幕引きの一服



 ここからは、生きている俺達のエピローグだ。


「お腹空いた。ファミレスでチョコレートパフェ食べたい」――などとぬかしやがった咲弥のワガママに折れて、最寄りの適当なファミレスに入店した。

 ……適当な上着に着替えたせいで、より一層パパ活臭くなり、痛い視線を気にしないようにしてドリンクバーを注文する。


「遠野綿花の話は本当?」


 消去法で選択したコーヒーを啜っているところで、咲弥はそんな疑問を呈してきた。


「半分本当」

「つまり半分嘘?」

「そりゃそうだよ。たとえ親しい人間から話を聞いたところで、心の内実なんて分かるわけないだろ。いわんや人の好悪なんて、だ」

「うっわぁ~」


 苦々しい顔をして、口直しにチョコレートパフェをかき込む咲弥。

 真実はさておき、彼女が病んだ果てに自ら親愛もなにもかもかなぐり捨ててしまったのは揺るぎようがない。


「人間なんて永遠じゃないんだから、大切な気持ちなんてもっと早くに伝えておくべきなんだよ」


 生きているのが苦しいとか、

 あの人が好きだとか、

 ……助けてほしいだとか。


「へぇ、ならボクも伝えておこうかしら」


 舌なめずりをしながら咲弥はチョコレートのように甘ったるい声で、辟易とした俺をもてあそぶ。


「ボクはヤマトに嫌われたい」

「そうかよ」

「ボクはヤマトに憎まれたい」

「そうかよ」

「ボクはヤマトに――

「そうかよ。なら老婆心ながら言ってやるけど――」


 意趣返しとばかりに、これ以上なく神妙な顔つきをして。


「――そのチョコレートパフェ、イチゴ入ってるぞ」

「えっ!?」


 指し示したのは、グラスの中ほど。スプーンは目前まで迫っていたとあって、咲弥の渋面は輪をかけて酷いものだった。


 こいつは肉食を忌避しているだけではなく、イチゴも嫌いらしい。

 一般論なら甘酸っぱくて旨いが、当人曰く「赤くてぐじゅっとしたところが生理的に受け付けない」とのこと。じゃあトマトも嫌いなのかと聞いてみたことがあったが、加熱されている分には平気らしい。


「その矛、今日のところは収めるって言うんなら、俺が食べてやってもいいぞ」

「ぐぬぬぬ……」


 人間が本当に困った時、「ぐぬぬぬ」ってマジで言うんだな……。


 しばらくの間、「チョコレートなら普通はバナナでしょ」だの「イチゴパフェが他にあるんだからイチゴは余計でしょ」だのと葛藤を繰り広げていたが、食べられないものをこのまま放置するのも据わりが悪かったのか、行儀と育ちのいい咲弥はとうとう折れて、パフェグラスを俺へと押し付けた。


「なんで嫌いかねぇ」


 イチゴが好きそうな顔してるくせに、というのは偏見だが。


「好きなものが人それぞれ違うなら、嫌いなものも人それぞれ違うのは道理でしょ」

「そりゃそうか」


 一般論という蜘蛛の巣に囚われて、そんな当たり前の道理も忘却してしまっていたのが来栖五百奈だったのだろう。


 生クリームとチョコレートソースに塗れたイチゴを頬張る。

 一般論どおり、甘酸っぱくて旨い。


「というか、人の食べたものをそのまま食べるって、抵抗感ないの?」

「あったら食ってねぇだろ」

「それもそうね」


 ふふふふ、と咲弥が屈託なく笑う。

 その笑みがあまりにも年相応に甘いもので、俺は後味をコーヒーで流し込んだ。






――――――――

【パイロット版】を読んでいただき、ありがとうございました。

完成版は次回のカクヨムコン時期に投稿予定です。


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【パイロット版】ストロベリィ・チョコレヱト・カァニバル 羅田 灯油 @rata_touille

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