後編

「さぁ! 政権戦争、与党と野党の戦いの渦に呑まれて死ぬがいいコヴィ!」

「うあっ!」

 一閃。

 俺の口元で、マスクが――。

 アベノマスクが、はらりと真っ二つに分かれ、ぶらりと両耳から垂れ下がった。

 どさっと俺は膝をつき、呆然自失、へたり込んだ。

 『恥ずかしい』。

 『恥ずかしい』、『恥ずかしい』『恥ずかしい』『恥ずかしい』。顔が割れては、力が出ない。

 マスクが顔を隠してくれなくなった瞬間、俺は一気に力が抜けて、そのまま動けなくなってしまった。

「コーヴィコヴィコヴィコヴィ。あっけなかったコヴィねぇ。今度こそ、もう何もできなさそうコヴィ。そこで大人しく、あの女が殺されるのを見ているがいいコヴィ。コーヴィコヴィコヴィ」

 怪人はそう言うと、彼方かなたで座り込んでいた女性の方へゆっくりと歩いて行った。

 女性は腰が抜けて立ち上がれないのか、綺麗な目元を恐怖で飾って逃げる様子はない。

「……誰かが言ったらしいコヴィね。コヴィたちは平等だと。そうしたら批判が殺到したらしいコヴィねぇ。コヴィッ。馬鹿な話コヴィ。コヴィたちはどこまでも平等コヴィよ。金持ちにも貧乏人にも、美男美女にも不細工にも、天才にも凡人にも、平等に感染するコヴィ。リスクが違う? コヴィコヴィコヴィ。笑わせるコヴィねぇ。その不平等は、お前たち人間が造ったものだコヴィ。コヴィたちはどこまでも平等コヴィ。ただ、感染するだけコヴィ」

 怪人はゆっくりとそう言いながら、女性に近づいていく。禍々しい剣を手に、一歩一歩、その災厄は彼女に近づいていく。そのわざわいの正体は、ウイルスなのか、それともヒトなのか……。

 俺は、ただ座り込んでいた。

 『恥ずかしい』。結局、俺にはなんにもできない。

 『恥ずかしい』。身の程知らずが無謀にも出しゃばった結果がこれだ。

 『恥ずかしい』、『恥ずかしい』、『恥ずかしい』。

 『恥ずかしい』! 彼女は俺の前で、殺される。

 でも、でも、でも! どうしようもない。

 彼女はおびえて座り込んでいる。

 ああ、あの美人で行動力のある彼女でさえも、ウイルスの前には無力なんだな。

 ……嫌だなぁ。嫌だ。こんなの嫌だ。『恥ずかしい』、より、なんでだろうなぁ。嫌だなぁ。

 俺は、ついさっき電車内で見た、彼女の勇姿を思い出す。絡まれている親子を、絡んでいたおっさんも含めて、誰一人傷つけることなく助けた、彼女の姿を。

――ねぇ、お姉ちゃん。これ、可愛くないですか? ――

 そう言った彼女の顔は、後姿で見えなかったけれど、きっと素敵な笑顔だったに違いない。

 目の前で、今にも怪人の魔の手に侵されようとしている彼女を眺めながら、俺は彼女の代わりに走馬灯でも見ているみたいに、俺の知る彼女を思い出す。

――ほんとぉ?! 困ったなぁ……――

 苦笑しながら立ち上がる彼女。ハンカチを手際よく仕舞う彼女。携帯用のアルコールスプレーとゴムひものようなものをもてあそぶ彼女。少し大きめの独り言のような調子で喋る彼女。

――この可愛いハンカチで簡易のマスクを作ってあげたら、喜んでつけてくれるかと思ったのに……――

 ――簡易の、マスク。

 走馬灯が、そこで止まった。

「どうしたコヴィ? 逃げてもいいコヴィよぉ? 人間の逃げ足の速さを上回る、感染スピードを見せてあげるコヴィ」

「……嫌っ」

「コーヴィコヴィコヴィコヴィ」

「まっ! 待て!」

「コヴィ?」

 振り返る怪人の前で、俺は、再び立ち上がっていた。

「……なっ、なんだその姿はコヴィ……?!」

「アレは!」

 振り返るまでもなく、それはおっさんの声だった。

「アレは、アベノマスク面、簡易布マスクフォーム!」

「……アベノマスク面、簡易布マスクフォームだとコヴィ?!」

 そう、俺は真っ二つにされたアベノマスクのゴム紐に持っていたハンカチを通して、簡易布マスクを作ったのだった。わざわざマスク部分の布を外す時間も道具もなかったので、見た目は相当不格好だが、マスクとしては問題ないだろう。

