43.「学校」
「おかしくなる……って、僕が?」
こうきの言葉に、僕は何が何だか分からなかった。
……もしかして、僕の無くなった記憶に、学校が関係してる……?
いや、それでも……。
「こうき、お願い。僕は……前を向きたい」
「……」
そう、どんな事実があろうと、人間……前を向けないなんて事は無い。
僕が忘れているのも、きっと前を向く為……
……そうだろ?
「こうき!」
「分かった、わかったから……」
唸るようにこめかみを押さえてそう言うこうき。
僕はこうきが話し出すのを待つようにじっと見つめる。
「っ……」
しばらく経って、観念したようにこうきは顔を上げた。
「お前は今、学校中で……」
コンコン…
こうきが言いかけた時、タイミングが悪くドアをノックする音が聞こえた。
「……はい」
しょうがなく僕が返事をすると、扉の向こうから少し咳払いする声が聞こえた。
そして……
「あのっ!私、同じクラスの村上優奈、です……」
と、声がした。
「えっと……」
村上優奈……うん、覚えてる。
同じクラスの……そう、同じクラスの人。
でも、その人が僕に何の用で……?
「村上?あ、そうか……」
「え?」
「あっ、いや……入れてやろうぜ」
何やら意味深な呟きを残して、こうきは扉の方に向かった。
ガラララ…
「あっ……ん、えっ?……田口君?!」
「村上、しき居るぜ」
「……えーっと、久しぶり……?」
「ひ、久しぶり……」
こうき越しに村上さんと挨拶をして、2人で僕の傍まで歩いて来た。
「じゃあ村上さんそこで、こうきは僕とベッドね」
僕は一つだけある丸イスを指さしながらそう言う。
こうきは「おっけー」と言って僕の隣に座った。
「あっ、もう起きても大丈夫なんだ……?」
「うん。結構良くなったよ」
「そっ……か、」
さっきから村上さんは居心地が悪そうだった。
……こうきが僕を学校に行かせたくないのと関係あるんだろうか。
「……で、村上さんはどうしてここまで?」
「えっ……!」
僕がとりあえず聞くと、村上さんは明らかに動揺する。
「あっ……あっ!プリント!届けに……」
テンパりながら、村上さんはバッグをごそごそと漁る。
そこで、彼女が制服のままだという事に気づく。
学校から直で来たんだろうか。
「プリントなら、わざわざここまで来なくても母さんかこうきに頼めば……」
「しき!」
「えっ……?」
こうきに呼ばれて、僕はやっと状況を整理する。
わざわざ電車に揺られて、制服のまま僕の病院まで来るクラスメイトの女子。
えっ?これって……。
いやいや……えっ……?
「ダメ……かな?」
そう言う村上さんの頬は、少し赤かった。
「えっ……いや……」
僕はどう反応したら良いか分からなかった。
恋愛事は避けてきたし、誰とも付き合ったことは……無い。
だから、今更そんな事言われたって……。
「な、なぁ!」
僕が黙り込んでいると、不意にこうきが大きな声を出した。
「……3人でゲームしねぇ?」
「えっ……ゲーム?」
……正直、助かったと思ってしまった。
友達と遊んでるのは良くても、僕には恋愛は……何でか無理な気がしたから。
「私、ゲームした事ないよ……?」
「大丈夫だから!持ってみなよ、ほらしきも」
「あぁ……うん」
結局、その日は大切な事とかを何も忘れて、3人で日が暮れるまでゲームした。
「じゃーな!また3人で遊ぼーぜ」
「……またね、小野寺」
「うん……気をつけて」
2人を見送った後急に部屋がしんとなる。
……人恋しいって言うのかな。
今はまだ、一人になりたく無かった。
(母さん呼んでこようかな……)
そう思った後に、わざわざ僕から呼びに行っても心配されるかな……と思い直す。
「あっ、そうだ」
僕は思い出したように携帯を取り出す。
母さんが見つけてくれたみたいで、持って来てくれたものだ。
その中には、いくつかの連絡先があって、その一つに……
「……あった」
登録名、『さち』。
突然かけるのも悪いかなと思ったけど、さちは自分から病室には来てくれないから、こうでもしないと。
