王都編 先輩の変化

 本日より一週間ほど、育学は熱狂することとなる。というのも、この学校における代表的行事の一つ、春季チーム対抗戦が始まるからだ。同部屋の二、三学年四名を一チームとした本行事は参加する生徒だけで八百名余りを動員し、観客の一年生や大会を運営する教師陣、観覧しに来る現職の冒険者たちを合わせれば関わる人間が優に千を超え、王都でも有数の規模を誇る。


 学校長ドブライクの挨拶、運営の代表の教師からの注意事項等の説明が終わると、ついに対抗戦が始まる。チーム対抗戦は王都の近郊にあるデーベル森林にて行われる。だいたい半径百メートルほどの結界を張り、その中で二チームが対決する。ルールは至極単純、生徒には『コゴマ石』と呼ばれる石が渡されており、それが割れたら戦闘不能とみなされ、先に全員が戦闘不能となった方の負けである。


 ちなみにコゴマ石というのは、二世代前の天才J・L・コゴマが見つけた特殊な性質を持った石のことだ。竜の住まう島、ゴルバーンにコゴマが上陸した際、コゴマは運悪く一頭の竜に見つかり瀕死の重傷を負った。しかし、彼が死を覚悟したとき、彼の身体は全快したのだ。また、周囲の石には大きな亀裂が走った。そのことにとても大きな衝撃を受けたコゴマが十年あまりの年月を掛けた調査でようやくそれを見つけたのだ。


 詳細は省くがその石は近くの魔力を持つ存在の死を肩代わりできるのだ。痛みはもちろん残るし、致命傷に達しない傷は肩代わりしない。また、死を肩代わりと言っても外的要因によるものかつほぼ即死でなければならないなどの厳しい条件、管理の大変さ、生成条件がごく限られているなどのデメリットもあるが、このような試験にはぴったりなのだ。


 最初に戦うチームは三年生グレッケン・ヴァート率いる男子寮70号室チームとこちらも三年生セウェルス・コルト率いる男子寮50号室チームである。


 フェイトンたち一年生は投影魔法によって結界内の映像が映し出されている大広間に集まっていた。同部屋の上級生しか知らないフェイトンは近くの教員に声をかける。


「先生、この二チームって強いんですか?」


「ああ強い。特に70号室の三年、グレッケンは三年生での序列が一位、つまり、学園で最も強い男なんだ。過去何度も二年の序列一位シャーニー・エルビニアと戦いそのすべてでシャーニーを下している。まあ見てろすぐに決着するぞ」


 教師の言葉通り、試合はすぐに動いた。現状、魔法、弓の遠距離対決は両チームとも互角、近接戦闘では三学年セルウェスが愛用の双剣を巧みに操り、70号室チームの二年生を一人戦闘不能にした。が…


 セルウェスが一瞬で戦闘不能にされ、同じく50号室の近接戦闘を担う二年生も退場させられる。少なくとも育学全体で見ても上澄みの近接戦闘技術を持つ二人を数秒で下すという離れ業を行ったのは三学年序列一位グレッケン・ヴァートその人だった。


 金髪長身の美丈夫は陰り一つ無く輝く白銀の長剣を静かに鞘に仕舞う。その動作一つ取っても絵になる美しさと息を呑ませる雰囲気があった。


 その後、遠距離から矢、魔法で応戦した50号室の残り二人も抵抗虚しく、ものの数分で戦闘不能にされ、対抗戦は70号室チームが圧勝を飾った。


 あまりの内容に驚愕するフェイトン達だが教師たちの驚いた様を見るに、これほどの圧勝は珍しいらしい。


「そういえばお前の部屋は何号室だ?」


「53号室です」


「53? ということはフェクダ、デュマットか…確か初戦を勝ち抜いたら、グレッケンと当たるぞ」 


 教師の言葉にフェイトンは言葉を失う。同部屋の上級生は強いがグレッケン・ヴァートに勝てる気がしなかったためだ。


 その後四回ほど対抗戦があったが、どうも真剣になれなかった。何度も言うがフェイトンはプライドが高いため自分が所属するチームは結果を出してほしいと思うのだ。そうこうしていると、同部屋の上級生たちが映像に映る。


 もしかしたら…と期待する思いはあるのだが、上級生の動きを念のため確認しておこうという考えが大半を占めていた。


 しかし、その考えは五秒としないうちに改めざる得なくなる。


 ロベイトの槍の突きが冴え、ルークの矢が豪速で空を駆ける。フェクダの剛剣が全てを粉砕する勢いで旋回し、デュマットの魔法が前衛を補助し、ときに周囲に幻想的な殺戮の場を展開する。近接は剛のフェクダ、柔のロベイトのタッグが圧倒し、遠距離は二人が隙きを見せない。


 53号室チームは一人の戦闘不能も出さずに圧勝した。グレッケンほど突出した人物はいないが、チームとしての強さなら70号室チームの上を行くように見える。次戦への期待が膨れ上がる。