 コロナの流行により、多くの公衆トイレでハンドドライヤーが使えなくなったことで持つようになったハンカチが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 アルコールスプレーなんて持っていない俺が、汚い手で、何度か使っているハンカチを使って作ったこのマスクは、衛生的ではないかもしれないが、今は、目の前のアイツさえ防げればそれでいい。このマスクは、自分の感染を防ぐためのマスクじゃない!

「そっ、その人から! 離れろ!」

「……コヴィ。まさかそんな状態で復活するとは驚きコヴィ」

「そうだな。ウルトラマンもイエス・キリストも、こんなに早くは帰ってこなかった。アベノマスク面……」

 おっさんが鼻をすする音が聞こえた。まさか、感動で泣いているのか? 驚きはしたが、俺は振り返らなかった。

「ちょっと甘かったコヴィねぇ。いいコヴィよ。今度はちゃんと殺してやるコヴィ!」

 怪人が近づいてくる。

 そして、再び打ち下ろされる政剣COVID-19。

「うっ……!」

 俺は呻き声を漏らし、その一撃を隙間ない腕の守りで受ける。アベノマスク部分は少し持っていかれたが、なんとか耐えることができた。

「どういうことだコヴィ? そんなやっつけの簡易マスクで、どうしてコヴィの攻撃を堪えることができるコヴィ?!」

「……そうか! アベノマスク。仮にそこにどんな思いや裏事情があろうとも、COVID-19に打ち勝とうという人々の思いがそれにこもっていることは確かだ。マスクの検品や配布をはじめとした、多くの工程に多くの人々が携わり、国民の手元まで届いたそのマスクは、確かに人の、COVID-19に打ち勝ちたいという思いの象徴なんだ! 対して簡易マスクにも、マスクが品薄の状態で試行錯誤した多くの人々の思いがこもっている。その中には、アベノマスクへの批判的な思いを持っていて、反骨精神を簡易マスクにこめた者も少なくはなかっただろう。だが、その人たちにもまた、COVID-19に打ち勝ちたいという思いがあったのは確かだ。あのマスクは、いわばそれら全ての人々の思いの象徴。純粋な『人々の問題に打ち勝ち前に進みたいという思いの象徴』、『幸せを求める人々の願いの象徴』なんだ! 与党と野党の垣根を超えた、政治思想に左右されない、本当に根本にあるはずの思いの象徴たるそのマスクは、単なる政権戦争の勝利に固執した悪意の象徴たる政剣COVID-19にも負けない。そういうことか!」

 どういうことかはわからないが、何はともあれもう数回は、あの剣での攻撃も受け止められそうだ。

 俺は拳を固く握る。

「……確かになぁ。色々と問題はいっぱいあるだろうよ……。声を上げることも、疑問を追求することも大事だろうよ……。でもなぁ……。でも。ものには言い方ってもんがぁ。やり方ってもんがぁ。あるだろうよぉ!」

「……なっ! コヴィ~!」

 俺の特大のブーメランは、この時ばかりは真っ直ぐに怪人の顔面を打ち抜いた。

「はぁっ……、はぁっ……」

「……やった、のか?」

「……いいや、まだコヴィ。確かに今のは痛かった。痛かったが、所詮はマスク。マスクにウイルスを殺す力はないコヴィ。何度もウイルスにさらされれば、マスクだって耐え切れないコヴィ。雨垂れ石を穿うがつコヴィ! 目に見えないほど小さなウイルスだって、マスクを通り抜けられるということをコヴィ! 人間に勝てるんだってことを、教えてやるコヴィ!」

 そうだ。その通りだ。マスクにはウイルスを倒すすべはないし、使えば当然劣化していく。今の俺は、延命に成功しただけでジリ貧だ。

 でも、諦めたくない。考えるんだ。考えろ。もう嫌だ。『恥ずかしい』に流されて、無力を言い訳にして、逃げるのはもう嫌だ。後悔に苦しむ夜は、うんざりなんだ。

 そのために、俺はこのマスクを作ったんだ。

 もう一度、立ち上がったんだ。

 変わらなくちゃ! 考えなくちゃ! 俺の世界は変わらない! ウイルスだってマスクを穿つんだ! 俺にだって……。俺だって!

