50年後の魔王と女王

その日、この国は新しい歴史に向けて新しい女王と王配に玉座が引き継がれた。

「エマ女王万歳!アンヘル王配万歳!」「王国に栄光あれ!」「共存共栄の王国に幸あれ!」

人間と魔族の共存を掲げて50年走りぬいた女王アイリスから私たちの長女であるエマにその座が引き継がれると、新しい女王の誕生を祝う歓声を上げた。

その姿を見届けると私たちは私室へと戻っていく。

歳をとり足取りの重くなったアイリスの手を引きながら王城のメイドや従者たちに軽く感謝のまなざしを向け、やがて私室に入るとアイリスは疲れて横になってしまった。

「……年は取りたくないわね、もうすっかりおばあちゃんだわ」

「おばあちゃんになってもアイリスは可愛いよ」

私が素直な本音を伝えると「あなたは老けないものね」とつぶやいた。

この10年でアイリスはしわやたるみが増えて体力が衰えになってきたのに対し、私は未だにしわひとつなく体力の衰えもないまま今に至っている。

「私も魔族だったならどれだけ良かったことかしら」

「そうだね、おばあちゃんになった私を見て欲しかったよ」

人間と魔族の寿命の違いがこうして目に見える形で感じられるようになった今、つくづく思い知らされるのは50年という年月の短さだ。

人間にとっては長いのに魔族にとってはあっという間のその年月によって私たちはずいぶんと隔てられてしまった。

「でも、アイリスはそれで私の事嫌いにならないでくれるんだね」

「当然でしょ?」

アイリスは当然だというけれど、それが当然ではない事を私はこの50年でしっかりと学んだ。

だからあの日誓い合った愛が今もこうして続いているのは奇跡なのだ。

「人も魔族も心は移ろうのに私たちは今もこうしてお互いを好きだと思えるって、私は奇跡だと思う」

「私にとっては、あの日ノアが私に結婚を申し込んだ瞬間が人生で一番の奇跡だわ」

ふっと抹香の匂いがする。

ああ、これは死神の匂いだと直感した。またアイリスを連れていこうとしているのだ。

「アイリス、」

「なあに?」

「ひさしぶりに、する?」

死神を掃うには性の気配がよく効くことを知っている。

「もう、おばあちゃんに無理させないでちょうだいな」

「でも好きでしょ?」

アイリスも昔ほど旺盛には誘ってこなくなってきたが、今でも私と共寝する時間が好きだという事は知っている。

何より私とアイリスが共に過ごせる残り時間は短い。死神を何度掃ってもいつか私の目を盗んでやってくるのだから、今のうちにアイリスのすべてを感じておきたかった。

若くても老いていてもアイリスはアイリスだから。

「……昔はノアのほうが恥じらってたのにね」

抹香の匂いが遠ざかると同時にアイリスのしわがれた手が伸びる。

その手を取って褥にもぐりこめばもう、抹香の匂いはかけらもしなかった。

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元孤児の魔王様は女王殿下を嫁にする あかべこ @akabeko_kanaha

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