第11話

【202X年04月02日 10時45分 AZ Information Technology本社 特別会議室】

※今から数時間前のこと


別に仕事の話を聞くだけであればそのまま天谷総合病院の特別診察室。


通称、草薙直哉専用病室でも問題はないはずなのだがそれを良しとしないであろうメアの存在を考慮した直哉によって現在四人はAZ IT本社にある特別会議室へと移動している。


「父さんはいつも通りコーヒーでいいとして、あなたは? 適当にこの部屋にある紅茶でいいのかしら?」


別に座る場所が決まっているわけではないがおそらく皆、定位置が決まっているのであろう。


何の迷いもなくそれぞれが自分の椅子へと腰を下ろしていく中、一人ポットなどが置かれているスペースへと向かったかぐやはメアに対してコーヒーサイフォンを片手にそう問いかけた。


「ああ、それで問題ない。あと直哉の分は白湯で頼む」


それに対して手伝う素振りを見せないどころか、用意してもらうのが当たり前といった感じで言葉を返すメア。


「そんなこと一々言われなくても分かってるわよ」


直哉の今カノ兼専属医である女に軽くとはいえマウントを取るかのような返事をされたのが面白くなかったのであろう。


しかしこれくらいのことは日常茶飯事らしく原因の中心人物はというと、涼しい顔で大きなあくびをしている。


ちなみに喧嘩を売られた側の父親は父親でそのあたりは完全に無干渉らしく、一人黙々と準備を進めていき


「まず初めにだが、今回は幸いにもまだ悪魔災害及びそれの目撃情報等があったというわけではない」


実に簡潔にまとめられた第一声を終えた金四郎は先程自身の目の前に置かれたコーヒーへと口を付けた。


普通であれば『でっ、続きは?』となるところであろうが、かぐやは一足先に詳細を聞いているのか特に何か反応を示すわけでもなくメアと自分の分のティーカップをそれぞれの場所へと配っていく。


それを受けお礼を言うわけでもなければ目くばせするわけでもなく、加えてお前の話など微塵も興味がないと言った感じで紅茶に口をつけるメア。


「一応50~60度の間で作ってはいるけれど火傷するかもだからちゃんとゆっくり飲むのよ。あと、もしあれだったらレモンスライスも用意するけれどどうする?」


「ん~、それじゃあお願いしまっ―――痛っ⁉」


どうやらテーブルの下で足を踏まれたらしい直哉は声には出していないものの『なにすんだよいきなり‼』とでも言いたげな表情で隣に座るメアの方を向くと


「ふん、ただ私の意見を聞かず勝手にお前が返事をしたのが少し癪に障っただけだから気にするな」


「だって本当に駄目だったらかぐやさんが話し掛けてきた時点でメアが止めに入ってるはずだし、それがなかったってことは問題ないってことだろ? なんか間違ってたか?」


「だっ、そうだが? 過去に築いた自分達の関係を見せつけて私に対してマウントを取っていたところを、こうして元彼のド天然無意識発言でひっくり返された気分は?」


これでもかという程までに勝ち誇った顔で机に頬杖をつき、丁度直哉の体で見えにくい位置にいるかぐやの顔が見えるところまで自身の上半身を前へと滑らせた後、そう問いかけた。


するとかぐやはレモンがのった皿を直哉の前へと置きながら


「は~ぁ、あのねなお。私に限らず相手が誰であろうとああいう時は余計なことを言わず適当に流すのが正解…というか大人としての常識なのよ」


メアによる挑発行為に何も感じていないはずはないのだが、どこか諦めの色が見え隠れする表情で優しく諭した。


ここで普通面白くないと何らかの反応を示すのは喧嘩を売った張本人であるはずのなのだが何故かそっちは完全に無反応。


逆に巻き込まれた側の人間が僅かにとはいえ表情を曇らせるというちぐはぐな状況も一瞬のこと。


すぐにいつも通りに戻った直哉はかぐやと目を合わせて話すために視線を上へと移動させた。


「社会人としてのいろはに関してはほとんどかぐやさんに教えてもらったから別にさっきだってやろうと思えば他の大人な受け答えもできたけどさ、かぐやさんは俺にそういう他人行儀な対応をしてほしかったの? ちなみに俺は時と場所が許す限りはいつも通りの俺を見て欲しいと思ってるんだけどな~」


「ばっ、馬鹿じゃないの‼ ここにいるのは身内だけとはいえ今はれっきとした仕事中なのだから変なこと言ってないで真面目に父さんの話を聞きなさい!」


かぐやは頬を赤らめて𠮟責した。


その後自分の席に座る直前、想い人の方にちらっと目をやって……ドキッと胸を高鳴らせた。


それに気が付いてか否か、向かい側に座った彼女に対して軽くウィンクをして返した直哉を見て


「………そろそろ話を続けてもいいかな?」


金四郎は呆れた表情を隠そうともせず、そう一言問いかける。


「みんなと違って俺はこの仕事を始めてまだ数年だからあれだけ、悪魔災害どころか目撃情報もなしにっていうパターンもたまにあったりするもんなのか?」


「私達協会本部の人間であればそれも不可能ではないが、よっぽどのことがない限りは無理だ。つまりたかだか日本の警察が独自に作った一部署ごときが……というのは普通ならばあり得ないことだ」


