もう少しだけ

クロノヒョウ

第1話



 中学二年生で同じクラスになった私、あかね一哉かずや祐介ゆうすけ


 私たち三人は席が近かったこともありすぐに仲良くなった。


 きっかけは好きなバンドが同じだったこと。


 音楽の話で盛り上がっていると祐介が突然提案した。


「俺たち三人でバンドやらない? 楽器とかうちにあるからさ」


「おっ、いいねえ」


「えっ、やりたいかも」


 若い頃音楽をやっていたという祐介の両親に楽器を借りられるということで、私たちは毎日祐介の家に集まるようになった。


「どうせやるなら俺が曲を作るよ」


 そう言った祐介はピアノを担当し、私と一哉は初めて触るギターとベースを必死で練習した。


 最初は散々だった私たちも一年も続けていれば曲はどんどん増え、ライヴも出来るようになっていた。


 私はどんどん音楽にのめり込んでいった。


 楽しくて楽しくてしかたなかった。


 三年生になってクラスがバラバラになってしまっても、週末は祐介の家に集まって練習していた。


 ずっとこの楽しい時間は続くものだと思っていた。


 ところが、それは夏休みが終わる頃だった。


「俺たちさ、いつまでこのバンド続ける?」


 突然一哉が言った。


「え、いつまでって、ずっと続けるんじゃないの?」


 私が驚いていると祐介が言った。


「俺もちょっと考えてたんだ。受験があるからいったん活動休止しようかなって」


「そんな……」


「だよな。次のライヴを最後に解散するか」


「おう」


 私はすごくショックで残念で寂しかった。


 二人ともあっさりしすぎていて、私はなんだか置いてきぼりにされたような気分だった。


 一哉と祐介は平気なのだろうか。


 ある日私は祐介に聞いてみた。


「ねえ祐介。祐介も一哉もそんなに簡単にやめれるものなの? 私はずっと続けたいしずっと続くものだと思ってた」


 おっとりとしていて優しい祐介は私を見てにっこりと微笑んで言った。


「俺だって一哉だってもちろんこのバンドをずっと続けたいさ。でも今はやらなければいけないことがある。音楽なら別にバンドが解散したってひとりでも練習とか出来るだろ? 仕方ないよ。何にでもいつかは終わりがくる」


 祐介の言葉はわたしの胸に深くささった。


「終わり……」


「はは、そんなに思い詰めることじゃないよ。終わりがきたらまた新しく始めればいい。それだけの話しさ」


「じゃあ祐介は高校に入ったらまたバンドをつくるの?」


「んー、どうかな。その時になってみないとわかんないな」


「……なんか、祐介も一哉も冷めてるよね。こんなに音楽をやりたいと思ってるのは私だけなんだ」


 私は二人との温度差を痛いほど感じていた。


「別に冷めてるってわけではないんだけどな。ただ俺はやるべきことはちゃんとやりたいし、それは今は受験であって音楽はやろうと思えばいつでもできる。受験は今しか出来ないからね。一哉もそれをわかってると思うよ」