「……アっ。アベノマスク面!」

 拳を握り締め思考を加速させていた俺は、その声ではっと我に返る。

 それは、あの女性の声だった。

「あっ、あの! これ!」

 女性はそう叫ぶと、何か小さなものを俺の方に向かって投げた。

「わっ! あっ! おっと……」

「ナイスキャッチ!」

 どんくさい俺でも、ナイスかどうかはさて置いてかろうじてキャッチできるナイスパスをしてくれた彼女が投げたそれは、携帯用のアルコールスプレーだった。

「なんだコヴィ?」

「それは! アルコールスプレーだな! 兄ちゃん! 見せてくれ!」

 俺は戸惑いつつ、おっさんにアルコールスプレーを見せる。

「でかしたな、あのお嬢ちゃん! さっきあのウイルスが言っていたように、除菌などとうたっていても、普通に手指に使ってもCOVID-19の感染予防には効果がない物や、むしろ人体に有害な可能性さえある製品まで出回っている昨今だが、これはちゃんとしたアルコールスプレーだ! しかも濃度七〇パーセントときた。濃度が高い方が殺菌効果も高いと思われるかもしれないが、実は七〇パーセントくらいが一番効果が高いと言われている! 最高じゃねぇか!」

「……じゃあ、これを使えば……」

「ああ、ヤツは倒せる」

 俺は怪人に向き直ると、アルコールスプレーを構えた。この距離では、当然届かない。この小さなスプレーでは、ほとんどゼロ距離まで近づかないと当てることはできないだろう。

「何かと思えば、そんな小さなアルコールスプレーでコヴィを倒そうとは笑わせるコヴィ。たしかに食らえばかなりつらいコヴィけど、致命傷にはならないコヴィよ!」

「なっ……」

 暗闇でせっかく見えた一筋の光明が、瞬く間に消されてしまったようだった。

「……あっ、あの! みなさん!」

「なんだコヴィ?」

「アルコールを! アルコールスプレーを分けてください!」

 あの女性が、叫んだ。

 それでも誰も、動かない。あの美人な彼女が叫んでいても、みんなただ見ているだけだ。ただじっと傍観している者、連れと何やら話している者、状況をスマートフォンのカメラで撮影している者、老若男女、色んな人たちがそこにはいたが、どの野次馬も、一線を越えはしなかった。

「お嬢ちゃん……。ハッ。ここは俺も、一肌脱ぐしかねぇなぁ……。なぁ、みんな! アルコールを分けてくれ! つっても、こんなご時世だ! 誰もが出せるとは思わねぇ! 余裕がある奴だけでいい! 余裕がある奴だけでいいから、分けてくれ! みんなの力が必要なんだ!」

 今度はおっさんが叫んだ。どこにでもいるような、お世辞にもカッコイイとは言えない容貌のそのおっさんは、しかし不思議と説得力のある、穏やかで理知的な声で叫んだ。

 女性とおっさんが、叫び続ける。

「コヴィッ。馬鹿コヴィねぇ。こんな大剣が出来るほどの悪意に満ちた人間が、そんな善意を見せるはずが」

 その時、俺に一つのアルコールスプレーが投げられた。

 誰が投げたのかはわからないが、野次馬の群れから、その小さなスプレーが投げられたことは確かだった。もしかすると、俺のように『恥ずかしい』に流されて、ただ傍観していた誰かが、さっきの俺みたいに他人の行動に感化されて、マスクの代わりに群衆に顔を隠して動いた、その一本だったのかもしれない。

