第9話:再会

 詰所へと向かう途中は順調に妖の出現も無く、しばし駆け足で進むとようやく目の前に立派な建物が現れた。

少なく見ても十以上の部屋はありそうなその建物は、左右対称の美しい屋敷である。こんな状況でなければさぞゆっくりと見て回れたろうにと残念に思いつつ、静音は立派な詰所に見とれながら歩いていた。


 しかし、そんな時であった。

 突然静音の足元がずん、と沈んだかと思うと、土が一様に盛り上がり何かがせきを切ったように飛び出してきたのだ。

 一体何だ?静音が視線を下におろしたところ、彼女の足元からは、なんと多数の蜘蛛が沸いていた。


「きゃあああああ!」


 思わず叫び声を上げると、それを合図とするかのように村の四方から多数の妖がこちらへと向かってくる。

 山羊、鶏、羊──おそらくはどこかの家畜であった動物が妖へと変わったのだろう。多くの腐敗した骸が向かってくるも、足元に蜘蛛が群がる中では静音もなかなか逃げられずにいた。

「ちっ、嬢ちゃん、待ってろ!詰所から火を持ってくる」

 丹芭が苦肉の策とでも言うかのように険しい顔で詰所へ向かうと、静音の足首からは蜘蛛が徐々に足首、膝へと上がってきていた。

 たとえ蜘蛛を火で払ったとしたも、あの山羊や羊から逃れるには間に合わない。それに払う前に噛まれでもしたら、蜘蛛が毒蜘蛛であった場合厄介なことになる。そう感じた静音が、まずはなんとかここから少しでも離れようと、蜘蛛を踏みつけるべく足を上げた、その時だった。


 静音の足元で火花が散り、蜘蛛の群れが一瞬にして吹き飛ばされる。その眩しさに一瞬目を閉じた静音の目の前にいつの間にか立っていたのは、見覚えのある背中だった。

 長く波打つ漆黒の髪、頭一つ分ほど高い身長。どこか浮世離れした裸足の男は、紛れも無く昨日静音が黙って別れた男である。


「──狗々裡くぐり、さん」


 本当に、助けに来てくれた?静音が呆気に取られていると、彼はゆっくりと振り返って呟いた。

「だから言っただろう、戦うすべを学べと」

 そして彼は静音をかばうように立ち、右手を正面の妖の方へ向けた。正面だけでも腐敗した獣が十頭はいるだろうか──静音が何も言えずに立ち尽くしていると、狗々裡は妖の方を見つめながら静音に問いかけた。

「すんなりと契約を交わした割に、随分と俺は信用がないようだな。本当の味方かどうかわからん、だと?」

「ど、どうしてそれを」

 まさか、昨日の丹芭との会話が筒抜けだったのか。どきりとして狗々裡を見た静音は、ふとあの札の存在を思い出していた。

「そうだ、あの“迷子札”。これはあなたがつけたのですか」

 静音は相手の居場所が分かるという例の札を懐から取り出し、狗々裡の目の前に突き出して見せる。すると狗々裡は口角を上げ、その札を秘術で燃やし一瞬で灰に変えて見せた。

「俺にはこんなものは必要ない。強いて言えば、あの最初に泊まった宿を出た時からついていた」

 思わぬ答えに目を丸くしていると、狗々裡は片眉を吊り上げため息をつく。

「言っただろう、誰もが敵になる可能性があると。宿は混雑していたし、あの中の誰かががお前を怪しんで出発時に付けたのだろう。まぁ、効力は村を出た時に消してあるから安心しろ」

 そこで、ようやく静音にもぴんときた。だから、森へ入るときに肩を叩かれたのだと。それを静音が理解したのを確認すると、狗々裡はにじり寄ってくる妖に視線を戻して言った。

「最初から狙いはお前のようだな。しっかり下がっていろ」

「えっ──」

 そうしてその刹那、狗々裡がかざした右手に力を込めて振り下ろすと、妖の足元から多数の“腕”が沸いて出てきた。

 正確には、腕のように伸びた細い木の根の束であったが、それらはまるで意志を持ったように地より這い出て妖たちに絡みつく。

そして、妖となった羊や山羊の亡骸を背中から強く抱きしめるように締め付けると、ばきばきと嫌な音を立てて地に引き寄せていた。

 たまらず静音は耳を塞いだが、妖の悲鳴のような鳴き声はなおも響き、思わず狗々裡を止めようとした。

しかし、静音が彼の腕を引くより先に、妖の倒れている地面に変化があった。

 木の根が伸びるその地面に大きな空洞ができ、その中に腐敗した動物が吸い込まれていく。一匹、また一匹と空洞に引きずり込まれ、気付いた時にはあれだけ多く四方から来ていたはずの妖はすっかり消えてしまっていたのだった。

 あれは、間違いなく自然を操る精霊の大秘術、というものだろう。静音は改めてそのわざを目の当たりにし、なにも言えなくなってしまっていた。

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