第16話:はじめての友人
朝食の支度が整ったのは、朝焼けがすっかり青空に変わった頃である。
狗々裡はたくさんの川魚を獲ってき、静音と彩瀬は少しばかりの木の実と薬草を採集した。
薬草は彩瀬に教えてもらったもので、野営の際に摂ると食あたりを起こさないらしい。静音は彩瀬の指示のもと、その草を水洗いした石で磨り潰すと、二人分に分けた。
「では、いただきます」
手を合わせて狗々裡に頭を下げると、女子二人はひそやかな朝食を始めた。例によって狗々裡自身は魚を口にすることは無かったが、その分二人の食べる魚の焼き加減を見ていてくれていた。
薬草は、魚を口にする前に水で飲みこむのだが、これが何とも言えず渋みと癖がある。初めは静音も苦い顔をしていたが、三日目ともなれば慣れたもので、薬草を飲み終え顔色一つ変えずに魚に手を伸ばしたのを見ると、彩瀬は感心したように口角を上げた。
「へえ、慣れたもんだな。間違えないで正しい草を採って来られるようになったし、案外あんた野営に向いてるかもね」
予想外に褒められてきょとんとする静音に、彩瀬は優しく笑いかけた。
「いや、最初は正直不安だったんだよ。王女様って聞いてたから、てっきりもっとわがままで、手が汚れるのが嫌だ、とか言うもんだと思ってたから」
そして大口で魚にかぶりつき、その味を噛みしめつつ続ける。
「でも実際のあんたは謙虚だし、一生懸命だし、なんか全然あたし達と変わらない。それがちょっと嬉しくて」
「あ、ありがとうございます」
少しずつ魚に口を付ける静音に、有無を言わさず二匹目の魚が手渡された。
見ると、焚火の前で狗々裡が早く食えと急かすようにどんどん新たな魚を焼いている。その姿に慌てて魚をかき込んだ静音に、彩瀬からは水の入った徳利が手渡された。
そしてややあって一同が食事を終えたところで、彩瀬は身支度のさなかでふと静音に尋ねた。
「けどあんた、白水の里に行くなんて勇気あるよね」
「え?」
言葉の意味を理解しかねて聞き返すと、彩瀬はふと表情を曇らせて言った。
「白水っていったら、白蓮国の中でもかなり特異な里だからね。未だに精霊信仰が強いっていうし、里がある高地全体が塀で囲まれてるからどんな里なのかはほとんど外に知られてない。自治領を守るための軍備は王宮の軍備にも匹敵するって話だし、味方になってもらうなら気合い入れて交渉しないと」
そう語る彼女の顔つきは真剣である。静音は彩瀬の言葉に、一瞬顔をひきつらせた。
けれどすぐに笑顔を作り、大丈夫、と答えた。
「私たちには狗々裡さんがいますので、心配ないですよ。もしもの時にはお守り頂けるとのことですし」
まあ、そうならないように自分もできる限りの事はしないと──静音が苦笑すると、彩瀬は腕を組んで片眉を吊り上げた。
「よっぽど信頼してるんだな。まあ、精霊が味方なんだし当然かもしれないけど」
そしてそう言うと、彼女は辺りを見回した。どうやら、近くに狗々裡がいないことを確認したらしい。一通り見回すと、彩瀬はおもむろに声を小さくして静音の耳元に語りかけた。
「……なあ、もしかしてあんた、あいつに惚れてたりするのか」
予想だにしない一言。静音はその言葉に、一気に顔を赤くした。
「な、なにをおっしゃいます」
思わず声を大きくし、彩瀬に声を小さくするようなだめられる。しかし顔の熱さはひくことなく、静音はみるみる耳まで赤くなった。
「狗々裡さんは精霊で、私は人間の、それも元服も済まぬ身です!そのような事になりうる訳がないではないですか」
むきになって反論する静音に、彩瀬はけたけたと笑ってみせた。
「なんだよ、冗談だって!そんなにむきになるなよ、子供なんだから」
悪戯っぽく舌を突き出す彩瀬に、静音は肩をいからせて詰め寄った。
「もう、そうやってからかって。彩瀬もあまり年齢は変わらぬではありませんか」
そして、いつのまにか二人は顔を見合わせて笑っていた。静音にとっても彩瀬にとっても、お互い初めてできた年の近い女友達である。その後も二人は、狗々裡に怒られるまで笑い合ったのであった。
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