第9話
【202X年04月02日 12時30分 高級ホテル最上階 ○○〇】
お家柄に負けず劣らず。
次の目的地こと見るからにハイクラスホテル且つ最上階に店舗をかえている日本料理レストラン、○○〇の受付にて一切の違和感を感じさせない立ち振る舞いで男性店員と会話を進める九条。
そんな彼女に見劣りすることなく、まるでこういった場に訪れること自体が慣れているかのような落ち着きを見せる直哉。
この時点でどちらが食後の会計を支払うのかは火を見るよりも明らかだが、流石はヒモ男。
同伴者としての所作が完璧である。
「お荷物をお預かりいたします」
九条と店員での話がひと段落したのか、彼女の対応にあたっていた者とは別の女性店員が客を席に案内する前の常套句的な言葉を発した。
すると九条は上品に自身の肩に掛けていたバッグを手渡した。
その一瞬の隙を狙って先程の男性店員は受付の天板を人差し指と中指の2本で複数回叩いた。
「---- ・・-- ---- ・・-・・ -・・・ ・-・ ・- ・・-・- ・--・ -・-・ ・- -・ --・-・ -・・- ---・-(このことは内密にいたします)」
しかしそれは最初から意識をそちらに向けておき且つ、そこから更に集中しなければ聞こえないくらい小さな音をであったため直哉以外、誰も気が付いた様子はない。
「………………」
「お客様、もしよろしければお荷物をお預かりいたします」
九条の荷物を係りの者に受け渡した店員は、そのまま同伴者の直哉に対しそうお伺いを立てた。
「それではこの日傘だけお願いします」
「かしこまりました。本日は九条様よりランチタイム前後にご来店されるとお聞きしておりましたため、あらかじめお席は窓から一番離れた場所をご用意させていただいております。ですのでご安心してお食事をお楽しみください」
先程の男性店員と同じくこの女性店員もおそらく直哉のことを知っているのであろう。
しかし彼とは違い彼女はワザと同伴者である九条に聞こえるような声量で、意味ありげな言葉を発した。
「お気遣いありがとうございます」
それでもなおあくまで初対面を突き通す直哉。
そんな彼女の嫌がらせを阻止するためにワザと九条に会話を振って意識を逸らさせていた男性店員。
この2人のことが心底気に食わなかったのであろう。
ウェイターによって席へと案内されて行く直哉の背中を憎たらしく睨みつけている。
「まあまあそう直哉のことを親の仇みたいな目で睨みつけてやるな。お前の気持ちはありがたいがアイツはアイツで色々と事情があるのだよ」
「ちょっと、なんであなたがなおの彼女面してるわけ? 100歩譲って今カノぶってるのはいいとしても、そのセリフを言うのはどう考えても私でしょうが」
どうやら尾行を継続していたらしいメアとかぐやはサングラスを外しながら、相も変わらずといった感じで先程の2人と入れ違いになる形で受付の前へと立った。
【202X年04月02日 12時45分 高級ホテル最上階 ○○〇】
男性店員のファインプレーによって九条に何かを怪しまれることはなかったらしい。
直哉と九条はソムリエに注いでもらったワインで乾杯した後、その流れで先付に箸をつけた。
流石はリアルご令嬢。
「このお店は鉄板焼のコースが有名なのですが、今回私が選ばせていただいた日本料理のコースも引けを取らないくらいおすすめなので楽しみにしていてくださいね」
一つ一つの動作をお上品に振舞いながら今日食べるコースの簡単な説明をした。
すると何か思い当たるところがあったのか一旦箸を止め、普段の彼からは想像できないほどの気品を纏いながらゆっくりとワイングラスを回し始めた。
(久しく食べていないからあれだが昔と金額が変わっていなければこの店の鉄板焼のコースは最上位コースで約3万5千円)
(それに対して今回九条さんが予約してくれたのは日本料理コースの最上位コースで金額は約1万5千円。しかし今飲んでいるワインの金額は1本約5万円で合計6万5千円)
(2人で割ったとしても1人当たり3万2千5百円。まあそれだけの価値がこの空間にはあるし、何よりもこの人達にとっては昔からそれが普通だったから別に何とも思わないんだろうな……。そういう俺もここ数年でそっち側に染まっちゃったけど)
慣れた手つきで2回スワリングした後、香りを楽しんでから一度グラスに口をつけ
