中編


     *


 彼女は俺と同じ駅で電車を降りた。

 この辺は住宅地だから、閑散とした電車からも比較的多くの人が降りる。

 俺はいまだに後ろめたくて、伏し目がちに歩いた。いろんな感情が俺の中で渦を巻いている。今日はすんなり寝付けなさそうだ。

 俺はエスカレーターに乗り、おりて、改札を出るまでの間にはもう、彼女のことを見失っていた。それでも俺の中のもやもやは、初めから目に見えもしないのに、まだしっかりとそこに感じられた。

 俺は駅を出て、家の方へ向かって歩いていく。

「キャー!」

 突然、女性の悲鳴が俺の耳をつんざいた。

 俺の横を何人かの人が走り抜けていく。

 何事かと振り返った俺は、自分の目を疑って思わず足を止めた。

 そこには――。

「コーーーヴィッヴィッヴィッ。やっとこの姿に変異することが出来たコヴィ」

 そこには、特撮ものに出てくる怪人のようなものが立っていた。

 その全体的に丸みを帯びた流線形のボディからは、いくつもの突起物が伸びており、その姿を見ていると、まるでゴキブリを前にした時のように生理的嫌悪がかき立てられる。さらに、その体には太陽コロナを思い起こさせるもやをまとっており、それが、夕暮れ時の街によく映えていた。

 そして、そんな怪人の右手が、女性の腕を掴んでいた。俺はその女性を見て目を見開いた。

 あの服装にシルエット、そして、遠くから見ても一目でわかる秀麗な目元。紛れもなく、さきほど電車で俺の向かいに座っていた女性だった。

 先ほどまで普通に電車に乗っていた女性が、急にそのまま駅前で、特撮ものの撮影にエキストラとして出演するとは考え難い。にわかには信じられないが、周りのパニック状態を見ても、これがテレビ番組の撮影や何かだとは思えなかった。

 女性は必死に抵抗している。しかし、怪人の手から逃れられる兆しは見えない。

「コーーヴィコヴィコヴィコヴィ。逃げようとしても無駄だコヴィ。お前もCOVID-19コヴィッドナインティーンにしてやるコヴィ!」

 怪人が特徴的な笑い方で笑う。

 なんなんだアレは。アレはいったい、なんなんだ……。

「アレは――」

 突然の声に、俺は振り返る。

「アレは、」

 そこには、おっさんが立っていた。

「アレは、新型コロナウイルス人型……」

 特にこれといった特徴もない、なんの変哲もない、一言でいうのならば普通のおっさんという感じの極普通のおっさん。そんなおっさんが、そう言った。

「ついに恐れていたことが起きちまった。新型コロナウイルス、正式名称SARS-CoV-2サーズコーヴィートゥー。その変異により、より人類への脅威が増す可能性は懸念されていたが……。まさか、人型に変異を遂げるなんて、誰が想像したって言うんだ!」

 変異? 人型? 新型コロナウイルスが変異して人型になった? 何を……、言っているんだ……。このおっさんは……。

「コーーヴィコヴィコヴィコヴィ。密コヴィ密コヴィ。接触感染だコヴィ!」

「コヴィコヴィコヴィコヴィ言いやがって、なんて語尾だ。病名の正式名称を猛プッシュしてやがる。あの野郎……。このままじゃ、あのお嬢ちゃんがCOVID-19にかかっちまう上に、もう二度とコロナなんて通称でよべなくなっちまう……」

 後者は別にそれでもいいんじゃないかなと思ったが、あの女性が危機的状況にっているというのは事実だ。それに、みんながコロナと呼んでいる中で一人だけコヴィッドナインティーンと言うのはやっぱり『恥ずかしい』し、伝わらない可能性さえある。やはり、この社会でそれは結構な問題なのかもしれない。

 俺はおっさんから、再び怪人の方へ目を向ける。

「コーーヴィコヴィコヴィコヴィ。俺と密接するコヴィよぉ~!」

「離、して……」

 笑う怪人と、歪む女性の表情。遠巻きに眺めている野次馬はたくさんいるが、助けようとする者は一人もいない。そりゃそうだ。あんな怪人相手に、普通の人間がどうこうできるはずがない。それが当たり前の選択だ。そう、それが普通で、仕方ない。仕方ないんだ。

