初動警邏 始まる

 飯田署にある会議室の中で一番小さな規模の第3会議室を借りた麻衣子は持ってきたPCを立ち上げると、専用の秘密通信回線を使って警察庁と接続した。連絡官用に用意されているフォルダには今だに更新されておらず、どうやら、今回の件に関してはどこからもリークの情報は上がっていないようだった。

 人物の特定については、経済新聞部長が新任の連絡課課長と大学の同窓生ということもあってリークされた情報と警察庁データベースから調べだした大体の情報だけだが、何もない、何も知らない、というよりはましだ。


「いつも後手後手、誤手の誤手ごてごて、ごてのごて


 不意にそんな独り言を漏らしていた。

 指導官の先輩がこの仕事を言い当てたと言って教えてくれた言葉で、検非違使は徹底的に情報を集めることができる立場であり、警察はその一部分しか調べることができない、情報機関と探偵が一緒に仕事をしているような感じだ。しかも、相手は情報開示をしたがらないときているから質が悪い。だが、一つだけわかるとすれば、今回自分に白羽の矢が立ったのは、検非違使の査察官が男性だということだろう。

 男性には女性を、女性には男性を。

 周知の事実のようにこの編成がなされている。異性をあてがい、色仕掛けでも何でもして情報を集めろと暗黙の指示が出ているようなものだが、そうもうまくはいかない。

 連絡官は4回続けば1人前、続かなければ2階級特進、とも言われている職務でもある。麻衣子は今回が4回目なので、難なく業務を終えることができれば、どうにか、1人前と認めてもらえるところであった。

 

「人探しだけで検非違使が動くとは思えない・・・。きっと何か裏があるはず」


 そう意気込んで麻衣子はリークされた情報の一つ一つを読んでいくことにした。かかれた新聞記事の内容にはどこにも不審な点はみあたらない、新聞社の共用カレンダーには、飯田へ出張とのみ記載されているだけで、小さく「レンタカー」と記載もある。


「この土地へ何をしに来たのよ・・・」


 目ぼしい情報は見つからず、持ってきた珈琲の缶を開けて一口飲む、苦手であるがこの苦さが頭を研ぎ澄ましてくれるのではないかと、考えるときには飲む癖がついている。

 

「失礼します、三ツ林警部、もうすぐ検非違使が到着するようです」


 総務課職員が遠慮がちにノックをしてドア越しにそう告げてきた。部屋の入口には関係者以外立入禁止と入り紙がなされているので規則通りに従ったのだろう。


「ありがとうございます。すぐに向かいます」


 少し声を出して伝えてくれたことへの礼を告げると麻衣子は立ち上がって制服のズレを正してから防弾チョッキを着るとアタッシュケースから一式が整えられた帯革(装備品ベルト)を取り出したのち、一通り目視点検を行ったのちに装着した。無線機、拳銃、警棒、手錠などなどの一般警察官と大差のない装備であるが、拳銃だけはリボルバーではなく、国防軍と共用のSFP9となっている。予備マガジンも2つ支給されているが、現場での威嚇射撃以外の発砲経験はない。

 制帽を被ると左腕に「察連14」と記された腕章を装着した。これが現場ではモノを言う。私服警察官は制服を現場では邪険に扱う節があり、一度のなどは臨場した現場で任務中に怒鳴られたこともあった。


「麻衣子、覚悟を決めて、さ、行くよ」


 自分自身に声をかけて気持ちを奮い立たせると会議室を出た。会議室の前は生活安全課があり全員がこちらに好奇の視線を向けてくる。どこにいっても毎度のことだった。廊下を歩いて1階へと続く階段を降り始めると背を壁につけてこちらをじっと見てくる男性がいた。じっとりとした目が厭らしい、だが、その眼球は獲物を捕らえる視線だった。


