第12話:対峙

「ちっ、逃がしたか」

「丹芭殿!」


 ‪狗々裡‬の拘束から乱暴に解放された丹波が毒づくのを横目に、静音は丹芭の元へ駆け寄っていく。

思い切り全身を地にぶつけたせいか、頬には細かい擦り傷が出来ていた。褐色の肌に赤い血を滲ませつつ、彼はのそのそと体を起こしていた。


「丹芭殿、一体何故あのようなことを」


駆け寄った静音が頬の血を衣で拭おうとするのを手で制し、丹芭は苦い顔をして言った。


「こっちが聞きてぇよ。嬢ちゃんの仲間があんな化け物だったなんてな」


 丹芭は鋭い視線を静音に向けるが、彼女は毅然として首を横に振る。


「彼は仲間であり恩人です。先ほどから、何故そうもあの方を目の敵にするのですか」


 訊くと、衣の土を払いつつ、丹芭は静音にずいと詰め寄った。

 一体、何だというのだ。静音がむっとして睨み返すと、彼は参ったというように肩をすくめていた。


「何も解らねえでついて歩いてんのかよ。まったく世間知らずもいい所だな」


 そうして、彼は呆れた様子で静音を鼻で笑うと、今しがた抜けてきた森の方へと目を向けた。


「もうじき仲間も到着か。丁度いい、詰所で話すとするか」


 見ると、豆粒大に見える海兵隊と思しき集団が、馬を引き連れて騒がしくこちらへ向かってきていた。丹芭は彼らに大声で脅威が去ったことを告げると、静音を先導して彼らの詰所に入っていくのだった。

   *    *    *    *

 詰所内部は、例えるならまるで地方貴族の豪邸、といったところか。

木の風合いは大分年季が入って見えるが、長い廊下も隅々まで手入れが行き届き、下手な宿よりずっと居心地がよさそうである。

廊下からは多くの部屋に分岐して、その一つ一つから人の話し声が聞こえてくる。丹芭曰く、この妖騒ぎで家を追われた村人がここに避難してきている、との事であった。


 そんな声に気を取られつつ静音が通されたのは、海兵隊員が集会を開くための広間であった。

王宮にある謁見の間にも似て、縦長の室内の一番奥に隊長の為と思われる椅子が立派に据えられている。しかし丹芭はそこには掛けず、静音に促した向かいの座布団の上に胡坐をかいた。

 丹芭は、部屋の入口に立つ海兵隊員と思しき男に「仲間が来たら事情を説明し村の復興をさせるように」と告げると、長机を挟んで向かいに座る静音の方を向いて頬杖をついた。そしてしばらく彼女の心の内を探るようにその眼を見据えたのちに、大きくため息をついて言う。


「しかしあんた、黄泉の臭いを感じねえのか」


 また、この言葉。妙に胸騒ぎのする単語に生唾を飲みつつ、静音は膝の上で両手の拳を握りしめた。


「あの方が人間ではないことは承知しておりますが、彼は精霊であり、黄泉の妖とは違います。それに白蓮の人間は、古き時代より彼ら精霊と生を共にしてきたはずです」


 あまりにまっすぐな目で見つめられ、戸惑った丹芭は一瞬面食らったように頬を掻いたが、すぐに気を取り直したように眉間にしわを寄せて語り始める。


「あの男が精霊だかなんだか知らねえが、妖を秘術で片付けたんだろう?その秘術の痕跡から黄泉の臭いがするんだよ。俺も呪術はかじった程度だからさほど詳しくはないが、絶対あれは普通の精霊じゃあねえ」


 そう言われ、静音は狗々裡の戦いを思い返してみる。多くの木の根が妖を捕え、地の大穴に引きずり込んでいた。

まさか、あの大穴が黄泉への入口だったということか──不安に鼓動が跳ねるのを感じつつ静音が彼の戦いぶりを詳しく丹芭に説明すると、彼はやはりと鼻息を荒くした。


「並みの精霊にはそんな芸当はできねえよ。黄泉は妖の領分、呪術師でさえ黄泉へ繋がる術はごく限られた人間にしか扱えねえと聞く」


 そして彼は、鋭い目で静音を睨むように見る。


「引きずり込むことができるなら、引っ張り出すこともできるはずだ。あの男がこの村に妖を放った可能性も十分に考えられるってこった」


 非難するように彼女を見る目は、さすがの海兵隊長。幾多の戦場を戦い抜いてきた貫禄があった。鷹の目のような鋭さに気圧されつつも、静音は必死に弁解した。


「違います、狗々裡さんはずっと近くにいたんですから村を襲う事などできません」

「なぜそう言い切れる?嬢ちゃんはあの宿で、仲間と別れたと言ったな。あの時はあんたも近くにあいつがいると認識していなかったはずだ」


 そう言い返されては、なにも言えなかった。確かに狗々裡が自分と離れた瞬間があったとしても、静音には感知できない。今だって、そばにいるのだろうと予想はできても、本当にそうなのだとは言い切れなかった。

 その様子に、丹芭は居心地悪そうに腕を組み、片眉を吊り上げて続けた。


「精霊だ妖だってのにはろくな奴がいねえ。俺がこの村に来たのだって、元は故郷を妖に焼かれたからだ。何でそんな奴らの言う言葉を信じるんだかね」


 過去を回想するように目を細め、丹芭はため息をついた。どうやら彼にも事情があるという事か──だが、それとこれとは話が別と、静音は意を決して本当の事を語り始めた。

「それでも助けたい人がいるから、私は狗々裡さんに力を貸していただくんです。私も、故郷を妖に追われた身──わたくしは、王の娘、静音にございます」

 

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