 後で教師に聞いたが、次戦は四日後らしい。最初の三日間でチーム数を半分にまで絞り、四、五日目で上位十チームを決め六、七で決勝とのことだ。


 夕刻、フェイトンとアグーレは興奮冷めやらぬ様子で上級生たちに詰め寄った。が、上級生たちはすぐに運動場に移動し、調整を進める。次戦のグレッケン戦を見越したためだろう。


 三学年の二人…特にフェクダの方は鬼気迫る雰囲気で、傍から眺めているだけのフェイトンも気圧される。


 昨日の印象からまるで別人なだけに戸惑いも大きく、フェイトンは二学年のロベイトに声をかける。


「ロベイト先輩、フェクダ先輩って毎回こんなに熱が入っているんですか?」


「…まあ、そうだな。…フェクダ先輩の一年の頃の序列は三位。結構な好成績を収めてたらしいんだが、二年では四十位になったんだ」


「かなり落ちましたね、周りが伸びたんですか?」


「いや、詳細は俺も教えてもらってないんだが、一年次最後の対抗戦から当時の上級生に徹底的に狙われて順位を落としちまったんだ。それから対抗戦に並々ならない熱意を向けてるんだと。」


「そんな事があったんですね…それについて学校側は何もしなかったんですか?」


「ああ、何もしなかった。三学年の奴らが卒業間近でなにか大きな制裁を加えにくかったのが一つの理由でもあるが、フェクダ先輩が二年間狙われ続けてなお上位に序列をとどめていたようにめっちゃ優秀だったからな。まあ大丈夫だろ、っていう感じだったよ」


 先輩の過去を知り、対抗戦に掛ける思いの一端を知り、フェイトンは自然と勝ってほしいと思うようになった。自分のちっぽけな感情ではなく、チームの一員としての心境を初めて彼は知る。同年代の友がいなかったフェイトンだからこそ、それは深く心に響く。


 その様子を見ていたロベイトは何を思ったのか自身の修練を止め、一年生の二人の指導を始める。もちろんフェイトンらも疑問に思ったが、


「いやー、学年で五位のルークはともかく、百十四位の俺は戦力になりやしねえから…」


 ロベイトの悲しい一言を受け、二人は沈黙する。ちなみに、もうひとりの三年生デュマットは十三位、フェクダも八位まで持ち直している。数百人居る中での百十四位はそこまで悪い順位ではないが、所属先がかなりのエリート部屋であるだけに思うことがあるのだろう。


 しかし、育学のレベルが高いのか、百十四位のロベイトといえどかなりの実力者だった。試験官相手に行ったフェイントにも悠々と対応し、アグーレの弓による遠距離攻撃もひらりと躱す。


 たった五分で二人の息が切れてくる。二人は肩で息をするどころではないのにロベイトは息一つ乱れていない。彼の目から見て二人には目を見張る部分があったらしい。


「打ち合わない…触れない剣に、実直かつ狙いの良い矢…お前ら一年生にしてはやるじゃないか。どっかのすました女どもを思い出すぜ」


 おそらくかなりの高評価なのだろう。ロベイトは愉快そうに笑う。


「すました女どもですか?」


「シャーニーだよ、二学年序列一位のシャーニー・エルビニア。入学したばっかなのにアイツらバケモンみたいな強さでよ。お前と同じように打ち合わねえんだよ」


「打ち合わない、ですか?」


「ああ、アイツが使う武器の特殊性も相まって、フェイント、カウンター主体の戦闘を行うんだよ。あれが性格悪くてよ…」


 彼には想像を絶するほどに色々あったらしい。だが、高名な女傑を思い起こさせるほどの物が自分に有ると知り、嬉しく思う。アグーレも序列七位に通じるものがあるそうだ。しかし、ロベイトは一通り褒めると、二人の武器を取り上げる。


 当然二人は抗議したが、ロベイトは一切取り合わない。


「赤いのは腕立て伏せ二十回を三セットとそれぞれ重りを両手で持って肩を上げ下げするのを百回ほど繰り返せ。毎日だぞ。余裕ができたら回数を増やすより片手で腕立て伏せをしたり、重りを重くしろよ」


 アグーレが再び抗議するもやはり無視。また、その矛先はフェイトンにも向けられる。


「白いのはとにかく走れ。移動のときも、歩かず走れ。部屋内での移動とかは背伸びしながらだ。暇だったら背伸びしろ、以上だ」


 二人は意味もわからずロベイトの言ったことを行うことになった。また、魔法については色んな種類を広く薄くでいいから練習しろと言われた。


 本当に意味があるのかと疑問を持ちながらも二人がそれを行おうと思ったのは、ロベイトが初戦で活躍していたからだ。一応実力のある人だし、というのが彼らの心情だっただろう。つい先程までの褒めてくれる先輩という印象から、ただただ面倒臭い先輩にロベイトが評価を落としたことは彼自身理解していただろうが彼が態度を変えることはなかった。

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フェイトンの生き方 週刊M氏 @kuruster31

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