第12話

【202X年04月02日 23時30分 高級ホテル ○○〇玄関ホール前】


上着の件の話になった際、玲子はそれがあるホテルの詳細は明言せずただ『この近くのホテルの駐車場』とだけ口にした。


しかし察しの良い人間であればこれまでの彼女の言動からそのホテルの駐車場とやらが先程昼食を食べたレストランが入っている建物であろこと。


そしてそのまま直哉のことを夕食へと誘い、食事を楽しんだ後は玲子側が何かしらの理由をでっち上げてあらかじめ取っていた部屋へと連れ込む計画でいることは簡単に思いつくことである。


ましてや直哉ほどの男ともなれば玲子の考えなど手に取るように分かるはずであるとともに、いくら相手が自分と同じその道のプロとはいえこうも長時間ずっと尾行をされていればいい加減それの存在に気付いていないはずがない。


にも拘わらず相変わらずの死んだ目をしている男は、まるでお互いの関係を忘れてしまったかのような幸せそうな表情を浮かべている女性にさり気なくリードされる形で例のホテルの中へと消えてから5時間半ほどが過ぎた頃……。


地球温暖化問題に伴い世界各国で自動車のEV化が騒がれているなか、真っ向から喧嘩を売るかのようなアメ車特有の大迫力なエンジン音を轟かせながら地下駐車場から出てきた真っ黒なハマーH1。


そんな全てが規格外な車、いくら国内で最も人口が多い東京都の街中であろうとも駐車しているだけで目立って仕方がないというのにそれがあろうことか、よりにもよって高級ホテルの敷地内を走行及び表玄関前に停車したともなればなおのこと。


「同乗させてもらっておいて言うのもなんなのだけれど、あなた馬鹿なの? どこの世界に尾行調査するのにハマーなんて乗る人がいるって言うのよ⁉」


流石に駐車直後に車のエンジンを切っているとはいえそれで周囲からの注目が無くなくるわけなく、そんな至極当然のツッコミを助手席に座っているかぐやが入れる。


それに対して運転席に座っているメアは我関せず自身の手元にあるタブレットへと視線を向けたまま


「そこまで理解していてなお私に文句を言うとは随分と間抜けな女だな。第一あとはそろそろホテルから出てくる直哉を回収し、家へと帰るだけなのだから別にお前は先に帰ったっていいんだぞ。ついでに言わせてもらえば誰もお前のことを自宅まで送るなんて一言も言った覚えがないしな」


「うぐっ……」


当然と言えば当然なのだが、直哉とメアは同じ家に住んでいるのに対してかぐやは別の場所で一人暮らしをしているのが現状。


そしてこの女が気を利かせて敵対視している自分のことを自身の車で送り届けてくれるなど絶対にあり得ないことは自明の理。


それ以外も含めメアが発した言葉の意味を一通り理解したかぐやは諦めの気持ちからか、これ以上何かを言い返すこともなくすんなりと話題を変える。


「そういえばさっきからずっと気になっていたのだけれど、なんであなたはもう少しでなおがホテルから出てくるって分かったのよ? 流石のあなたでもあの子に盗聴器を付けているわけでもあるまし」


「ふんっ、そんなものなくとも事前に直哉の行動さえ分かっていればあとはアイツが腕に付けているスマートウォッチからリアルタイムで送られてくる各種データを見るだけで容易に想像ができる」


「………………」


ここで何かを察したのか、悲痛な面持ちで視線を下へと落すと同時に自身の両耳を手で塞ぎだしたかぐや。


とはいえそんなこと気にする道理は微塵もない。


否、お前にはそれを聞く責任の一端があるとでも言いたげな態度で話を続けるメア。


「ちなみに私が車を出す約1時間前あたりで急激に直哉の脈拍が早くなったことが緊急通知としてこのタブレットに送られてきている。つまりアイツがあの女とセ〇クスをしている中で射〇しそうになりだしたタイミングは―――」


いくら耳を塞いでいるとはいえ所詮は手の平で抑えているだけ。


ましてや今自分達がいる場所が車の中ともなれば周囲からの騒音、雑音などあるはずもなく、どんなに必死に抵抗しようとも自然と聞こえてしまうというもの。


つまりこれは俗に言う無駄な抵抗というものであり、流石にこれ以上は限界だったのか今にもメアの胸倉を掴みかかりそうなほどの激しい剣幕で左側を振り向き


「自分の好きな男が他の女とそういった行為をしているという事実を認めたくないのは勿論のこと、想像すらしたくないからこそあそこで私は黙ったっていうのに……。医療従事者でもあるあなたからしてみればただの生殖本能による行為くらいにしか思わないのかもしれないけれど、少なくとも私にとっては大切な意味を持った行為なの‼ それをあなたの価値観という靴を履いた状態で私の心の中にズカズカと入ってこないでよ‼」


「………………」


彼女にしては珍しく何かを言い返すわけでもなければ睨み返すこともなく、黙ってかぐやの目から己のそれを寸分も逸らさないようにするのみに留まっているという、傍から見れば実に奇妙で…気味の悪い状態。


とはいえそれを向けられている本人には何かが伝わったらしい。


先程までよりも更に声を荒げ


「一年前のあの日、直哉とあなたの間にいったい何があったのかなんて知らないわよ‼ 私がいくら聞いたところで現場にいたはずの父さんは勿論、全ての根源であるはずのあの子ですら何も教えてくれないのだから仕方ないじゃない‼ これ以上、私にどうしろって言うのよ⁉」


終いには涙を流しながらの心からの訴えに対し、それでもメアは一切の感情を見せることはない。


ただ目の前にいる恋敵が発する思いのたけを一方的に受けるのみ。


しかしいつまでもそんな時間が続くわけもなく、ガラス越しに表玄関にある自動ドアへと近付いてきている直哉の姿を確認すると、メアは彼のことを迎えに行く準備を整え始める。


そして最後にドアハンドルへと手を掛けたところを見るにそのまま降車するのかと思えば、何故かそこで一度体の動きを止めた。


「別に私の口からどうこう言うつもりは初めから毛頭ないがな、これだけは教えておいてやる」


「………………」


「いつまでもそうやって悲劇のヒロインをやっているつもりなら、私の直哉が悲しむから今すぐどこかへ消えてくれ。アイツを差し置いて、ましてやあろうことか悲運な自分に酔いしれるなど甚だしいにもほどがある」

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