 俺の中で静かに沈んで渦を巻いていたもやもやが、再び舞い上がるように激しく渦巻きだした。

 俺は単純なんだ。

 俺はさっき、自分にはできないことを平然とやってのけ、その上俺なんかに微笑みかけてくれたあの女性を心底不快に思い、妬ましく思った。そして同時に、憧れた。一目惚れしかけた。その女性が襲われているのを見て、助けたいと思っていた。

 でも、『恥ずかしい』。

 それに何より、俺には無理だ……。

「コーーヴィコヴィコヴィコヴィ」

「嫌っ……」

 俺は怪人に背を向けた。俺は女性に背を向けた。俺は目の前に背を向けて、帰り道の方を向いた。帰路につく俺は前を向いていた。前向きに歩きだした。でも、どこまでも後ろを向いているような、そんな感じがした。

 でも、俺はこれ以上、見ていられなかった。

 俺はマスクに顔を隠して、恥ずかしいこの顔を隠して、無様で無力な俺は、隠れて、逃げて、やり過ごすんだ。それしかない。それしかできない。そうするしかないんだ。

 そうだ。マスクだ。今の俺は、マスクで顔が隠れている。だから、逃げることの後ろめたさにも『恥ずかしさ』にも耐えられるはずだ。マスクをしていると、なんだかいつもより安心できるんだ。今日一日マスクをして過ごして、俺はそれを知った。顔が隠れていることが、マスクをしていることが、こんなに心地いいだなんて、俺は今日初めて知ったんだ。

 マスクをしていれば、いつもより少しだけ『恥ずかしい』にも耐えられる。

 『恥ずかしい』に、耐えられる……。

 いつも、いつも、いつも、いつも、俺を止める『恥ずかしい』に。

 いつも、いつも、いつも、いつも、後悔に繋がる『恥ずかしい』に、も。

「コーーヴィコヴィコヴィコヴィ!」

「やめ、て……」

「ちっ。あのままじゃ……、お嬢ちゃんが……!」

 もう、我慢ならなかった。気づくと俺は、走りだしていた。

「あっ、おい! 兄ちゃん! 危ねぇ」

 俺は走りだしていたんだ。怪人に向かって。

「……んんん? なんだお前はコヴィ?」

「……そっ、そっ、そっ」

「なんだコヴィ?」

「そそそっ! その人を! はっ! 離せ!」

 自分が動いていて、自分で言っていて、自分じゃないみたいだった。

 『恥ずかしい』、『恥ずかしい』、『恥ずかしい』。

 でも、不思議と耐えられた。マスクで顔が隠れてるだけで、こんなに大胆になれるだなんて、俺はびっくりした。まるで夢でも見ているような、そんな感覚だった。

「コーヴィコヴィコヴィコヴィ! 人間風情が何を言うかと思えば。いいコヴィよぉ」

「えっ?!」

 予想外の返事に驚く俺に向かって、怪人は突き飛ばすようにして女性をよこしてきた。

「きゃっ!」

 柔らかい女性の体の感触が俺の体に勢いよくぶつかり、危うく俺は押し倒されるところだった。いい匂いがマスク越しにも鼻孔へと流れ込んできて、俺の胸元によりかかる女性の感触と合わさって、俺はくらくらした。やっぱり、倒れてしまいそうだ。

「ごっ、ごめんなさい!」

「あっ、いやっ!」

 女性がガバッと俺から身を離す。俺は慌てて視線を逸らす。

「あーらあらあらぁ? 駄目コヴィねぇ~。それはぁ」

 そんな俺たちに怪人はそう言うと、自身の右腕に軽くタッチした。怪人の前腕外側は、三つの球が埋め込まれているようなデザインになっていた。その一つの球部分に、怪人はタッチしたのだ。