 一本投げられると早かった。二本三本、次々にスプレーが投げられた。

「ありがとうよ兄弟! だが投げなくてもいい! なぁ、兄ちゃん! さっきアイツが剣を造るのにやったみたいに、アルコールを集めるんだ。善意に乗せたアルコールを。今のお前なら、できるだろ!」

「……っ!」

 俺に再び、衝撃が走った。ソーシャルディスタンスの時と同じように、それはきっと、マスクが教えてくれた。

「ああ……」

 俺は投げられた数本のアルコールスプレーを拾い集め、手に乗せる。

 後は、願うだけでよかった。俺の手に、善意に乗ってアルコールが集まってくることを。

「なっ……、なんだコヴィ? 何をする気だコヴィ?」

「フッ。何って、決まってるだろ?」

「……?!」

「今からするのは……」

「?」

「ただの――」

「ただの……、コヴィ……?」

「ただの消毒だァ!」

 俺がそう叫ぶと、周囲の人々の手から、懐から、お店の店頭から、家庭の引き出しから、そこかしこから善意に乗ってアルコールが集まってきた。

「なっ、何だこれはコヴィ?! こんな、こんなの……。こんなの偽善コヴィ!」

「たとえそうでも、この思いが、アルコールが、お前に効くことには変わりない」

 そう。たとえ偽物だって、『恥ずかしい』から逃げて何もしなった俺よりも、この善は、よっぽど意味のある善だ。よっぽど世の中を変える、前進に繋がる思いだ。

「そんな綺麗事で……、ふざけるなコヴィ!」

「ああそうさ。綺麗事さ。綺麗にするんだ。消毒だ!」

「やぁ……、やめろコヴィ~!」

 叫びながら剣を手に迫りくる怪人に、俺は周囲に集まった善意のアルコールを噴射する。

「アルコール、消毒ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

「コヴィィィィィィィィ~!」

 大量のアルコールを受け、怪人は苦しみもだえ、地に伏した。

「……やった、のか……」

 倒れて動かない怪人を見て、俺は呟く。剣はすでに、消えていた。

「ああ。ウイルスの失活には少し時間がかかるからな。まだ完全に倒せてはいないが、時間の問題だろう。アルコールの濃度が高すぎると失活には随分時間がかかっちまうが、七十パーセントならすぐさ。たっぷりかけたアルコールが全て乾き切るまで、全体によくなじませれば消毒完了だ」

 気づくと、俺の隣におっさんが立っていた。

「……コヴィ。認める、コヴィ……。今回は、コヴィの、負けコヴィ……。でも、コヴィは、変異体の中でも、最弱……、の可能性があるコヴィ。……コヴィを倒しても、第二波、第三波のコヴィが現れるだろうコヴィ……。それに、コヴィたちは、世界に広がっているコヴィ……。ヒトを死に、至らしめるのは、感染症だけじゃ、ないコヴィ……。経済打撃も、ヒトを、殺すコヴィ……。うまく、いけば、戦争だって、起こる、コヴィよ……? それは、政権戦争、どころでは、ないコヴィ……。国家と、国家の、戦争コヴィ……」

「……」

「……ああ、それとコヴィ。政剣COVID-19も、健在コヴィ……。アレを、使うのは、本来、コヴィたちでは、ないコヴィ……。ヒトは、今も、アレを使って、争って、いるコヴィ……。最後に、ヒトを、滅ぼすのは、きっと、ヒトだコヴィ……。……。……ああ、最期に、叶うなら、武漢ウイルスと、呼んでは、くれないかコヴィ? お前たち、人間に、とっては、蔑称べっしょうかも、しれないコヴィけど、コヴィたちに、とっては、出身地の、名を冠した、大変名誉ある、呼び方コヴィ……。コヴィたちが、人間だったら、きっと、アメリカのコヴィがアメリカウイルスとか言って、問題に、なってたコヴィよ……? だから、武か」

「呼ぶか!」

「……そう、コヴィか……。それは、残念、コヴィ……。ああ、エンベ、ロープが、壊、れて、い……、く……、コヴィ。……ガクッ、コヴィ……」

 怪人はそう言ったっきり、もう、喋ることはなかった。

「やったな兄ちゃん!」

 振り返ると、そこにはおっさんが立っていた。

「いやぁ、にしても驚きだ。まさか俺の即興の解説についてこれる現実があるとはなぁ……」

 ……即興の、解説?

