第11話:黄泉の臭い
「嬢ちゃん、火だ、これで蜘蛛を──」
そうして、彼は静音の足元になにもいないこと、そして突如現れた謎の男を視認するとすかさず身構えた。
松明を放り投げ、手早く懐の小刀を取出すと、すぐにでも飛びかかれるように逆手に構える。そして丹芭とは反対に構えの姿勢ひとつ取らないで立ち尽くす狗々裡の目をまっすぐに見据え、腰を落としつつ尋ねた。
「おいおい聞いてねぇぞ、いったいどこから“こんな奴”が湧いて出やがった」
その言葉に、静音は違和感を覚えていた。「こんな奴」、とは。まるで狗々裡と顔見知りのようではないか。
丹芭のただならぬ殺気を感じ取り、静音はその言葉の真意を問いただすべくおずおずと彼に歩み寄っていった。
「あの、この方は前に話した私の仲間で、妖を追い払ってくれた命の恩人なんです。刀を下ろしてはいただけませぬか」
嘆願するも、丹芭は依然として臨戦態勢のままで「恩人だと?」と鼻で笑い彼女の言葉を一蹴する。
「いいからすぐにそこを離れろ!こりゃあ黄泉の臭いだ。そいつはただ者じゃねぇ!」
そう言って、丹芭は狗々裡の目を見つめたままで一歩、また一歩とにじり寄る。
静音が制止しようとするのを視線で抑え、彼は小刀の切っ先を狗々裡の胸元すれすれに突き立てる。
その光景に背筋が凍る思いをした静音であったが、狗々裡の余裕の表情を見る限り、なにか策はあるらしい。黙ってことの成り行きを見守っていると、丹芭はぎり、と歯を食いしばって小刀を構え直した。
しかし、黄泉の臭いがする、とはどういう意味なのだろう。
黄泉と言えば、死んだものの魂が行きつく先の世界だと聞いている。確かに先ほどの妖から発せられた腐臭はまだ残っているが、狗々裡から発せられているという訳ではない。
狗々裡が黄泉から妖を呼んだと言いたいのだろうか?静音はたくさんの疑問符を抱え込みつつ、精霊の言葉を待った。
すると、狗々裡はやはり動じることなく、それどころか口元に笑みすら浮かべて丹芭の小刀に手を掛けた。
「随分な物言いだ。お前の手助けが遅いからこうして俺が出てきたというのに」
そしてそう言いつつ彼が手に力を込めると、地面から俊敏に這い出た木の根が丹芭の手を鞭のように叩き上げ、からん、と小気味よい音を立てて小刀がその手を離れた。それに驚いた丹芭が慌ててそちらに視線を落とすと、その隙を見逃さずに狗々裡は丹芭の太い首を右手一本で掴みあげてしまった。
一瞬で、丹芭の体が宙に持ち上げられる。狗々裡より背も高く、がたいのいい男が軽々と自由を奪われる光景は静音の眼にも極めて異常に映った。なすすべなく狗々裡の手を離そうと必死にもがく丹芭は、何とか声を絞り出すようにして唸った。
「くそ、てめえは……やっぱり人間じゃあねえな……この化けもんが」
そうして、憎らしげに狗々裡の額に唾を吐きかけると、丹芭は脚を引いて、そしてその勢いに乗って狗々裡に蹴りかかる。
「危ない!」
静音が思わず目を覆う。
が、丹芭が狗々裡の腹に蹴りを入れるより先に、目の前からその姿は消え去っていた。
不意に行き場を無くした丹芭の体は、首元を解放された反動も相まって地に叩きつけられてしまう。巨体が砂にまみれると、時間差で辺りには白い砂埃が彼をあざ笑うかのように巻き上がっていた。
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