第13話

言われた側の気持ちなど一切考えられていない、歯に衣着せぬ言葉を残し一人運転席を離れたメアはそのまま外玄関に取り付けられているキャノピーを支えるための柱の元へと向かって歩き出す。


そのまま目的の場所へと辿り着いたメアは背中をそれへと預け、腕を組みながら一人の男を視線で追い続けること数十秒。


また一段と闇の深まった瞳をしている男はメアの姿を見つけるや否や、まるでこの地獄から救い出してくれとでも言いたげな視線を彼女へと向けながら力なく前へと歩を進める。


そんな見るも無残な直哉の姿を目の前にしても表情を一切変えないどころか、何かしらのアクションを起こすわけでもなくただ黙って待ち続けるメア。


日中であれば一人くらい親切な通行人が体調を心配して声を掛けてくれるだろうが、今はもう深夜0時直前。


ましてやここは街中の歩道ではなくホテルの敷地内ともなれば、いくら正面玄関付近とはいえどまず通行人など通ることはないであろう。


つまり今もしこの場で助けられる人物がいるのだとすればそれはただ一人。


車の陰に隠れて二人の様子をずっと眺める続けるのみで一切の行動を起こせないでいる、桜小路かぐやのみ。


しかし時間というものはこちらの気持ちなどお構いなしに刻々と進んでいくものであり、何もしなければしなかったなりの結果が残るのみ。


「人生初めての浮気兼ママ活をしてみて…どうだった?」


自分の彼氏が浮気をしたどころか、ホテルで最後まですることをして出てきたにも拘わらず何故かメアは直哉のことを真正面から優しく抱きしめ、そう問いかける。


「玲子さんと一緒にいる時だけは自分の立場や背負っているものを全部忘れられて、物凄く幸せで、物凄く楽しい時間だった」


「ああ」


「でもこうやって別れた後にはとてつもない喪失感と本来の自分が抱えている現実が一気にのしかかってきて……」


「ああ」


「確かに俺みたいな人間からしてみれば金を払う価値、自分の体を売る価値ともにある行為なのかもしれない……。そう身をもって実感できた半日だったよ」


「………………」


「たったの一回、たかだか数時間の経験でこのザマなんだ。そりゃー、この世の中から援助交際という違法行為がなくなるはずないわな」


彼女がいながらの浮気及びママ活相手の名前を平然と口にするクソ彼氏というこの構図。


世間一般からしてみれば非常識もいいところだが、どうもこの二人の間ではそうでもないらしい。


その証拠にメアは直哉のことを優しく抱きしめたまま


「それでいい。お前は私に対して何にも罪悪感を感じることなどないのだから、これからもお前の好きなように好きなことをしろ。もしあの女とまた関係を持ちたいのならばいつでもそうすればいい。もちろん、次の相手が別の女であったって構わない」


「…………………」


「これまで通り大概のことは止はしないし、許してやる」


「………………」


「それがお前から本来あり得たはずの幸せを全て奪い取った女のしてやれる、せめてもの罪滅ぼしだ」


相変わらずこの二人の近くにいる人物といえば少し離れた場所にいるかぐやのみで、人っ子一人いない状態。


しかし今の疲弊しきった直哉では恐らく彼女の気配を察することすらできていないのであろう。


そんな極限状態の人間にできることなど、ただ黙って己の欲望に従うことくらいというもの。


まるでそれを実践してみせるかのように、何の前振りもなく自身の唇で目の前にいる女の唇を奪う。


そしてそれをされた側は自分が発した言葉に二言はないことを証明するかのように、完全に無抵抗な状態でその行為を受け入れている。


ここまでの一連の流れを間近で見聞きした人ならば、例え全く面識のない人であったとしても何かしらこの二人の間には黒い事情があることを察するであろう。


逆に言えば彼らと近しい関係にあればあるほど、真相に近付くことはできる。


―――まあ近付くことができるだけであって、決して真実に辿り着けることはないのだが……。

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Curse Contract(カース コントラクト) ITIRiN @ITIRiN0331

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