「失礼ですが、連絡官の方ですか?」


「ええ、そうですけど?」


 男性の声掛けに笑みを浮かべて馬鹿のような表情を作る。マスコミ関係者であることはすぐに理解できた。


「東部新聞の谷垣です、今回はどんな事件なんですか?」


 連絡官が動いているのでなにかきな臭いことが起こっている、程度の話をきいてきたのだろうかと麻衣子は思った。


「まだ何とも、お名刺を頂ければ、ご相談するかもしれませんけど・・・」


 そう言って手を差し出すが、彼は困ったような笑みを浮かべるだけだった。


「いやいや、申し訳ない。名刺を切らしていまして、折角ですが別の機会にお渡しさせて頂きます。で、どうなんですか?発見された手首の件なんでしょうか?」


「それは困りましたね。じゃぁ、フルネームでも伺っておきましょうか?」


「いやいや、谷垣と呼んで頂ければ結構です。で、どうなんです?」


「そうですか・・・。これから検非違使の査察官と会うので私からは何もお話しできないんです」


「なんだ、そうなんですかぁ」


「ええ、急ぎますので、では」


 谷垣の残念そうな表情をしたのを見た麻衣子はにこやかな笑みを浮かべてその場を離れて階段を下りていく、数歩足を進めていると、後ろからも足音が聞こえてくる。

 めんどくさい記者に関わられたものだと正直思った。名刺を受け取るのは、検非違使への報告と手土産のため、そして、それができないのなら、フルネームから調べればよいが、それも言わない。しかも、引き下がりも早い。


「めんどくさいかも・・・」


 熱血馬鹿より弁えた馬鹿が一番怖いのをこの仕事についてから嫌というほど味わってきた。もちろん、馬鹿を額面通りに馬鹿にすることの間違いも理解していた。

 階段を降りて通用口へと足を進めていく、狭い廊下を抜けて裏口へとたどり着き、日差しの当たる外へと出ると、一台のクランエースが警光灯を灯して裏口から入ってきた。

 白い車体を一周する金糸のような金色のライン、赤と青の警光灯をFBIの捜査車両のように助手席のサンバイザーで発光している。バックドアにもきっと同じものがあるだろう。その車は駐車場の空いた一画へ停車するとしばらくしてドアが開いて、降りてきた人物が見えた途端に後ろで声が上がった。


「げ、六波羅の見廻警邏かよ」


 谷垣の軽蔑するような言い回しの声が聞こえた。

 その言葉を聞いて麻衣子は思わず身震いした。それと同時に谷垣にそっと感謝もした。

 六波羅の見廻警邏、それは全国津々浦々で暗躍すると言っても過言ではないほどに、全国を査察できる権限を持つ検非違使の中でも特殊な部類に入る連中の総称だ。駿河が出てきた時点で可能性は考慮していたものの、それだけは避けたいとも内心は思っていた。

 

 だが、結局、得てして結果は災厄になるものだ。

 

 ケピ帽を被り車の鍵を閉めた彼がこちらへと歩いてくる。一般的な検非違使と変わりはないはずなのにどこか異質な感じを纏っている気配がした。腰に下げている剣と相対するように吊られた拳銃、両方とも使い込まれてくすんだ銀色をしている。肩掛けをしている薄いA3ほど皮製のカバンはタブレットと防弾盾を兼ね備えた重みのあるものだ、肩掛けベルトが食い込んでいるから間違いはないだろう。

 彼らの制服には一切の装飾がない、それどころか階級組織なら絶対の階級章すらも見当たらないのだ。


「察連さん、今回は貧乏くじですな」


 後ろから谷垣の声が聞こえてきた。


「六波羅のしかも見回警邏、しかも一等査察官ときている」


「知っているんですか?」


 私は振り返らずに谷垣へと問いかけた。谷垣の声は緊張からだろうか、少し上擦った声で返事が返ってくる。


「あれは加賀美一等査察官です。見廻警邏の中でも特に悪い、いやぁ、貴方に名前をお伝えしなくて正解でした。私は失礼しますね、では、ご武運を」


「加賀美一等査察官・・・」


 彼らの階級は七等査察官から始まり一等査察官まである。その上はただの査察官となる。その査察官に名を連ねているのが駿河だ。そのすぐ下の階級である一等査察官は確かに質が悪いのかもしれない。近づいてくる彼から立ち昇るような陽炎のようなものが見えたのも気のせいではないだろう。


「こんにちは、検非違使の加賀美と申します。警察庁の連絡官の方でしょうか?」


 目の前に立ち彼はそう言って敬礼を向けてきた。谷垣の言ったとおりで彼は加賀美と名乗った。


「警察庁 検非違使 連絡官 兼 長野県警察本部 警備部 付 警部 三ツ林 麻衣子 と申します。よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、お願いいたします」