「かなり手厳しい言われようだがメア君の言う通り今の私達ではそんなことはほぼ確実に無理だと断言していいだろう。しかし悪魔を名乗る者から脅迫状を受け取った被害者がいる……そうなったら話は変わってくるだろう?」


「はあ⁉ ちょっと悪魔を名乗る者からの脅迫状ってどういうことよ‼ 悪魔の存在に関する痕跡は全てクソ政治家達が世間にバレないよう、血眼になって毎回完璧に消し去っているはずでしょう? それなのに―――」


「つまり、その脅迫状がいたずらによる物の可能性は限りなくゼロ。本当に悪魔化した人間から送られてきたと考えてよさそうだね」


しかしこれまで対峙してきた悪魔は例外なく会話ができる奴は一人もいなかった。


まあ、昨日みたいにこっちの言葉を理解できてるっぽい奴はたまにいることを考えれば手紙くらい出せても何ら不思議ではないけど……。


「各々言いたいことや考えがあるだろうが一旦こちらの話を続けさせてくれ」


直哉の言葉で冷静さを取り戻したかぐや。


相変わらず興味なさげに紅茶を飲んでいるメア。


珍しく真面目な表情を見せたかと思えばそれも長くは続くはずもなく、すぐにいつもの死んだ目へと戻った直哉。


そんな問題児ばかりが集まっている会議室内でもお構いなしに手元のタブレットを操作する金四郎。


「さっき言った脅迫状に関しては被害者の情報と一緒に今みんなのスマホに送ったから後で確認しといてくれ。ということで次に今回の被害者についてだが」


そこでいつものモニターに一人の女性の写真が映された。


「名前は十六夜理子いざよいりこ。年齢は17歳で都内の私立高校に通っている女子高生だ。


「別におかしいってほどでもないですけど、母子家庭の割に随分と良いところの学校に通ってるんですね。しかも住んでるところもいわゆる裕福層が多く集まる地域に建っているタワマンの一室みたいですし」


もはや今更なのだろうが相手が警察のお偉いさんであろうともお構いなしに手元のスマホに目をやりながら平然とその人相手に意見する直哉。


「父さん達の時代ならまだしも、今じゃ女の人が社長をしている会社だって全然珍しくないのだからそういう家庭があったとしても何ら不思議ではないんじゃないの?」


「お前の言いたいことも分かる……が、どうもこのガキは頭だけでなく素行もかなり悪いようだし贔屓目なしに私も直哉と同じで引っかかる部分が多く感じるな」


「人の話を聞かないで勝手に手元の資料を読み進めているのは感心しないが、君達二人の意見には私も同感だ。この十六夜理子という子、問題点や不審な点を挙げればキリがない程だが特に見逃せないのが常習的に行っている援交、いわゆる援助交際。今風に言うとパパ活をしているということだな」


「しているってことは、そのガキはまだ続けてるってことですか?」


「この子が例の強迫状を持って警察に来た際内容が内容だっただけに私が対応したのだが、話を詳しく聞いていくうちにパパ活の件が発覚した。までは良かったのだが何分現行犯ではない以上こっちも注意しかできないのに加えて……」


そこでばつが悪そうに口をつぐんでしまった金四郎に対して助け舟を出すことにした直哉はここで初めてスマホから顔を上げた。


「それで、その十六夜とかいうガキの反応はどうだったんですか? 正直そんなことをしている奴が素直に大人の言うことを聞くとは思えませんけど」


「ああ、お前の言う通りだよ。一応援交という行為自体に加え、犯人はおろかそいつの真の狙いすら分からない以上大人しくしているよう注意はしたんだが……『こっちはあんたらに毎月高い税金を払ってるんだからちゃんと仕事しろよ、この税金泥棒が‼』と言われたよ」


「ふん、脱税者が税金泥棒とは随分と面白いことを言うものだな。その言い分で行くとこの件に関しては税金未払いということでこっちは何もしなくていいということになるな」


「それを言ったらまず私達の会社は民営なのだから税金どうこう自体が関係ないでしょうが」


「なるほど、確かに言われてみればそれもそうだ。未練たらたらヤンデレ女でもたまにはいいことを言うんだな。ということで私は勿論、今回はAZ IT自体が完全に関与しないということで。これでいいのだろう…AZ ITの社長補佐殿?」


「事情はどうであれ悪魔が関係している可能性がある以上いいわけないでしょうが‼ あとサラッと私に変なあだ名を付けるのやめてくれないかしら?」


顔を合わせたら必ず喧嘩をしなければいけない決まりでもあるのか、毎度のごとく喧嘩を吹っ掛けるメアとそれを真正面から買って出るかぐや。


そんな二人を無視し再びスマホを弄り続けていた直哉だが、丁度キリのいいところまでいったのかそれを自身のポケットへとしまった。


「取り敢えず今日の話をまとめると、今のところ分かっているのは悪魔を名乗る謎の人物から脅迫状が届いたという事実だけ。つまり俺達を動かしたくてもまだ動かせないってことで大丈夫ですか?」


「ああ、今もこっちで色々と調べてはいるんだが私のところになんの連絡も来ないということはまだ犯人の尻尾すら掴めていないのだろう。ということで一先ずお前たちは待機で頼む」


これで一旦会議は終了であると判断した直哉はスッと立ち上がり


「了解しました。んじゃ、ちょっと俺はこのあと約束があるんでこれでお暇しますね」


そう言葉を残し、直哉は一人で会議室から出て行った。

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