「……誰?」
しばらくコール音を聞いた後、さちの突き放した様な声が聞こえる。
「さち、今何してる?」
「えっ、お兄ちゃ……や、兄貴!」
「?」
わざわざ言い換えるさち。
よく聞くとざわざわしているから、誰かと居るんだろうか。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
「や、別に良いよ……で、何?」
「……」
何?と言われれば意味は無かった。
ただ、さちと話したかっただけで……。
「えーっと、今度遊びに来てよ」
「……まぁ良いけど……で?」
「それだけだよ」
「はぁ?!……もうお兄ちゃんなんか知らない!切る!」
ブチッ…と切られた電話に、少し申し訳なくなる。
確かに僕も、誰かと居る時にそんな事で電話されたら困るかもなぁ。
でも、僕が『さちと話したかったから』なんて言ったら、それこそ何か重要な事なんじゃないかって思われそうだし、これで良い。
「しきー?」
そんな事を思っていると、母さんが僕の名前を呼びながら入ってきた。
「さっき、下でしきのクラスの子と会ったのよ」
「うん。今日は2人来てくれた」
「うんうん。良いじゃない、あの女の子も可愛かったし……」
「……」
ちょっと引っかかる言い方だったけど、僕は気にしないようにして携帯を窓際のテーブルに置く。
「そう言えば、声聞こえたけど……電話してたの?」
「あー、うん」
「……誰と?」
「さちだよ」
僕が答えると、母さんは安心したように息をついた。
……後で登録してある番号を見てみよう。
何か都合が悪そうにしてるし。
「あ……そうだ、母さん」
「なぁに?」
僕はそんな事を考えてるうちに、思い出した事を言う。
「今度学校行こうかと思うんだけど」
こうきは触れにくそうにしていたけど、母さんなら賛成するんじゃないだろうか。
……そう思って聞いてみたのに、
「あぁ、そうね、学校ね?」
歯切れ悪く答えられてしまった。
何か問題があるんだろうか?
後ろは見ないようにしようとは思ったけど、前を向くなら後ろを把握するのも必要なんじゃないだろうか。
「……しき、学校行きたいの?」
しばらくの沈黙の後、母さんが口を開いた。
行きたいの、って……まぁ、行きたいか……。
「うん」
僕が返事をすると、母さんは僕の方を向いた。
「……しき、転校しましょう?」
「え……?」
「しきがこんな風になって、学校が居づらくなってると思うの」
「……?どういう……」
僕が聞き返そうとすると、これ以上は聞かないでという表情をされる。
……いつもなら、そこで黙ってた。
「母さん!……僕、ちゃんと前を向きたいんだ」
「そう、そうね……分かってるの」
「だったら……」
「ダメ!」
母さんは強くそう言った。
病室に大きな声が響く。
「お願い、母さんを……」
「どうされましたかー?」
母さんが何か言いかけた時、声を聞きつけて看護婦さんが入ってきた。
……ねぇ、母さん。
『お願い、母さんを……』の、後。
……何を言おうとしたの?
困らせないでって?
そうだったら、僕は母さんの事を……信用出来ない。
母さんがおかしくなったのは、僕が変わってから……えっと、飛び降りて?からだ。
やっぱり記憶が曖昧になってきてる。
僕が飛び降りた理由……学校……。
……もしかして、イジメか?
でも、そんな事を考えたって何ともない。
「しき、大きな声出してごめんね」
看護婦さんが出ていってから、母さんは僕にそう言った。
確かに、イジメなら転校するのも学校に行かせたくないのも、自殺するのも……分かる。
問題は、誰にどうイジメられてたか全く記憶に無い事と、考えようとしても頭が痛くならないのはどうしてだろうという所だ。
「母さん」
やっぱり違うのかな……。
「ん、どうしたの?」
「……」
でも、とりあえず母さんには言わなくちゃ。
「母さん、嫌いだったよ」
僕が、前を向く為に。
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