 ―― ミッセツゥ! ――。

 さらに怪人は残る二つの球にもタッチしていく。

 ―― ミッシュウ! ――。

 ―― ミッペイ! ――。

 ―― サ・ン・ミ・ツゥ! デス・アタァック! ――。

 あたりに謎の音声を響かせ、怪人は右拳を握り構えると、そのままこちらに向かって走ってきた。拳には太陽コロナのようなもやもやとした禍々まがまがしいエネルギーが集まっている。

「えっ?! えっ?!」

「きゃっ!」

 俺はいきなりのことに戸惑いつつも、なんとか女性を押しのけて、咄嗟に両腕を前に出した。腕と腕をぴったりとくっけて壁のようにして前に出す。

 でも、あれはこんなものではどう考えても防げそうにない。でも、今さらけられそうにもない。

 死んだな……。

 そう思った。

 ―― パンデミックゥ・アウトブレイクゥ! ――。

「死ねコヴィ!」

 怪人の拳が俺の腕に直撃する。強烈な衝撃が腕に加わり、瞬間、禍々しいエネルギーが大爆発を起こして、俺の前身は熱風に吹き飛ばされた。あの女性は大丈夫だろうか?

「……いてて」

 アスファルトで天を仰いでいた俺は、ゆっくりと体を起こした。めちゃめちゃ熱くて痛かったが、俺は死んではいなかった。

 ふと見れば、あの女性は少し離れたところで、俺と同じように地べたにへたり込んでいる。無事ではあるようで安心した。

「どっ……、どういうことだコヴィ……?! コヴィの必殺技を受けて、生身の人間が耐えられるはずないコヴィ……」

「まっ、まさか……」

 その時、俺の後ろから男の声がした。

「あのマスク、間違いない……」

 俺が振り返ると、その声の主は、やっぱりおっさんだった。

「アベノマスクメェンだ……」

「アベノ……、マスクメン……?」

「ああ。聞いたことがある。厚生労働省が各世帯に二枚ずつ配布する布マスクには、およそ二十七万組に一組、新型コロナウイルス人型に対抗できるという、あの“アベノマスクメェン”に変身することのできるマスクが紛れていると……」

「なんだとコヴィ?! まさか、あのアベノマスクメンが実在したとは……、驚きだコヴィ……」

「……」

 アベノ……、マスク面……?

 なんだそれは……。『あの』って、なんだ? コイツら、知っているのか……? そんな有名なのか? 周知されているのか? まさか、ニュースで言ってた……? えっ、もしかして、知らないの俺だけ……?

「ちょっと驚いたコヴィけど、すでに必殺技を受けてもう立つこともできそうにないコヴィねぇ……。コーヴィコヴィコヴィコヴィ」

 怪人は高らかに笑うと、腕の球の一つを素早く三連打した。

 ―― ミッペイ! ミッペイ! ミッペイ! ――。

 ―― サ・ン・ミッ・ペ・イ! デス・アタァック! ――。

「これでおしまいコヴィ~!」

 上向きで胸の前あたりに出された怪人の手の平に、もやもやとした禍々しいエネルギーが集まっていく。

 そして、コロナウイルスのような形のエネルギーのかたまりを、怪人は天に高く投げ上げ、自身も上空に高く跳びあがり、勢いそのままに宙返りしてかたまりを蹴り飛ばした。

 ―― パンデミック・オーバーシュート! ――

「なっ!」

 俺は地面に座り込んだまま、咄嗟にまた腕を前に出す。隙間が無いようにぴったりとくっつけて。

 そして、そこにぶち当たるトゲトゲエネルギーボール。再び強い衝撃と、次いで起こる爆発に、俺の体は吹っ飛ばされる。

 アスファルトを削りながら地面を滑るように押し飛ばされた俺は、数メートル滑走させられた先でまたもや天を仰いだ。

「……うっ。いっ、てて……」

「まだ息があるコヴィ? しぶといコヴィねぇ。いったいどんなフィルターを使ってるコヴィ? ……まあいいコヴィ。お前を殺した後で、じっくりそのマスクを解剖して調べてやるコヴィよぉ~。人間の感染症対策より、コヴィたちの感染症対策対策の方がすごいということを見せてやるコヴィ!」

