第14話:精霊の大義
広間に現れた少女は、男子のように肩にかからないよう短く髪を切りそろえているが、顔つきは少女らしいあどけなさが残っている。やや釣り目気味の気の強そうな顔立ちは口調も相まってか、少しばかり攻撃的な空気を醸し出していた。
「
走って来たのか肩で息をしていた彼女だったが、丹芭の一言に目を丸くする。
親父、と言っていたあたり、彼の娘なのだろう。静音は硬直する彩瀬に会釈すると、改めて自己紹介した。
「お邪魔しております、白蓮王女、静音にございます」
すると彩瀬は呆気に取られ目を丸くしつつも、ひょいと頭を下げて挨拶した。
「彩瀬、です……よろしく」
そうして狗々裡にも挨拶を済ませると、彼女は戸惑いつつ父に駆け寄り小声で説明を求めた。
「おい親父、なんだってそんなお偉いさんがうちにいるんだよ!今回の騒ぎに巻き込まれたのか」
「まあ、そんなところだ。旅の道中だそうだ、
丹芭が説明すると、彼女はもの珍しげに静音と狗々裡を見比べた。そうしてややあった後で、ようやく自分の用事を思い出したように手を叩く。
「そうだ、あたし親父を呼びに来たんだってば。詳しい事もなんにも言わないでいなくなるから、みんな困ってんだ」
そう言うと彩瀬はぽりぽりと頭を掻き、困り顔で続けた。
「村長も副頭領も親父の指示待ちだから、何もできないでいるんだよ。とりあえず村のみんなには号令掛けて出来ることからやってもらってるけど、まずは頭領からの言葉が欲しいって騒ぎはじめちゃってさ」
娘の言葉に、丹芭は渋い顔をして低く唸った。どうやら、静音が思っていた以上に彼の立場はこの応舟において重要な立ち位置にあるようである。
しばらく考え込んだのち、彼は娘に少し待つように言うと改めて静音の方を見た。
「とにもかくにも、仲間と合流したってことはこの村からは出ていくんだろ?お二人とも、これからどこに向かうんだ」
そう、狗々裡と共に旅を再開するとなると、この村で海兵になるという訳にもいかないのだ──静音が答えを確認するように彼女の精霊を見ると、彼は代わりに返答した。
「これから白水の里へ向かう。白水の軍に協力を仰ぎ、王の精霊が動いた際に対抗できるだけの戦力を得る」
淡々と言う狗々裡とは裏腹に、丹芭は渋い顔をした。
「おいおい本気か?白水はそう簡単には動かんぞ。あそこは名前こそ自治領だが、ほとんど白蓮国と同盟関係の独立国家みてぇなもんだ。里に着いても、白蓮王の精霊と戦うなんて突拍子も無いこと言ったら崖から落とされるぜ」
とん、と背中を押すような真似をして、丹芭は眉間にしわを寄せた。
そんな地域に今から向かうのか、と静音が不安げに俯いていると、狗々裡は自信ありげににやりと笑う。
何か、策があるのか。固唾を飲み言葉を待っていると、彼はいとも簡単に言った。
「あそこは精霊との繋がりが深い地域だ。俺とて精霊、考えはあるさ」
狗々裡の言葉に、丹芭は確かにそういうものかもしれないと無理やり納得したようである。しかし、そう簡単に行くものなのだろうか──静音は不安に思い、自信たっぷりな顔をした精霊の袖をくいと引っ張る。
「しかし、素性の知れないあなたが言った言葉をすぐに信じてくれるものなのですか?本当に精霊だと理解されたとして、精霊にも様々あるでしょうし」
簡単すぎて不安だとはっきり告げると、狗々裡はふんと鼻で笑ってみせた。
「お前が思うより、俺はまともな精霊だ」
もしかすると顔なじみでも里にいるのか、彼の自信が曇ることはなく。そう言ったきり、狗々裡は話を切り上げ腰を上げた。
すると丹芭は眉間のしわを緩め、やや考え込んだ後で、何かを決意したように狗々裡に視線を送った。
「出発前に聞かせてくれ。これからあんたらがすることは、いわば王家、いや、白蓮の歴史そのものへの反逆になりかねない。歴史が大きく変わっちまうほどの戦いで、多くの犠牲を出すことになるだろう。そうまでして成すべき大義はなんだ」
静音が丹芭に説明したのは、王の精霊──双白が人の世を支配しようとしているらしい、それを止めるために戦うのだ、という傍から聞けば随分と突拍子もない話である。
本当に王の精霊がそんな事を企てているのか、それすら信じがたいという彼にとってはすべてが夢物語に聞こえていた。
「それだけの価値がある戦いなのか?後世に恥じない大義があるか」
狗々裡に向けられるまっすぐな視線に、静音はごくりと息を飲んだ。
もしかすると自分は、歴史の針が大きく進もうとしている瞬間に立ち会っているのかもしれない。歴史書で読んだ、遠い昔の大戦──〈
