42.「友達」
「お兄ちゃんは崖から海に飛び込んで、……ギリギリ一命を取り留めた」
さちはそう言った。
崖から海に……って、飛び込みで泳ごうとして災難な事になったか、自殺くらいしか……。
「え?」
僕、泳いでも飛び込みはしないし。
そういう危険なの、しないタイプなんだけど……。
「ってことは……」
……自殺?
「はっ、まさか……」
僕が乾いた笑いを浮かべていると、さちは少し苦い顔をして、肘をついてから僕を見上げた。
「ねぇお兄ちゃん、どうして自殺しようとしたの?」
******
「……」
僕、自殺しようとしたんだ……。
……いけない。
あんまり考えたら、また……。
『うぅっ……』
『?!……お兄ちゃん?!』
僕は昨日、さちに聞かれてその事を思い出そうとしたら、激しい頭痛に見舞われて……結局何も思い出せなかった。
(まるで、思い出させないようにしてるみたいな……都合の良い頭痛)
あれから一人の時……夜にも考えてみようとしたけど、その時も激しい頭痛がして、呼吸が上手く出来なくなるまでなった。
(困ったな……)
結局忘れてしまって、誰も教えてくれないあの子の名前。
……あの子は誰なんだろう。
「うっ……これもダメか……」
あの子について思い出そうとすると、同じように頭痛がした。
……忘れてる事は、重要な事ばかりな気がする。
「小野寺さん」
「!……はい」
「お客さん来てますよ。……今大丈夫そうですか?」
「大丈夫……です」
……誰だろう。
お客さんってことは……家族じゃない?
「しき!」
息を切らして入ってきたのは、あの友達だった。
……あのって何だ?
僕の友達の、こうきだった。
「しき……お前な……」
「ごめん。……こうき」
「……?」
「お菓子あるよ」
僕はそう言って、母さんが持ってきてくれているお菓子の入った箱から適当に取り出す。
「はい。……座れば?」
こうきの事は普通に覚えていたけれど、いまいちそこらへんの『友達』と、どんな風に接していたか思い出せない。
……だから、友達ってこんなもんだろって距離で話しかけたけど、マズかっただろうか。
「……しき、終わったのか?」
「?」
「っ……だから、お前がそうやって死にかけてようやく、あの人の事は吹っ切れたって聞いてんだ……!」
「あの、人……」
あの人って……誰。
僕の思い出せない女の子……いや、女の子だっけか。
……とりあえず、その人と同じ人だろうか。
「……ごめん、分からない」
「は……?」
僕が事情を説明すると、こうきは複雑な顔をした。
……何だか、少しだけ彼が安心したような感じがしたのは……きっと気のせいだろう。
「全く覚えてないのか?……クラスメイトとしても?」
「っ……わかんない、どんな人?……そうだ、名前……!」
「……いや、いい」
僕が聞こうとすると、こうきに止められてしまう。
「それより、『仲直り』しようぜ」
「仲……何か喧嘩してた?」
「あー…まぁ、『仲良く』でもいいけど」
「……?」
こうきのこの態度は……もしかして、こいつに関しての記憶もいくつか大事なものが無くなってるんじゃないんだろうか……。
……いや、でもわざわざお見舞いに来てくれる程だ。
最後に軽く言い合いになった……とか、そんなモンだろう。
「……あぁ……うん」
僕が返事をすると、こうきは少し心配そうにしながらも、ニッと笑って僕の背中をバシバシ叩いた。
「うっ……」
「あ!……マジでごめん、怪我の事忘れてた」
「……別に良いよ」
本当に悪気は無かったんだろう、凄く申し訳なさそうにしゅんとされて逆に可哀想になってくる。
「なぁ、明日も来ていい?」
「……いいよ」
「しゃ!ゲーム持ってくるわ」
でも、賑やかな友達が居て良かったなと思ってしまう。
なんだかんだ言って学校外では忙しいって事にしていたし、こんな風に外で学校の人に会うのも初めてだ。
(あれ?でも……)
友達とは初めてだけど、誰かとカラオケとか行った気が……。
……や、よそう。
今は目の前の人生を進まないと。
「……ねぇ、外行きたいな」
「えっ?」
「まだあんま歩けないから、車椅子押して欲しいんだよ」
