第10話
【202X年04月02日 17時30分 ○○駅前ショッピングエリア】
彼女ほどのご令嬢であれば完全会員制の超高級ホテルへと赴き、食後のティータイムやそこに付帯する様々な一流サービスを利用したりという楽しみ方もできたであろう。
しかしまだまだ若い直哉のことを気遣ってか玲子はそういった優雅なデートをするのではなく、大人な雰囲気がありつつも重苦し過ぎない喫茶店でのお喋り。
決して商品の価格が安いわけではないが一応誰でも入ることができるブティックを順番に巡ってのウィンドウショッピングを装いつつ、直哉に似合いそうなものがあればさり気なく試着するように促す。
そして玲子自身がそれを気に入れば値札など一瞥すらせず、即同行している店員へと手渡し購入する旨を伝える。
そんな庶民には到底真似できないお買い物デートを繰り返すこと数時間。
気付いた頃には洋服一式はおろか靴は勿論のこと下着や靴下、しまいには日傘までといった草薙直哉専用の全身コーデが完成していた。
ちなみに購入したものは全て直哉の家に郵送するよう会計の際に玲子がお願いしているため2人とも自分の荷物以外は何も持っていない状態である。
それに加えて現在の時刻は17時30分過ぎ。
つまり先程まで同行者を苦しめていた太陽は西側へと沈み、気温も過ごしやすいそれへと変わったことを意味する。
「あら、もう外は結構暗くなっていましたのね。最近は日中暖かいことが多いのでよく勘違いしてしまいますが、まだ4月も始まったばかりですものね」
などとワザとらしい発言をごく自然にたわいのない話題として振ったのは、隣を歩く直哉の体に自身のそれが当たるか当たらないか。
そんな相手に色んな期待感を抱かせる距離感を維持しながら店から出てきた玲子である。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと‼ お店を出るなり何なのそのあざとい距離の取り方は⁉ まさかとは思うけれどこのままなおのことをホテルに誘おうとかしてないでしょうね?」
「してないもなにも、あれはどう考えても完全に誘う気満々だろ。お前の目は節穴か?」
傍から見ても分かるほど積極的にアプローチをかけにいっている玲子と、こんな男冥利に尽きる状況にも関わらず何か自分から行動を起こすわけでもなく相変わらず死んだ目をしている直哉。
その2人を尾行し続けていたかぐやとメアの存在を知ってか知らずか、直哉から何かしらのアクションを起こすことはせず、そのままの距離感を維持しながら
「そうですね。私は病気のこともあって最初から上着を着ていましたのでこれで丁度いいくらいですが、玲子さんは大丈夫ですか? もし何か上に羽織るものなどを持って来られているのであれば着られた方がよろしいのではないですか?」
「それが私、うっかり上着を車の中に忘れてきてしまいまして。この近くにあるホテルの駐車場に車を止めているのですが…その……」
恥ずかしさからか、若干暗くなり始めているこの状況下でも認識できるくらいには耳を赤く染めると同時に指をもじもじさせ、そこで言葉を詰まらせる玲子。
ここで大抵の男であれば『なにこの子、超可愛い‼』とか思うところなのであろうが
「「あれは演技だな(ね)」」
同じ女からすればこう見えているらしい。
普段反発しあっている2人が同じ意見を述べるどころか、ここまで完璧にハモッているということは……そういうことなのであろう。
現に先程までの恥じらいはどこへやら。
自分から直哉の右腕に自身の腕を絡めにいったどころかありとあらゆる部位を相手の体に押し当てつつ、しかし恥ずかしいアピールはまだ継続中なのか視線は下を向きながら
「このまま一緒に……もう少しだけ、お付き合い…頂けません、か?」
「丁度私も日が沈んできたことでようやく本調子に戻ってきたところだというのにこのまま玲子さんとお別れしてしまうのは少し寂しいなと思っていたところですので、是非ご一緒させてください」
彼女が発する言葉や行動の意味を直哉が理解していないわけではないであろう。
何なら1から10までの全てを察しているといっても過言ではない程までに異性慣れしているはずである。
「相手の女に恥を掻かせないスマートな受け答えと、自身の体調を心配する必要がないことをさりげなく伝えることであちらの真の誘いにOKを出す100点満点な返事。……完全にヤリ〇ンだな」
否、かなりのやり手であった。
「ヤリチッ⁉ ………ふーぅ、いくら小声とはいえ人通りが多いところでそういうことを言うの止めてくれる。あとそのヤリ……はあなたの彼氏でしょうが!」
「もといどこぞの女の元カレでもあるがな」
「私が付き合っていた時のなおにはママ活なんてする度胸も器量もなかったわよ。まあ、器量に関しては私が育てたといっても過言じゃないけれど」
どこか自慢げな表情を浮かべているかぐやに対し、冷めた視線を向けるメア。
「確かに当時のあいつにそんな度胸はなかったかもしれない。だが本当にお前は直哉と初めて出会ったあの日、あの時のあいつがいわゆる逆援助交際という犯罪に手を出しかねない危うさがなかったと自信を持って言えるか?」
「………………」
何か心当たりでもあるのだろうか、メアの言葉に何も言い返せないどころか当時の自身の行いからくる罪悪感と何かに対する悔しさからか悲痛な表情を浮かべ出した。
しかしそんな彼女に追い打ちを掛けるかのように言葉を続けるメア。
「まあ、あいつが自分のことを大切にしない自暴自棄な人間になってしまった原因は間違いなく草薙直哉という男の周りにいる私達にある。だからこそ私達は文字通り一生懸けてあいつを誰よりも近くで見守ってやり、時には命懸けで共に戦い・守ってやり……。そして何よりも直哉と一生を添い遂げると決めた私には絶対に、何が何でもあいつより先に死ぬことは許されない」
「いつからあなた達は夫婦関係になったって言うのよ。一瞬でもあなたの話を聞いて罪悪感に苛まれていた自分が恥ずかしいわ。だいたいあの日なおとあなたの間でいったい何があったのか知らないけれど、私は私であの子を引き取ると決めた時から自分なりに覚悟は出来ているのだから今更そうやってこっちの心を乱そうとしたって無駄よ」
「ふっ、それは本当に残念なことだ。これで邪魔者が一人減ってくれればと思ったんだがな」
口ではそう言っているものの恐らくメアと直哉の間にはまだ何か秘密があるからであろう。
彼女の口ぶりや声色はもちろん、一挙手一投足からも圧倒的心の余裕を感じられる。
それにかぐやが気が付いていないわけではないのであろうが、表向きは強がっていても実際は自分の好きな男が他の女とホテルへ向かっていることで気が気でないらしい。
今にも玲子を刺し殺しそうなオーラ全開で尾行を行いながら浮気の証拠写真の撮影している。
まあそれはかぐやの後ろを着いて行っているメアも同じことなのだが……。
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