 怪人はそう言うと、俺の方にずんずんと歩いてきた。

「おい! 何をしてる! このままじゃやられちまうぞ?!」

 おっさんが叫ぶ。

「……んなこと言われても。俺には、どうしようも……」

「そんなわけあるか! あの新型コロナウイルス人型は、密の力を使って攻撃してきてやがる! となれば、対抗手段はわかるだろ?」

「密の力? 対抗手段?」

「ああ! そうとくりゃあ、アレしかねぇ!」

「アレ?」

「アレだ」

「……アレって……、なん」

「決まってるだろ! social distanceソーシャルディスタァンス! 社会距離だ!」

「ソーシャル……、ディスタンス……」

 おっさんの無駄にいい発音に驚きつつも呟く俺に、突然、雷で撃たれたような衝撃が走った。それはまるで天啓のように、俺の頭に閃きをもたらした。まるで俺の口元を覆っている、マスクが教えてくれたかのような、そんな不思議な感覚だった。

 俺は、もう目の前まで迫っている怪人を見据えて、ゆっくりと立ち上がる。

「なんだコヴィ? まだ立てたコヴィか? まあ、いいコヴィ」

 怪人はそう言うと、腕の球を一回タッチした。

 ―― ミッシュウ! ――。

「通常攻撃で十分コヴィ!」

「……」

 怪人の拳が俺を突き抜ける。

 怪人が拳を引き、俺を見る。

「……なん……だと……コヴィ?」

 怪人の拳は俺のみぞおちを突き抜けた。そして、俺のみぞおちは、無傷だった。

「どういうことコヴィよ?!」

 怪人はそう叫ぶと、再び俺に拳を打ち出した。しかし、拳は俺の体をすり抜けて、俺にダメージを与えられない。怪人はさらに三撃目四撃目と拳をふるうが、拳は俺をすり抜けるばかりだ。

「どうやら、アレを修得できているようだな」

「はい」

 おっさんの言葉に俺は答える。

「なっ?! なんだコヴィ! アっ、アレって……、なんだコヴィよぉ!」

「ソーシャルディスタンス。社会距離だ」

「ソーシャル……ディスタンス……?」

 怪人の口から出てきた疑問符に答えるように、おっさんが俺の後を引き継いだ。

「social distance。社会距離。この語は単純に社会距離と言う意味だが、今盛んに言われているこの言葉は、この距離を、つまり人と人との社会的な距離をとることで三密を回避しようという戦略だ」

「そんなことは知ってるコヴィ! そうじゃないコヴィよ! なんでコヴィの攻撃がコイツに当たらないのかと、そういているコヴィ!」

 おっさんは怪人の悲痛な叫びに、頷いてから答えた。

「全ての物体は原子によって構成されている。その原子は、原子核という核の周りを電子が回っている、という構造になっているんだ。そんな隙間のある物で物体が構成されているとは信じ難いかもしれないが、原子は非常に小さいから、その隙間が問題になることは基本的にはないんだ。

 そこで、social distanceだ。原子核と電子の距離を上手くあけてやる。そうすることで、密エネルギーをまとった攻撃を、体を構成する原子単位で回避し、お前の攻撃を無効化したというわけだ」

 おっさんはそこまで言うと、言葉を切った。

 俺はすかさず言ってやる。

「ソーシャルディスタァンス! お前の攻撃は、俺にはもう、当たらない……」

「なっ……」

 怪人はうろたえて、一歩二歩と後ずさった。

「そんな……。そんなとんでも理論でコヴィの攻撃を無効化されてたまるかコヴィ! どう考えてもありえないコヴィ! 電子の間隔をあけて攻撃をよけるって、どういう状況コヴィ? ていうか、それ社会距離でもなんでもないコヴィ! 電子距離だコヴィ! そんな似非えせ科学、認められるかコヴィ! 汚いコヴィよ、人間……。人間は汚いコヴィ……。そうやって適当な理屈をこねて人間は、この時期にコヴィたちの感染の予防には効果のない製品を『除菌』だとかなんだとか大々的に表示して販売するんだコヴィ! そんなことがあっていいコヴィか?! 法的に問題なければいいのかコヴィ?! どう考えてもおかしいコヴィよ! 人間は!」

