第8話

【202X年04月02日 11時50分 ○○駅前広場】


「あの、人違いだったら申し訳ないのですが草薙直哉さんでしょうか?」


年齢はメアやかぐやと同じくらいだろうか。


着ている服や身に着けている小物から見るに彼女も二人に負けず劣らずの収入があることが伺える。


しかもそれは他人から貰ったお金というわけではなく、日々自身が働いて得ているであろうことがぱっと見でもすぐに認識できるほどの確かな品格。


「ええ、そうですけど。そうするとあなたが」


お互い相手の名前は知っているものの顔を合わせるのは初めてなのであろう。


突然名前を呼ばれた直哉は相手の女性同様、何かを探るように言葉を発した。


しかし先に確信を得ることが出来たからであろう。


先程までの不安そうな表情から一変、ほっとしたそれで


「はい、九条玲子くじょうれいこです。本日は半日だけですがどうぞよろしくお願いいたします」


と気品のある自己紹介をした。


それに対して直哉も続いて


「改めまして草薙直哉です。見ての通り特殊な事情だらけな男にも関わらず、今回はお誘いいただきありがとうございます。事前にチャットでお話しさせていただいた感じではある程度私の体質についてご理解があるようでしたが、もし嫌でしたら正直に言ってくださって構いませんからね」


もし彼のことを知っている人が今の言葉を聞いたのならば100人中100人が


『何をらしくもないことを』


と口を揃えて言うであろう。


しかしそれは草薙直哉という人間が抱えている事情をちゃんと知っていることが前提だが。


「別に男性である草薙さんが日傘をさしているからといって、それが嫌だとか変だとかは全然思っておりません。逆に日傘だけで大丈夫なのですか? 症状が似ているだけでアルビノではないとのことでしたが、私に気を使って服装など何か無理をなされていることがあるのではないですか?」


アルビノという言葉自体は知っていてもそれに関する症状や予防方法を知っている人はそう多くはないであろう。


しかしこの女性は的確かつ瞬時に直哉の心配をするだけでなく、彼が抱える病気に関してもかなりの理解があることが伺える。


ここまでの様子を何も知らない人が見たのならば、このままこの二人が上手くいけばいいな。


なんて微笑ましい感じで見守っていそうな雰囲気が周囲に広がっているあたりを、物陰からサングラス越しでも分かる程キツく睨みつけている怪しい女性が二人。


そのうち一人はスマホへと視線を移し


「九条玲子。平安時代から続く名家の生まれにして先祖代々受け継がれている東京都九条大学附属病院の現院長の一人娘。またこの女も医師免許を持っており、現在は同病院内で小児科医として働いている。ちなみに年齢は私達と同い年だな」


「何よそれ、ガチのお嬢様じゃない。そんな由緒正しき生まれのお方がどうしたらこんなことをしようとするのよ」


「そんなこと私が知るわけないだろ。あと直哉の声を聞き逃したら大変だからお前は少し黙っていろ」


「はい⁉ 最初に喋り出したのはあなたでしょ―――うっ⁉」


直哉に気付かれないよう隠れる関係上かぐやが中腰の状態を維持し、その後ろにメアが立っているという状態にある。


その為自身の立ち位置が優位なことを活かしメアはかぐやの首筋に向かって手刀を決め込んだ。


しかし流石は日々悪魔と戦っているだけのことはある。


一瞬呻き声のようなものを出しはしたものの気絶はおろか痛がる素振りすら見せないかぐや。


とはいえ実際はそれなりに痛かったのであろう。


先程まで九条に向けていたものと同等かそれ以上に鋭い目つきで後ろを振り返った。


ちなみに首トンで相手を気絶をさせるには力加減や角度、その他諸々といった様々な条件が全て揃わない限り不可能な一種の凄業のようなものであり決して素人が見よう見まねでできるものではない。


それどころか当たり所や力加減を少しでも間違えれば最悪死に至る危険な技である。


そんな神技をサラッと繰り出すメアが凄いのか、それを受けてなお平然と睨み返すかぐやが凄いのか。


「正直無理をしていないと言えば噓になってしまいますが、普段から服装にはあまり気を使っていませんので大丈夫ですよ。まあその代わりあまり長時間日の光に当たらないよう意識していたりはしますが」


