第2章:嘘と虚ろ

第7話

【202X年04月02日 08時00分 自宅の寝室】


その人の仕事先や就業時間によって多少違いはあるのであろうが、AZ ITのような朝9時始業の会社勤めの人間であれば丁度朝ご飯を食べ始めているくらいであろう。


しかしそこの社長である直哉は死んでいるのではないかと心配になる程までに静かに、しかし子供みたいな寝相の悪さが伺える態勢でまだ夢の中である。


それは先程までキッチンで朝ご飯を作っていたエプロン姿のメアが寝室に入ってきても、


「………………」


「………………」


怪しい目でじーっと愛おしそうに見つめられていても、


「………………」


「………………」


真横でメアが下着だけの姿になっても、


「………………」


「………………」


昨日直哉が一日着ていたYシャツへと着替えた後、まるで事後かのように彼の真横に寝っ転がっても、


「………………」


「………………」


カシャッ!


そんな二人の状況をメアが手にしているスマホのカメラで撮影されても、一切起きる気配はない。






【202X年04月02日 08時30分 自宅のリビング】


自宅ベット上での偽装写真撮影会に満足したメアはその場で再び着替えなおした。


その後何食わぬ顔で直哉のことを起こし、今は二人で朝ご飯を食べているところである。


「メア、今日の味噌汁味薄いんだけど」


「今日の朝ご飯は他の物に塩分を使っているのだからそれで我慢しろ」


「昨日悪魔化したんだから少しくらいいじゃん、このケチ」


「別にお前が定期的にどこぞの女から餌付けされたり、こっそり人の金で外食したりせず、私が用意した物だけを口にするというのであればもう少しいいものが出てくるだろうな」


どうやらこのメアによる発言は直哉にとって都合の悪いものだったらしい。


一切の反論をすることなく黙っておかずの一つである柔らかめの野菜炒めを自身の口へと運んだ。


『それでは現場と中継を繋いでみましょう。○○さん、そちらは現在どのような状況なのでしょうか?』


『はい。今私達がいるのは昨日一周年を迎えたばかりのヘブン トウキョウ カジノから少し離れた場所なのですが、御覧の通り建物は既に工事用の仮囲いで覆われており下の方は何も見えない状況です。また現在、足場工事会社に所属する方達による外部足場組立作業が進められており―――』


「隠蔽工作はあらゆる角度にて徹底的に行うその隙の無さは相変わらずだな。ちなみに今回の日本政府による言い分はなに?」


垂れ流しにされていた朝のニュース番組にて昨日の件が報道されていたからであろう。


呆れ気味に横目でそれを見ながら反応を示した直哉。


「この建物が完成してからまだ1年とちょっとだけなものの、この国にとっては初の試みが多く採用されている建物でもあるため、ちょっとしたリニューアルも兼ねて安全点検を行う―――というのが表向きの理由だな」