「そうだけど……」


「茜は俺たちにどうしてほしいの?」


「どうって……」


 私は二人にどうしてほしいのだろうか。


 このままバンドを続けるのは無理なことはわかっている。


 じゃあ私は何をどうしたいのだろう。


 自分でもこの心のモヤモヤが何なのかわからなかった。



 高校でバラバラになった私たちはもう連絡をとりあうこともなくなっていた。


 私の中の音楽をやりたい気持ちは変わることはなく、とにかくいつでもできるようにあれからもずっとギターの練習は欠かさなかった。


 私はなかなか一緒にバンドを組んでくれるような友達には出会えなかった。


 音楽が好きな人はもうすでにそれぞれバンドを組んでいた。


 おもしろ半分でやろうやろうと言ってくれた友達もいたが、みんな真剣に練習してはくれなかった。


 ここでも周りとの温度差を感じていた。


 そんなことを繰り返し、もうバンドを組むのはいい加減うんざりしていた。


 仕方なく私はひとりでギターの弾き語りでライヴをするようになっていた。


 そんな中、高校生限定のライヴイベントに出た時に偶然にも一哉に会った。


 一哉は男四人組のバンドでベースを弾いていた。


「茜は弾き語りやってたんだ」


 楽屋まで来てくれた一哉は嬉しそうにそう言った。


「うん。一哉もベース、続けてたんだね」


「ああ。ベースってあんまり人気ないみたいでさ。バンド二つかけもちしてんの」


 一哉はすごく楽しそうに笑っていた。


「ねえ祐介は? 連絡とってるの?」


「いや、あいつ進学校だろ? 俺からは連絡しづらいし、俺も忙しくて」


「そっか……」


 私はなぜか寂しい気持ちになっていた。


「もし音楽やってんなら、どっかで俺たちみたいにばったり会うんじゃねえの?」


「あは……そうだね」


「じゃあ俺行くわ。あ、よかったぞ。茜の歌」


「本当に? ありがとう。一哉もカッコ良かったよ」


「おう、サンキュー」


 それはお世辞でもなんでもなく、一哉は本当にステージでキラキラと輝いていてカッコ良かった。


 きっと好きなことを好きなように出来ているんだろうと思った。


 私はそんな一哉が心の底からうらやましかった。


 別に私だって楽しくないというわけではない。


 ひとりでやるのは気が楽で自由にできる。


 ステージでライヴができるだけでも気持ちがいいし楽しい。


 ただ私の心の中にはぽっかりと穴があいているようだった。


 一哉と祐介と三人で必死で音を出し合っていた頃があまりにも楽しすぎた。


 三人で居ることが、仲間がいることがどんなに素晴らしいことか、今ひしひしとそれを感じていた。



 大学生になっても相変わらずで、私はひとりでシンガーソングライターの道を進んでいた。


 ライヴで知り合った音楽仲間に一緒にバンドをやらないかと何度も誘われたが全て断った。


 私はいまだに中学生の頃の祐介の言葉を引きずっていた。


『何にでも終わりがくる』


 その通りだ。


 バンドにしろ何にしろ必ずいつかは終わりがくる。


 でもひとりでやっていれば終わりはこない。


 自分が終わらせなければ決して終わりはこないのだ。


 心の中の穴はあいたままだけれど、そう思うことで現状に満足できていた。


 ライヴ終わり、最寄り駅の前で私は背負っていたギターをおろした。


 何度かここで歌ったことがあった。


 ちょっとした広場になっていて真ん中に大きな木がある。


 木のまわりに置いてあるベンチのうちのひとつに座った。


 私はおもむろにギターを弾き始めた。


 ライヴでは歌わない歌。


 中学生の頃、祐介が作った曲をここでひっそり歌うのが私の楽しみだった。


 たった一年とちょっとの間のことだったけど、祐介と祐介の作った曲は私にとってとても大きな存在となっていた。


 ここでこうやって歌うことで、自分の心の穴がふさがれていくような気がしていた。


 私は歌いながら目を閉じた。


 あの頃の感覚を思い出す。


 必死で練習した三人のあの時間。


 音が綺麗に調和して曲として完成した時のあの感動と喜び。


 一哉のベース音と祐介の包み込むようなキーボードの音。


 目を閉じていると頭の中には二人の音が流れ込んでくる。


 (えっ?)


 その時、はっきりと私の耳にキーボードの音色が聴こえた気がした。


 いや、これは気のせいなんかじゃない。


 (まさか……)


 リアルに聴こえてくる祐介の音。


 間違いない。


 あれから何度も何度も頭の中で繰り返し思い出していた祐介のピアノの音だ。


 緊張と興奮で胸が震えた。


 私は目を閉じたまま歌い続けた。


 いや、目を開けることができなかった。


 今もし目を開けてしまうとこの音が消えて失くなってしまいそうな気がした。


 終わらせたくない。


 もう少し、もう少しだけこの胸の高鳴りを感じていたかった。


 でもそれすらも私にはできなかった。


 どんどんこぼれてくる涙は私の声をふるわせ歌うことができなくなった。


 震える手はギターのコードを押さえる力も奪っていった。


 それをわかっていたかのようにキーボードの音が大きくなる。


 そしてそれを待っていたかのように祐介が歌い始めた。


 祐介の声は優しく私を包み込んでくれた。


 私はただ泣くことしか出来なくなっていた。


 今までの想いが全て涙となって流れてくるようだった。


 曲が終わると通行人や広場にいる人たちからパラパラと拍手をもらった。


 私は恐る恐る振り向いた。


 いつの間にセッティングしたのだろうか、キーボードを前に座っている祐介は優しい笑顔で私を見ていた。


「ずいぶん上手くなったね、茜」


「祐介ぇ……」


 私はあふれる涙をぬぐうのに必死だった。


「はは、泣くなよ。もう少しだけ付き合って」


 面影だけを残して大人になっている祐介は、そう言ってすぐに演奏を始めた。


 私は泣きながら祐介の音についていった。


 会話なんて必要なかった。


 何も話さなくてもわかっていた。


 私たちはお互いにお互いを求めていた。


 その想いは音となって美しく絡み合っていた。


 (もう少し、もう少しだけ……)


 この幸せを一分一秒でも長く感じていたかった。


 私たちは今までの時間を取り戻すかのように夢中になって演奏し続けた。


 (もう少しだけ……)


 絡み合った二人の音はいつまでもただ静かに夜の街に鳴り響いていた。



          完



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