第23話:落ち着かぬ夜

それからは各々忠海に促され、もう遅い刻限だからと就寝準備に入った。

一人ずつ別々の部屋を用意しているとのことで、静音と彩瀬はおやすみの挨拶をして隣同士の部屋に分かれた。静音側の部屋には番のため狗々裡が付いたが、例によってとこに入ることは無く、部屋の戸の脇に片膝を立てて座っていた。

 白蓮王宮にも引けをとらない白水宮の客間には、天蓋付の床が用意されていた。静音は久しぶりのふかふかの床に寝そべりながらも、依然として落ち着かない廊下の足音に気を取られて落ち着く事は出来なかった。

 祝福の石を失った星影は、一体どうなってしまうのだろう。元の年齢に戻るくらいならまだしも、双白は「あと数日でお前は寿命を迎える」と言っていた。このまま星影が寿命を迎えてしまうようなことがあれば、それこそ里どころか白蓮国全体にとって大きな損失である。

 静音はそんな事を考えて眠れずに床の中でうずくまっていると、ふと、数日前に見た夢の事を思い出していた。


「そういえば、私、この前変な夢を見たのです」


 ぽつりと呟くと、戸の方で衣擦れの音がする。狗々裡が顔を上げたのか、浅い息とともに視線を感じた。


「何もない草原に一人で立っていると、男が私に声を掛けるんです。何かを言われたような気がするのですが、双白の声を聞いたとき、ふとその夢の男を思い出したのです」


 独り言のように言うと、静音は消えかかった夢の記憶をなんとか思い出そうとした。

 赤みがかった空、草原、見知らぬ男──その声すらはっきりとは思い出せないが、双白の声を聴き、会話した時の感覚はその夢を不意に思い出させた。

 もしかすると、双白が自分に会いに来たのだろうか?愛らしい静音、そう言った双白の声を思い出しつつ考えていると、しばらく黙っていた狗々裡が口を開いた。


「契約者でもない相手の夢の中に干渉するのは、いくら双白とはいえ呪術師でも使わんと難しい。ましてや俺の目を掻い潜ってとなると尚更な。恐らく、幼子の頃より父親の後ろに双白の気を感じていたお前の記憶に、あれの存在が残っていたのだろう」


 はたして、そういうものだろうか──そっけない‪狗々裡‬の返答はどうも腑に落ちなかったが、心の奥にふと別の疑問が生まれ、静音は続けざまに質問した。


「そういえば、先ほど黄泉の精霊だ、と仰っていましたね。狗々裡さんは、天上界とは関わりがないのですか」


 思い出されるのは、彼が応舟で妖を追い払うために用いた秘術。そういえばあの時も、精霊、妖の領分など無いと言っていただろうか。静音は暗がりの中まっすぐに狗々裡のいる辺りを見つめていた。

 すると、彼は鼻で笑い、ため息交じりで答えた。


「ああ。黄泉を妖だけの世界にしてしまえば、死人の魂は妖にとって恰好の食糧になる。そうならんようにするため、俺のような汚れ役の精霊がいる」


 自嘲するように言った彼は、そう言うと静音に「早く寝ておけ」と言って口を閉ざしてしまった。

 自分の精霊とはいえ、汚れ役、とは。自分の知らない世界で、この精霊は一体どんな事をしてきたのだろう。静音は今すぐにでも質問したい気持ちを抑えて、彼に言われた通り、大人しく眠りに就いたのだった。

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