後編


     ✨


 帰りの電車も空いていた。

 車内には人がまばらで、乗客がみんな座席の端っこに座ってもまだ端っこが余ってるくらいしか人が乗ってなかった。

 私は、静かな車内でさっきまでのことを思い出す。男の子たちは上手くやれてるだろうか? 怒られたりしてないだろうか?

 ……でも、なんて言うんだろう。なんだか久しぶりに、人とちゃんと向き合った気がする。おかしな話だ。大して喋ってもないのに……。

 なんだか目まぐるしく心が動いたからそう感じるのだろうか?

 発した言葉は少なかったけど、なんだか遠慮なく喋れた気がする。不思議だ。でも、そういうものなのかもしれない。

 自分の大部分が隠れてたり、別の何かを演じてる方が、逆に素の自分をさらけ出せるっていうのはあるのかもしれない。それこそ、裏アカ女子たちが自分の裸なんかを晒せるように……。

 なんて私の思考を、カシャリという音が遮った。ふと音の方を見ると、通路を挟んで隣の隅っこに座った男の人が、明らかに前にスマホのレンズを向けてにやにや笑ってた。その前方を見ると、大人しそうな女の子が少しおびえた顔をして座ってる。

 歳は女子高生か女子大生くらいだろうか。鎖骨を出した優しいピンクベージュのトップスに、アイボリーのカーディガンを羽織って、白いデニムのスカートを合わせてる。ブラウンのベルトがアクセントになってて、とってもお洒落だ。

 露出は控えめだけど胸が大きくて、清純そうな顔立ちや服装と合わさると、ちょっといけない気分にさせられちゃうようなエッチさがある。

 それを、向かいに座った太めの男が堂々と盗撮してるのだ。女の子はとてもおびえた表情をしてる。車内には離れた席に人が何人かいるけど、誰も見向きもしない。

 私はなんとかしなきゃ、と思うけど何もできない。引っ込み思案の私には、ここで声を上げる勇気なんてなくて、視線をそらした。

 私には関係のないことだ。そう思おうとしてみたけど、やっぱり無理だ! でも、声を出すのも、立ち上がるのも、もっと無理だ……。

 もしかしたら、あんな堂々と撮ってるし、知り合いなのかもしれないし、なんて苦しい言い訳が脳裏に浮かぶ。もしそうだったらどうしようとか、そんな気持ちが私の弱い心で強く声を上げる。

 電車が停車した。ドアが開く。女の子はばっと勢いよく立ち上がると、電車を降りた。男は遅れてゆっくり立ち上がると、きょろきょろしながら後に続いた。

 二人が車内からいなくなったら、急に私は居ても立ってもいられなくなって、勢いよく電車を飛び出した。私の後ろでドアが閉まる。

 ぷしゅーという電車の閉まる音は、私の中から再び勇気が抜けてく音みたいだった。しぼんだ心で私は思う。何してるんだろう、私……。降りたって、なんにもできないのに……。

 下りエスカレーターに消えていった二人を見送って立ち尽くす私に、危ないので電車から離れて下さいという駅員さんのアナウンスが降りかかる。はっとなって私は黄色い線の内側に入った。本当、何してるんだろう私……。

 ――何してるんだろう、私――。

 こんな時だっていうのに外出して、エスエヌエスでバズるために電車に乗って遠くまで来て、あげく失敗して……。しかも、こんな、こんな……。

 泣きそうになった私の中に不意に、今日あった色んな事が思い出される。恥ずかしかったこと、恥ずかしかったこと、恥ずかしかったこと、泣きそうになったこと、そして……。

「違うよ、ケンちゃん。アマビエは犯罪者じゃなくで妖怪だよ。――ああ、もう感激だ!」」

 サトシ君の声がよみがえる。かなり辛辣だったけど、私を見て、喜んでくれてたなぁ……。

「なんていうか、別によくね? 不安に付け込んで悪いデマ流すのはよくないけど、不安なみんなの心の支えになるならさ、いいんじゃね? 神様とかって、そういうもんだろ?」

 ケンちゃん君の声が、よみがえる。最初は生意気な子だと思ったけど、意外に可愛くて思いやりのあるいい子だったなぁ……。

「だからほら。早く逃げて!」

「ああ。ここは俺たちに任せて、逃げてくれ!」

 二人の笑顔がよみがえる。今の私にそれは、まぶしすぎた。

 ……ああ、なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。私はなんて恥ずかしいんだろう。なんて私は馬鹿なんだろう!