 互いに敬礼を向け挨拶を済ますと加賀美が手を伸ばして握手を求めてくる、確かに異質の検非違使の人間だと感じる。一般的な彼らならこんな事はしないだろう。


「ところで三ツ林警部、検非違使の連絡官を務めて何回目です?」


「そうですね、3回目です。まだ若輩ですので慣れてはおりませんが・・・」


 20代の後半だろうと三ツ林は話し方から判断した。こちらは35歳をちょうど超えたとこである、童顔なので小牧署長からも若く見られたが、この仕事についてからは男運にはとことん見放されているのでほとんど諦めていたが、目の前の握手を求めてきた男性は検非違使とはいえ少しばかり凛々しい顔立ちで三ツ林を喜ばせた。

 強面も結構、だが、そんな表情で一般市民へ関与されては困る。それの後始末をするのも、そのめんどくさい後始末を押し付けられるのも、連絡官の業務に含まれるのだ。


「それは丁度の時期ですね。今回も穏やかに終わるとよいのですが」


「私もそう願いたいものです。まだ、やることがありますから」


 互いに頷き合うと握手を話して麻衣子は警察署内へと右手で案内をする。かちゃり、かちゃり、と聞きなれない剣を吊るす音が響き、廊下を抜けて署内へと加賀美が姿を見せると喧騒が嘘のように静まり返った。階段を上がる音さえもが響くほどに。


 会議室へ入ると室内の様相は一変していた。壁には飯田市内、長野県、日本全国の地図が張り出され、そして、お茶とお茶菓子までが卓上に用意されている始末である。総務課に問いただすと署長命令ということであった。


「なかなか、歓迎されてるなぁ」


 そう言った加賀美が卓上に置かれた飯田銘菓の菓子をゴミ箱へと投げ捨てていく、最後には封の切られていないペットボトル飲料のお茶でさえも投げ捨てた。


『検非違使は自らの調達以外は口にしない』


 この鉄則を小牧署長が知らないはずがない。これはどう受け取るべきなのか悩みどころだった。なにより、加賀美の機嫌を損ねることも危惧する。


「今度、買いに行こう。これは美味しそうだ」


 そう言って加賀美が卓上の菓子案内を手に取ると胸のポケットへとしまった。それほど機嫌が悪くなさそうなので麻衣子はほっと一安心する。


「さて、状況のすり合わせをしたいのですけど、三ツ林さんはどこまでご存じですか?何も知らない、とはお答えにならないと思いますが」


 長机に腰を下ろした加賀美は肩にかけていたものを外すと蓋を開き起動させる。やはりタブレットだった。


「中根八重という女性を捜索するということ以外は存じてはおりませんが」


「例の発見された手首の件はどうですか?」


「いえ、そこはまだ捜査中といった感じです」


「そうですか、まぁ、手首の件は置いておくとして、まずは飯田駅周辺の情報収集を行いたいと思いますが、同行願えますか?」


「かまいませんが、それはそちらで調べがついているのではないのですか?」


 情報収集は検非違使の十八番だろう、超法規的措置の塊なのだ、プライバシーなどという概念は彼らには存在しない。


「いえ、それがですね。レンタカー屋の監視カメラは4台あるのですが、1台だけ店が独自に入れたようでして、接続されていないんです。ですから、現地で収集する必要があるわけです」


「でも、他のカメラは接続されていた訳ですから、必要ないのでは?」


「いえ、そのカメラはですね、キャッシャーの近くに据え付けられているようでしてね、彼女の手元と姿をしっかりと確認できると思うのですよ」


「はぁ・・・」


 人物判定はこの科学技術が発達した世の中であればいくらでも識別することができる。その人個人の仕草や歩き方などなどだ。警察でも捜査に応用している。


「そうなんですがね、ちょっと不思議に思うのですよ。一般人、しかも只の記者が姿を消すことが可能かどうか・・・」


 難しいだろう。とかく監視カメラが増えた世の中だ。しかも、誰もがスマートフォンを持ち動画を撮影している。それすべてを問答無用で閲覧することができる検非違使にとってはつなぎ合わせた情報で本当に姿を消してしまっていること自体に疑問があると加賀美は言っているのだ。


「分かりました。では、まずはそのレンタカー会社へ向かうとしましょう」


「話が早くて助かります、では、行くとしましょうか」


 こうして二人の捜査・査察は始まりを告げた。これが真っ当な活動にならないことに彼女はまだ気が付いていなかった。

 



 

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死人の屍人の恋心 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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