見事なまでに嘘で塗りつぶされた報道内容に対して呆れはおろか、微塵の興味もないらしい。


ただ聞かれたから答えただけといった感じのメア。


「実際は昨日の戦闘による破損個所の修繕を行うためと。どうせ修繕するならもっとド派手にぶっ壊しておけばよかったか?」


「お前のアイツらに対する鬱憤がそんなくだらないことで晴れるのなら私は別に止めないし、その時は好きなだけ暴れればいい。何があろうとも私だけは絶対にお前の味方だ」


そんな物騒な発言をメアによる冗談だと捉えたのか何かを言い返すわけでもなければ、感情はおろか表情すらをも変えることなく引き続きゆっくりと朝ご飯を食べ進める直哉。


この恋人らしからぬ雰囲気が漂う異様な空間にも関わらず、二人はお互い平然とした顔で何気ない会話を交わしながら引き続き朝の時間を過ごしている。


ちなみに直哉が社長をしているAZ ITの始業時間は午前9時から。


メアが院長兼看護師をしている天夜総合病院は病院ということもあり年中無休24時間、誰かしら職員はいるものの日勤の場合の始業時間は午前8時から。


そして現在の時刻は丁度午前9時を回ったところである。






【202X年04月02日 10時30分 天夜総合病院 特別診察室】


始業時間は優に超えているにも関わらず直哉が朝一番に向かった先はといえば、AZ IT本社と隣接する形で建っている天夜総合病院の最上階にある特別診察室であった。


とはいっても決してこれは本人の意思ではなくメアによる半強制連行のせいなのだが。


ということで直哉専属看護師であるメアは慣れた手つきで必要な検査器具の用意、各種検査へと進んでいった。


「体温、血圧、脈拍ともに異常なしと。それじゃあ次は採血をするから横を向け」


「んー」


直哉は直哉で毎日同じ検査を受けているためこの後自分が何をされるのかを全て分かっているのであろう。


適当な返事をしながら横を向いた流れでそのまま左手を左の腰に当てた。


「『んー』、じゃないわよ! なおが会社に遅刻してくるのは今に始まったことではないし、それなりの理由があるのは知っているからその点に関しては別に文句を言う気はないけれど‼ 1時間以上遅れそうな時は落ち着いてからでいいから前もって連絡してっていつも言ってるでしょうが‼」


「おい、ここは病院内だというのにうるさいぞ部外者が。診察するのに気が散るから少し黙っていろ」


「ぶがっ⁉」


メアの口から発せられた部外者という言葉が気に食わなかったのであろう。


かぐやはノータイムで何かを言い返そうとしたものの、今直哉が受けている診察の重要性を理解しているためか咄嗟にそこで言葉を止めた。


とはいえ顔にはこれでもかという程までにデカデカと『不服』の2文字が書かれているし、それを隠す気は一切ないらしい。


しかしそれはメアも同じこと。


一通りの検査が済み、その結果を記録し終えたメアは特に問題がなかったことを直哉に伝えた後


まるでおぞましい姿形をした人外を見るかのような表情を浮かべながら金四郎の方へと目をやった。


ちなみに金四郎はかぐやと一緒にこの病室へとやってきているため最初からいたし、それにメアが気付いていないはずがない。


つまり


「君が私のことを嫌っていることは重々承知しているし、あんな風に存在ごと無視されるなんてこと日常茶飯事。とはいえ今日はなんだか一段と当たりがキツくないかい?」


「警察庁長官ともあろう方が直々にこちらへ赴くとは、いったいどういう風の吹き回しでしょうか?」


「全く同じことを昨日、君の大事な彼氏君にも言われたよ」


そう金四郎は苦笑いを浮かべながら何気ない感じで言葉を返した。


しかしメアは昨日という部分であからさまなまでの不快感を示した。


「昨日。ああ、そういえばお礼がまだでしたね。昨日は警察庁様直々のお仕事を頂きありがとうございました。仕事内容と全く釣り合っていない直哉の分の報酬はいつもの口座までお願いいたします」


「あー、ストップ、ストップ、ストップ。メアが俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、あっちはあっちで昨日が初実践だったんだろうから少しくらい目を瞑ってやれって」


先程まで診察の為に座っていた椅子から慌てて立ち上がり、メアのことを何とか宥めようと試みる直哉。


「お前がいくら何と言おうと私の大切な男が誤った情報のせいでほんの少しでも危険に晒される可能性があった以上黙ってはいられないだろ。ましてや毎度のことながらその情報を流した連中は全員、最初から最後まで安全な場所でこちらの様子をカメラ越しに呑気に見ていたというのが尚の事気に入らない」


何か他にもメアの気に障ることでもあるのであろうか。


単純に直哉の言葉のみが火に油を注いだとは思えない程の怒りを露わにしだしたメア。


それに対し心当たりがあるのかばつが悪そうな表情を浮かべながら黙り続けている金四郎。


「(ちょっと、あの子の彼氏ならこの状況を何とかしなさいよ、なお)」


「(何とかしなさいよって、金四郎さんがここに来たらどうなるか分かってたにも関わらず連れてきたのはかぐやさんじゃないですか。かぐやさんがちゃんと責任持ってこの場を収めてくださいよ)」


「(私はちゃんと忠告をしたし、何度もなおが出社するまで待つよう言ったわよ。でも父さんが『何かあってからじゃ遅いんだ』の一点張りで聞かなかったのだから仕方ないでしょ)」


『何かあってからじゃ遅いんだ』ねぇ。


まあ滅多にここには足を踏み入れない金四郎さんが自分からやってきた時点で察しはついてたけど、二日連続で仕事のご依頼ですか。

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