メア達の存在に気が付いていないのか、はたまた気付いていてなお無視しているのかは分からないが相変わらずの猫かぶりで会話を続ける直哉。


そんな彼の言葉を聞いた瞬間、若干血の気の引けた表情を見せた九条。


そのまま九条は慌てて


「すっ、すみません。私緊張していて自分のことで頭が一杯になってしまっていて。取り敢えずどこか近くの建物へ入りましょう」


と早口に喋るやそのまま直哉の手を引いて一番近い建物こと○○駅へと向かい始めた。


「ふん。たかだか千年前後続いているだけが取り柄の病院に勤める女が知ったようなことを言って。私が出て行っていない以上、まだ大丈夫に決まっているだろう」


そう小声で毒を吐きながら引き続き二人を尾行するメアと


「いや、私達の存在を知らないであろう彼女に向かってそれは言い掛かりってもんでしょうが」


その後ろでこっそりと医療用保冷剤と水分補給用の水が入った水筒をカバンの中に戻すかぐや。






【202X年04月02日 11時55分 ○○駅構内】


元々待ち合わせ場所が駅構内の近くであったため建物の中に入るまでの時間はあまりかからなかったものの、その後も九条は自身の足を止めることなく何かを探すかのように数分間歩き続けた。


もちろんその間も直哉の手は放していないし、尾行組もそれをやめることはない。


そして九条が探していたものことベンチを見つけると若干強引に直哉をそこへ座らせた。


すると彼女はすぐに直哉と向かい合う立ち位置で中腰になり、顔や首といった先程まで直接日が当たっていたであろう箇所を真剣な眼差しで観察及び自身の手で優しく触りながら何かを確認し出した。


「………………。ちゃんと日焼け止めクリームを塗っていらしたようですし私が見た限りでは火傷やそれに近い症状にはなっていないようですが、どこか痛みなどはありませんか?」


「ええ、全然大丈夫ですよ。ありがとうございます。というかすみません。私が突然嫌みみたいなことを言ってしまったせいでご心配をおかけさせてしまったみたいで」


「嫌みだなんてとんでもありません。私はそんなこと少しも思っておりませんし、何より直哉さんからしてみれば最悪命にかかわることなのですからあれくらい言われて当然です」


サラッと下の名前で直哉のことを呼んだだけでなくそのまま隣に座った九条に対してここぞばかりに悪態をつきそうな二人組のうちの一人ことかぐやは、今にも飛び出していきそうなのを必死に抑え込みながら


「ちょっと確かあなたがなおに塗らせてる日焼け止めクリームって効果が強力な分、排熱が上手くいっていない感じがするっていうデメリットがあったはずよね? まだ夏場じゃないとはいえ一回上着のジャケットを脱がせるなり、腕まくりさせるなりして熱を逃がしてあげなくても大丈夫なの?」


普通の人であればたかだか数分早歩きをしたところで汗をかくことはもちろん、息を切らすこともないであろう。


しかし悪魔の力を封じられている今の直哉にとってはそれすらも実は少し負担だったりする。


またタチが悪いことに基本彼はそれを表に出そうとしないだけでなく、体質上あまり汗をかかないため無理をしているのかそうでないのかが非常に分かりづらいのだ。


「今のアイツは昨日悪魔化したばかりなおかげで比較的普通の人間に近しい身体能力を維持できているから問題ない。あとはそれをできるだけ長期間持続させられるよう、日々の小さな積み重ねを続けさせていくだけだ」


そんなメアの言葉を体現させるかのようなタイミングで直哉が左腕に着けているスマートウォッチが震えた。


とはいえそれは震えただけであり通知音が鳴ったわけではない。


その為それに気が付いているのは本人だけであり、正直無視したところでなんの問題もないであろう。


それどころか今は今日あったばかりの人が相手とはいえ一応デート中なのだから、猶更無視するのが得策というもの。


しかしそれを理解していながらもなんの躊躇もなくスマートウォッチの通知を確認する直哉。


「ん? どなたかからご連絡ですか?」


「あの女、リアルお嬢様のくせして結構独占欲が強めね。あなたにも言えることだけれど束縛女は最初はよくても後々ウザがられてフラれるわよ」


「お前の場合はそうだったかもしれないが私の場合は束縛とはまた違うから問題ない」


元カノ、今カノの言い争いなどつゆ知らず。


九条に質問されたからであろう。


直哉は再度なんの躊躇もなく、今度は自身のスマートウォッチの画面を彼女に見せながら


「デート中に突然すみません。体質上どうしても色々と気を付けないといけないことがあって、今回のはそろそろ水分補給をしてくださいっていう通知です」


「はっ、別に何かを疑っていたとかそういった失礼な気持ちでお聞きしたわけではなかったのですが、その。ついお聞きしてしまったというかなんというか」


「はははは、別に気にしてないんでいいですよ。それに俺だって逆の立場だったら九条さんと同じ反応をしたでしょうし」


それから直哉と九条の二人はベンチに座ったまま数分ほど会話を続けた後、まるで本当のカップルかのように仲良く手を繋ぎながら次の目的地へと向かって行った。

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