第18話:参道を抜けて


 翌朝、一行は日の出前に起床し──正しくは狗々裡に叩き起こされると、昨晩買った食料を腹に入れて村を出た。

 幸いにして王宮からの追っ手は今のところ無いが、そこからの道のりは険しく。あと二日ばかりで白水に到着するとはいえ、その二日間とも高い山を登り進まなければならなかった。

白水の手前に構える、精霊を祀った神殿に向かう参道を進めばよいとのことではあるが、参道とは名ばかりで、切り立った岩肌に気持ち程度の杭が打ち込まれているくらいのものであり、一行は急斜面を滑り落ちないようにその杭を命綱代わりに進んだ。

 参拝の者が多ければもう少し舗装も進むのだろうが、そもそも精霊信仰自体が遠い過去に衰退した風習である。訪れる者は少ないらしく、通り道で落盤が起きた形跡があろうが崖を上る為の杭が途中欠けていようが、かなり長い間放置されていると見える。


「ほんとにこの先に里なんてあるのかよ」


息を切らしながら彩瀬がぼやくように呟くと、‪狗々裡‬が苦笑しつつ答えた。


「白水の里は外部との交流も少ない上に、この道は一般的な参道の裏道だ。追っ手の目に触れない道を選んだつもりだ」

「そりゃご親切にどうも」


 そんな道のりの険しさに加え、変わりやすい山の天候にも四苦八苦させられた。突然の雨や強風に、静音は何度も心の中で、自分たちはこの山に拒まれているのではとさえ思っていた。

 しかし、一行の誰も泣き言は言わずどんどん進んで行き、ついには一日と半分という早い段階で終着点へと差し掛かっていた。


「おい、あれってもしかして、例の神殿とかいうやつなのか」


 くたびれて弱弱しい彩瀬の声に、静音が足元から視線を上げると、先の尖った建物の屋根だけが見えていた。

 一歩進むにつれ、それが神殿の屋根へと変わり、やがて大きな一つの神殿の全貌となる。思っていたよりも神殿は大きく、そしてあのひどい状態の参道と比べると、こちらは正反対にしっかり手入れされていると見えて美しい姿を保っていた。

 神殿はきらびやかな紅で彩られ、漆塗の柱には金箔の装飾がなされている。

ところどころには精霊をかたどったらしい左右一対の龍の飾りが見られ、参拝に来る者をねぎらうように穏やかな目をしていた。

 その姿を目に、静音と彩瀬はしばし目を見合わせ、そして互いに緊張の糸が途切れたようにひしと抱き合った。


「やった、ついに来たのですね!」


 子供らしくはしゃぐ二人に、狗々裡だけが冷静に注意する。


「神殿の前だぞ、つつしめ」


 そう言って辺りを警戒するように視線を泳がせた彼ではあったが、誰も近くにいないと判断したのか、ややあって彼は表情を和らげた。


「……とはいえ、二人ともよくここまで来たものだな」


 神殿の前で精霊にそう言われると、なんだか本当に上位の存在の言葉を聞いているような錯覚に陥りそうになる。そんな事を考えていた静音の気を知ってか知らずか、狗々裡は穏やかな表情で言った。


「この神殿の脇を抜ければすぐに白水に着く。今宵は久しぶりに温かい飯にありつけるだろう」


 その言葉に少女二人は満面の笑みを浮かべ、感慨深げに神殿を見上げていた。

 白蓮王宮の近くにも土地の精霊を鎮めるためのお堂なんかはあるが、実際古代の精霊信仰時代の様式の社は、ここにしか現存していない。

静音は初めての光景に、しばし見蕩れるように佇んでいた。

しかし、目的はこの場所ではない。


「ここに、力を貸してもらうべき方々がいらっしゃるのですね」


自身の目的を再確認するようにそう‪二人を振り返ると、彼らは静かに目を合わせ頷いている。


 ここから、全てが始まるのだ。この先に、兄を救うために必要なものがある。静音は強い視線で彩瀬、そして自らの精霊を見返すと、しっかりとした足取りで白水の里へと向け進むのであった。

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