珍しい僕からの提案に少し戸惑いながらも、
「おお!行こうぜ」
と、こうきは明るく答えてくれた。
……そうだ。これで良い。
今楽しく生きたいなら、前の事なんて忘れたままで良いんだ。
***
「うおー!めっちゃ夕日!」
「……なんだそれ、どんな感想だよ」
こうきの感想に苦笑しながらも、僕も一緒に夕日を見る。
……泣きそうなくらい、綺麗だった。
どうしてだろうな。
夕日をこんなに真っ直ぐ見る事なんて、1人じゃした事ないのに。
「あっ、しき!」
「えっ?……わっ」
僕は草むらに倒れ込む。
気づいたら、その夕日に吸い込まれるように立ち上がっていたからだ。
「いたた……」
「おい、立てるか?!」
急に立ち上がった僕を心配して、こうきが慌てて僕を支える。
「ごめん……」
僕は、しばらくその夕日から何故か目が離せなかった。
「……しき?」
「!」
そうだ、でも僕は、確かどっちかを選ばなくちゃいけないんだ……。
どっちもなんて……。
「な、今……めっちゃ青春っぽいな」
「えっ……?」
僕がそんな事を考えていた時、不意にこうきは言った。
青春っぽいって……僕にしてはそうかもしれないけど、こうきはただ、わざわざ僕の病院に来てるだけじゃ……。
「何だよ、その顔」
「えっ……僕、どんな顔してた?」
「めっちゃ不安そう」
「……!」
こうきは、楽しそうだった。
そっか……こうきは『僕と』青春したいって思ったから、わざわざ来てくれたのかも。
……応えなきゃ。
「こうき」
「……ん?」
僕が話し掛けると、こうきは僕の目を見た。
そう言えば僕は……こうやって真っ直ぐ人を見た事があっただろうか。
……あった……だろうか。
いや……無い、無かったハズだ。
だから、僕は知らなかったんだ。
友達って、大切なんだ……。
「ありがとう」
僕がそう言うと、こうきは驚いた様な顔になる。
「え、しき……そんな風に笑うんだ……?」
「なにそれ、あははっ」
まだ体がへなちょこだったから、笑うと全身が苦しい。
けど、笑いたい気分だった。
そうか……僕に必要なのは、友達なんだ。
きっと……。
******
「良かった……」
母さんは僕が歩けるようになって、泣きそうになりながらそう呟いた。
「大袈裟だよ」
「だって……良かった、良かった……」
僕は、毎日リハビリしたり食べたりして、だいぶ元の体型に近づいた気がした。
最近では母さんやこうきが居ない間も1人で病院の周りを散策したり出来ていた。
「よー!今日も来たわ」
「こうき」
そんな事をしていると、今日もこうきは僕の病室に顔を出した。
「あら、いつもありがとうねぇ。……じゃあお母さん、あっち居るからね」
母さんは、夜は毎日ここに泊まっている。
さちはあれ以来顔を出さないし……心配だ。
「あ、こうき」
「ん?」
イスに座って、いつも通りゲームを取り出そうとしているこうきに僕は話し掛ける。
「今度一日だけ、学校まで行こっかなって思ってるんだ」
そう。
まだずっとは居られないけど、僕も学生なんだし、退院したらまた学校に通う事になるだろう。
動ける今のうちから、慣れておきたかった。
「あー…」
……が、予想外の反応をされて戸惑う。
「学校はほら……さ?」
「え……何?」
「いや……それよりゲームしようぜ……!」
明らかに話題を逸らすように、こうきは強引にゲーム機を僕に手渡してきた。
「こう……」
「お前1Pな、ここ」
「こうき!」
僕の声に、こうきはびっくりして僕を見る。
……僕は、僕の事を気にかけてくれる友達だからこそ……そうやってはぐらかされたく無かった。
「僕が学校に行って、何か悪い事があるの?」
「……」
こうきは僕の言葉に黙ってしまった。
「……そんなに言えない事?」
「いや……」
「じゃあ……!」
「ダメなんだ!!」
今度はこうきが大きな声を出した。
「ダメなんだよ、知ったらお前は……」
「え……?」
僕が聞き返すと、こうきは続けた。
「お前は、またおかしくなる……」
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