 私は“裏アカ女子”にあこがれて、キラキラしたくて、バズりたくて、アマビエになっちゃった馬鹿な女子だ。そう、私は注目を浴びたいと思うあまり妖怪に化けちゃった、どうしようもない女子だ。

 私はそう、変わりたかったんだ。こんな引っ込み思案で勇気がない、どうしようもない私から、変わりたかったんだ。そうだ。だから私は、アマビエになったんだ!

 辺りを見回す。誰もいない。私はハンドバックを開けると、予備のペットボトルを出した。放り捨てたバッグが足元に落ちるのも構わず、私は頭っから思いっきり水をかぶった。

「……変身!」

 ――私はアマビエになっていた!

 私は三本の足で走りだすとエスカレータを駆け下りて、辺りを見回す。

 いた! エスカレーター脇の奥まった部分に二人の姿があった。

「勘違いすんなよブス。撮ってやってるんだからポーズくらいしろよブス!」

「……」

 男にカシャカシャ写真を撮られながら、女の子は涙目で胸を隠し震えてる。

「やめなさい!」

「?!」

 男はびっくと怯えた様子で振り返り、私を見て唖然とした。

「うっ……、裏アカ女子! アマビエちゃん、参上!」

「……」

「……」

 静かな駅構内に、エスカレーターが動くゴーという音だけが響いていた。

 これじゃあ、参上というより惨状だ……。

「……なっ、なんなんだよぉ! おっ、おっ、お前! なっ……、なっ、なぅっ、なんなんだよぉ!」

 正論だ。

「わっ、私はアマビエちゃんだ! 撮るなら私を撮りなさい! うっ、裏アカ女子だぞ!」

「はっ! いっ、いらねぇよぉ!」

 正論だ……。

「撮らないならっ! どうしよう……。えと、撮らせるまで! アっ、アっ、アマビエちゃんビーム!」

 出る気がした。

「うわー!」

 なんか出た! キラキラしたビームがほんとに出た!

「おっ、おいぃー! 俺のスマホがぁー!」

 ビームは男のスマホに当たって、……特に何も起こらなかった。

「ふざけんなよ……、ふざけんなよ……、……?!」

 ぶつぶつ言いながらスマホをチェックしていた男の顔が急に驚きに染まり、真っ青になる。

「おっ、おっ、俺の……。俺の盗撮コレクションがぁ!」

 三本の足で素早く男の背後に回り込みのぞき見た画面には、落書きみたいな女の子の絵がたくさん並んでた。そのすべてに、アマビエが写り込んでる。たぶん、私だ……。

「なっ、なっ、何しやがった……」

 正直私にもわからない。でも、たぶんさっきのビームで、男が過去に撮ったすべての盗撮写真に私が写り込み、その影響で写真があの瓦版の挿絵風になってしまったんだろう。つまり、これは……。

「……アマビエちゃんは、時をも超える。アマビゴエよ!」

「……アっ、アっ、アマビゴエ?! ……いっ、いっ、意味わかんねぇよぉ!」

 正論だ。

「てか、天城越えは静岡だろ? アマビエは静岡妖怪じゃねぇだろうが!」

 知らない……。でもたぶん、正論だ。てか、変なことに詳しい奴多いな。今日二人目だぞ?

「しっ、知るか! 外出自粛だ! 悪い子は、さっさとおうちに帰って手洗いしてから私をエスエヌエスで拡散しろ!」

「……おっ、覚えてろぉ!」

 男はそう叫ぶと、エスカレータをドタドタと駆け上がっていった。途中ガタァンと大きな音が二回くらいしたので、二回くらいこけたのだろう。

 私は女の子を振り返った。

「……あっ、ありがとうございます」

「えっ、いっ、いや……。記念に、写真撮る?」

「……いいです。ありがとうございました」

 女の子はそう言うと、さっさと階段の方へ歩いて行ってしまった。

「……手! 手! 洗うんだよ~!」

 後に残された私は、騒ぎを不審に思ったらしい駅員さんが遅れて出てきたので急いでトイレに逃げ込んだ。

 駅のトイレは、芳香剤の香りが少しキツかった――。

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裏アカ女子、アマビエちゃん ✨ 木村直輝 @naoki88888888

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