遥か昔の〈神没〉では、人の王が精霊の支配を断ち切ろうとして、大軍を率いて精霊たちと戦ったという。今回は、精霊と人とが手を組んだ状態とはいえ、理性のない妖を用いる敵に戦いを挑むというのだ。かなりの大戦となることは目に見えていた。
だからこそ、丹芭は慎重に状況を知りたがっているのだ。そうなれば、この応舟も無関係ではなくなり、必然的にどちらかの勢力に加担する事になるだろう。
そのためには、事を起こそうとしている筆頭の考えを知るべきだ──静音は何の話かと不安げな顔をする彩瀬を横目に、静かに狗々裡の答えを待った。
すると。彼は深く息を吐き出した後で、よく通る低い声で答える。
「──大義と言えるほどの立派なものではないかもしれんが、俺は人の世が終わるのを見たくないだけだ。命に限界のない精霊に、この
彼が人間の味方であるかのような口ぶりに、丹芭は驚いたように「へえ」とこぼしていた。しかし狗々裡の表情はいたって真面目であり、嘘をついているようにも見えず。丹芭は頭を掻くと、やれやれと口元を緩めていた。
「参ったな、昔から精霊だ妖だってのには関わらねえって決めてたんだが。そんな人間みてぇなこと言いやがる精霊なら、少しは信用してもいいかもしれねぇな」
そうして、彼はそのまま視線を娘へと移し言った。
「よし。彩瀬、お前、前から白水の軍を見てみたいとか言ってたな」
唐突に訊かれた彩瀬は、不意をつかれたのか肩をぴくりと跳ねさせ頷いた。
「まあ、あそこなら高地での戦法も勉強できそうだし」
薄々父の言わんとしている言葉の意味を察したのか、言葉の最後に「昔の話だけど」と付け加える。しかし丹芭は腕を組み、彼女の予想通りの言葉を続けた。
「昔だろうが関係ねえ。精霊さんよ、娘もその旅に同行させてはもらえねえか?迷惑にならねえ程度には鍛えてある。こいつに応舟の外の世界を見せてやってくれねえか」
狗々裡はその提案に一瞬目を細めたが、動揺する彩瀬を見、口角を上げて頷いた。
「旅の同行者が増えるのはこちらにとっても都合がいい」
そんな狗々裡に、彩瀬はというと目を大きく見開くと噛みつくように食い下がった。
「よくないよ、急に言われても心の準備ってものがあるだろ!白水っていったらずっと西の山ん中だろ?そんな遠くに行くより、先に村の復興が」
言いつつ、彼女の言葉は父親の手に制される。
「復興は俺たちに任せておけ。俺たち応舟海兵はな、もし第二の〈神没〉たりうる戦が本当に起こる可能性があるなら、どちらの側につくかをちゃんと見定めなくちゃならねえ。お前が俺の目の代わりになって、こいつらが信用に足る奴らか、そして白水がどんな里で、手を組めそうな奴らかどうかを見てきてほしいんだ」
父の言葉に、彩瀬は息を飲んだ。
これは、海兵としての任務だというのか。訊くと丹芭は、にっかと笑い彩瀬の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「それに、白水軍の将軍家は俺も古くからの知り合いでな。俺の名を出しゃあ軍に身を置いてもらえるだろうぜ。外の世界を見るいい機会だ、応舟の外は色んな人間もいるし、色んな景色が見えるだろう。仕事がてら勉強して大人になってこい」
そうして丹芭は、きょとんとして事の成り行きを見守っていた静音に視線を移した。
「どうかこいつをよろしく頼むぜ。年頃の娘と接する機会がねえ分がさつでな。少しは女らしくなれるように、話し方や作法を教えてやってくれ」
静音がその言葉に苦笑いすると、彩瀬は面白くなさそうにふくれっ面になる。
「なんだよそれ、余計なお世話だっつうの」
けれど彩瀬は、どこか嬉しそうに笑顔を見せていた。少なくとも父親に重要な任をもらったことは嬉しかったのだろう、彼女は狗々裡と静音を交互に見ると、少し照れくさそうに頬を掻いて頭を下げた。
「本当にこれから、旅について行ってもいいのか」
視線だけを上にあげて尋ねた彩瀬に、静音とその精霊は微笑みで応えた。
「こちらこそ、これからよろしくお願いします」
こうして、旅の仲間は増え、一行はいよいよ白水の里へ向けて旅立つこととなる。すっかり崩壊した応舟の村は、復興の声で沸き立っている。その声を背にして、彩瀬が村人たちに挨拶を済ませると、白水へ向けての旅は改めて始まったのだった。
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