「私の勘違いだったらお恥ずかしいのですが、もしかして私の体のことを気にしてこちらを選んでくださったのではないですか?」
いったい九条が何をどこまで、どんな風に感じ取ったのかは分からない。
しかし何か思うところはあったのであろう。
彼女は『やはりそうですか……』と言いたげな表情を薄っすらと浮かべた。
「これは結構有名なお話ですが、人間どんなに上っ面を装うとも慣れないことをすれば必ずどこかでちょっとしたボロや粗が出る。ですが直哉さんは私と合流する前から今に至るまで一切のそれらが見られない」
―――本来こういったお店は予約が必要なはずである。
そして尾行の流れで急遽来店している人間がそんなものを取っているはずがないのだが……。
何故か好条件の席に座って明らかに高そうなワインを飲んでいる1人の女性客は、ここぞとばかりに勝ち誇った表情を浮かべている。
「ふん、合流する前云々は知らないけれどなおがこういった場所に慣れているっていのは、あの子がまだ高校生の時から私が色んなお店に連れて行ってあげているのだから当たり前でしょうが」
「お前のその発言の中に合流する前云々の答えも含まれている気がするのは私の気のせいか?」
同じくワインに口を付けながら呆れ顔を浮かべているもう1人の女性客に図星を突かれたことが気に食わなかったようで。
「ッ‼」
いつも通りメアに対して食って掛かろうとしたのであろう。
しかし自分達が今いる場所を思い出したのか寸前のところで思い止まったかぐやは一呼吸置いてから小声で
「(あとで覚えておきなさいよ!)」
いつ面によるいつも通りのいざこざが行われていることなどつゆ知らず?
たとえ今がデート中であっても相変わらず死んだ目をしている直哉は右手に持っていたグラスを静かにテーブルの上に置いた後、相手がどう思うかなど考える素振りも見せずに平然とお互いのそれを合わせる。
その瞬間九条の顔はまた一段階暗いものへと変わった。
「九条さんが今仰った前者と後者は無理やり結び付けようとしてもそう簡単には結び付かない。いや、ほぼ100%不可能と言ってもいいでしょうね。でも目の前にいる男には何故かそれができている」
「………………」
今の発言で、目の前の男の眼差しで、完全に何かを察したのか否定の言葉はおろか肯定の言葉もなくただただジッと相手の目を見つめ黙り込んでしまった。
するとそこにタイミングよく次の料理がウェイターによって運ばれてき、2人の前に2品目となる吸物が置かれた。
「こちら鯛と菜の花のお吸い物になります―――」
つつがなく料理の説明が終わり、ウェイターが去ったタイミングで直哉はどこか気まずそうにしている九条に向かって
「今日の玲子さんはお客様であって相手のことを気遣う必要なんて一切ないのですから、ただただご自分のやりたいことをすればいいんです」
玲子さんはお客様。
今までデート気分だった人間を一気に現実に引き戻す心無い一言。
「―――ッ‼」
「それが私達の間で結ばれた一日限りの契約なのですから」
「………それではお言葉に甘えて一つだけお願いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
相手を絶望の淵に叩き込んでおきながらも最後にほんの少しの光を差し込ませる悪魔的な話術。
「私にできることなら何でもどうぞ」
「実は私一度でいいので年下の男性とお付き合いして、自分がお相手の方をリードしてみたかったのです。ですからどうかこのお願いを叶えていただけませんでしょうか?」
おそらくこの願いというのは今適当に考えた嘘であろう。
しかし彼女にとってそんなことはどうでもいいのである。
ほんのわずかな希望とはいえ自身のエゴを相手にも共感させられるかもしれない可能性が出てきたのだ。
そうともなれば目の前にある蜘蛛の糸に手を伸ばす以外の選択肢はないであろう。
「ええ、もちろん。それが玲子さんのご希望とあれば全力でお答えさせていただきます」
いったいこの男はどこまで相手の心を見透かしており、どこまでがこの悪魔の掌の上なのか。
それを知るのは張本人と―――
「………………」
この世界で一番深い関係にある契約者のみと言ったところであろうか。
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