〇〇〇に投げ入れてる二見さん


 いつものようにこっそり二見さんを追いかけていると、友達たちと自販機の前で立ち止まった。どうやら飲み物を買うらしい。

 三人ともにその場でごくごく飲み下し、一息ついている。今日暑いですからね、のども乾きますよね。

 手でパタパタと扇ぎながらそんな風に思っていたら、


 「ねぇ、このゴミさ、ゴミ箱に投げ入れてみない?」

 「おっいいじゃん! 賛成! 環もやるでしょ?」


 なんですと! 往来の激しい場でそんなことを。

 動揺する私をよそに、二見さんも頷いている。やる気満々といった感じ。

 これはマズいことになった。嫌な予感がする。


 「んじゃまずは前田行きまーす! そいっ」

 「お、上手い上手い! ゴミ箱に入ってるじゃん。次、後呂行きます! そりゃっ」


 嫌な予感的中。前田さんに続き、後呂さんまでゴミ箱に入れてしまったのだ。二人してハイタッチを交わし、周りにいた生徒たちから歓声が上がる。

 と、いうことはだ。みんなの視線が二見さんに集まらないわけがなくて。


 「…………」


 二見さんが空き缶を両手でぎゅっと握りしめている。プレッシャーを感じているのだろう。

 それもそうだ。ここでもし外しでもしたら、


 『あら、二見さんって意外とノーコンなのね。くすくす』

 『おい汚ねーな! ゴミはちゃんとゴミ箱に入れろよ!』

 『まったく、はしたない女性ですこと。先生たちに言いつけてやりますわ』


 ――と、罵声を浴びせられ、告げ口した生徒の手により先生にもこっぴどく叱られ、恥ずかしさと期待に応えられなかった自分のふがいなさから憔悴してしまうかもしれない。二見さんの顔から笑顔が消えてしまうかもしれない。

 そんなことあってはいけない! 二見さんには笑っててほしいのだから。


 いままさに投球を開始しようとしている二見さんを眺めつつ、私はポケットからあるものを取り出した。一円玉である。

 これでなにをするのかというと、万が一外した際の軌道修正に使うのだ。

 

 二見さんが空き缶を下から上に向かって投げ、放物線を描きながらゴミ箱へと近づいていく。

 だが、私には分かってしまった。あれじゃ入らないと。

 そこで一円玉を指で弾き飛ばし、空き缶の落ちる角度を調整。

 

 空き缶は吸い込まれるようにして、ゴミ箱へと入った。

 まさかの展開に二見さんが驚いた表情を浮かべ、友達たちに称えられている。周りからも拍手喝さいの嵐。

 よかった、恥をかかせずに済んで。


 私はホッと息をつき、その場をあとにする。

 ……あ、そういえば、一円玉回収するの忘れてた。取りに行かなきゃ。

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