも幾つもあるし、あとほら、役に立つと思うんだ。料理ができる人間がいると……」

「うん……?」


 一般論に首を傾げながらも再び頷き。


「それで、身内なら同行しても構わないってさっき確認出来て……」

「う、うん……?? っ……!」


 言わんとする事を全て理解する前に両肩を捕まれた。


「その、あくまで僕の自分勝手な申し出で、フィーネが嫌なら構わないんだけれど……でも僕としてはこれからもフィーネと一緒にずっと……っ、その、そう、相互扶助や支え合いの精神だと思ってくれれば! フィーネが気に病む必要は全く無いし、その点で断らないで欲しいし、寧ろ僕のわがままに利用してしまう形で申し訳ないくらいで! 僕は料理の練習になるし、フィーネちゃんはご飯が食べられるから損は無いというか……!!」

「えっ? うん?? ……???」


 立て板に水の如く。次々と想いを告げられ、フィーネは瞬きする。


 理解出来たのは僅かな文言のみ。


 ご飯が食べられる。そして多分、これからも一緒に食べようとカイが一生懸命提案してくれている……ように聞こえた。


(一緒に……支え合い……? 料理のお勉強がしたくて……? ど、どういう……??)


 噛み締めて、そして。

 胸に浮かんだ信じられないような期待に、フィーネの頬と胸と瞼とが熱くなる。


「カイくん、それって……⁈」


 まさに確かめようとしたその時。


「おい、灯りもつけずに管理はどうなっているんだ?」


 突如、古びた木の扉が開き、眩い光がフィーネとカイを照らした。

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