「……即興。即興、の、解説……? それって、もしかして……。えっ? それって……、もしかして……、今までの、解説は……。えっ? 全部、妄想……?」

「妄想……。ハハ、うまいこと言うじゃねぇか兄ちゃん。そんな風に言っちまえば、それまでだな」

「……えっ? じゃあ、俺は、えっ? 妄想を信じて……」

 おっさんの確信に満ち溢れた声色の解説を信じたからこそ、俺はここまで戦ってこれた。なのに、それが全部妄想だったなんて……。俺は、急にひやっとした。

「ハハ。嘘もつき続ければ真実になるとは言うけどよぉ。やったな兄ちゃん。これこそ、嘘から出た誠ってやつだな。根気強くやり続けてみるもんだよ、まったく。信じる者は、救われるってな!」

「……いやっ。ちょっ。えっ?」

「まあでも兄ちゃんがアイツを倒したってことは疑う余地もねぇ事実だ。現実だ。嘘でも妄想でもねぇ。かっこよかったぜ! アンタはヒーローだよ」

 呆然とする俺に、途中から聞こえ始めたサイレンが、だんだん近づいてきた。

 警察官がやってくる。

「これは、いったい……」

「お兄さんが、これを、やったのかな……。この、これは、何……?」

 警官が俺に近づいてくる。

「あたぼうよ! ほら、自分で言ってやんな! ヒーロー!」

「ヒーロー……? お兄さんが?」

 俺が、ヒーロー?

 俺は、ただ……。俺はただ、あの女性を助けたかっただけだ。もう、逃げるのは嫌だっただけだ。後悔で眠れない夜を過ごすのが嫌だっただけだ。

 そう、あの女性は?!

 見ると、女性は警官に何やら訊かれている様子だった。よかった。無事なようだ……。

 『ヒーロー』。

 それを言うなら、きっとそれは、彼女のことを言うのだろう。

 電車で絡まれていた親子を、絡んでいたおっさんも含めて、誰も傷つけることなく助けた彼女こそ、まさにヒーローのようだった。

 俺は、怪人の方を見る。そこには、もう動かなくなった怪人が倒れていた。先ほどまではあんなに喋って動いていた怪人も、今は蒸発していくアルコール溜まりに突っ伏して動かない。俺がこの手で、殺したんだ。

 政剣COVID-19。あの禍々しいたいけん大剣・体験を思い出す。怪人の言葉を思い出す。

 正義を武器に、後ろ盾にしても、それで誰かを傷つけたら、たとえ正義の味方でも、ソイツはきっともう、正義ではないだろう。じゃあ、ソイツは? じゃあ、俺は?

「お兄さん? 大丈夫?」

「……ふっ」

「お兄さん?」

「ふふっ、フッ。フフッ、フッ、ハハッ」

「……?」

「フハハハハハハハ。フハハハハハハハ」

「ちょっとお兄さん?」

「フーゥッハッハッハッハッハッハッハッハッ。……俺は、怪人」

「……かっ、かい、じん?」

「ああ。怪人、アベノマスク面。怪人アベノマスク面だ!」

「……あっ、ちょっと」

 俺は、いつの間にか背中に羽織っていた真っ白なマントを、少なくとも目視ではカビ一つない、まるでアベノマスクのように綺麗なマントをひるがえし、すっかりとっぷり日の暮れた駅前を後にした。

「怪人アベノマスク面!」

 あの女性が、たった今決めた俺の名を呼ぶ声が聞こえる。順応性の高い女性だ……。

「ありがとう! ありがとう、怪人アベノマスク面!」

「……フッ」

 俺は高らかに笑いだし、追いかけてくる警官を振り切るため、走りだした。

「フハハハハハハハ。フハハハハハハハ。フーゥッアッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 怪人アベノマスク面の、誕生である!

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怪人アベノマスク面 木村直輝 @naoki88888888

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