「うるさい! 人型に変異したウイルスに言われたくないわ!」

「っ! ……それは、その通りだコヴィ……。中途半端に人型なんかになったせいで、コヴィまで汚れてしまったコヴィね……。もちろんこれは医療現場における綺麗汚いの話ではなくて、誇りの、存在としての在り方の話だコヴィ……」

 怪人は悲しそうにそう言うと、不敵に笑った。

「でも、今ので確信したコヴィ。最後に人類を滅ぼすのは、コヴィたちではなく、人類自身だということをコヴィねぇ……」

「……どういうことだ?」

「コヴィッ……。さあ、国民たちコヴィ! いいや、すべての日本のみんなコヴィ! いやいや、世界の人類のみんなコヴィ! コヴィに力を分けてくれコヴィ!」

 怪人がそう叫ぶと、その掲げられた手に何やら密のパワーよりも酷く禍々しいエネルギーが集まり始めた。

 それは四方八方から、周囲にいる野次馬から、彼ら彼女らが持つスマートフォンから、駅の売店や通行人の懐にある新聞から、近隣住宅のテレビから、至る所からそのエネルギーは怪人の手元に集まっていく。

「なっ、何が起こって……」

「見るがいいコヴィ! これが! これこそが! お前たち人間が我らウイルスを使って造り上げた、人類を破滅へと導く最凶最悪さいきょうさいあくの剣コヴィ!」

 そう言った怪人の手に現れたのは、伝説に登場しそうなファンタジックな柄と、近代兵器のようなリアリスティックなの、禍々しい大剣だった。

「なんだ……、アレは……」

「アレは……」

 振り返ると、やはりそこにはおっさんがいた。

「アレは、政剣せいけんCOVID-19……」

「せいけん……、コヴィッド……、ナインティーン……?」

「ああ。アレは、今まさに我々が直面している命に関わる社会問題であるCOVID-19の問題を材料に、純粋な政権戦争の道具として仕立て上げられた非人道的対政権兵器。その名も、政剣COVID-19。あの伝説的な意匠と近代的な意匠は、間違いない。政剣COVID-19だ」

 俺はおっさんから怪人に、怪人の持つ剣に視線を移す。

「その通りだコヴィ! 政治を始めとした様々な分野の活動家たちやマスメディアによって、判断力の乏しい大部分の民衆たちはノせられ踊らされ扇動されて、不安や憤り、やり場のない感情たちは募り積もって最高潮コヴィ。そんな人々の思いに政治的指向性を叩き込んで造り上げられたのがこの剣だコヴィ。政権戦争がはかどるコヴィねぇ? コヴィたちに感謝して欲しいコヴィよぉ、人間」

「なんってこった……。あんなものを食らったら、アベノマスクはひとたまりもない。相性が悪すぎる」

 おっさんが俺の後ろで頭を抱える。

「ソッ、ソーシャルディスタンスは……?」

「無理だろう。いかに物理的に距離をとっても、政権戦争は激化する一方だ。せめてこの場のアベノマスク支持率が五十パーセントを超えていれば……、あるいは……」

「アベノマスク……支持率……、五十パーセント……?」

「ああ。だが、この時間は既に夕刊が出ている。コンビニでよく見る夕刊三紙の銘柄には、アレがある……。無理だ! 逃げろ! アベノマスク面!」

「えっ? 夕刊? どういう」

「逃げても無駄コヴィ! 政権戦争はもう、随分末期コヴィよぉ!」

 振り返ると、怪人が大きな剣を手にこちらへ走ってきた。

「なっ! なっ!」

「さぁ! 政権戦争、与党と野党の戦いの渦に呑まれて死ぬがいいコヴィ!」

「うあっ!」

 一閃。

 俺の口元で、マスクが――。

 アベノマスクが、はらりと真っ二つに分かれ、ぶらりと両耳から垂れ下がった。

 どさっと俺は膝をつき、呆然自失、へたり込んだ。

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