第8話:襲撃

 村に着くと、そこは文字通りの惨状であった。家々からは火の手が上がり、奥に見える海岸沿いには多くの人が倒れていた。焦げ臭いにおいが鼻をつく中、丹芭は辺りを見回して呆然としていた。

「畜生が、何なんだよこりゃあ」

 静音を馬から下ろし、そう呟くと彼はいても経ってもいられないといった様子で頭をかきむしる。かける言葉も無く静音は辺りを見回していたが、状況を聞ける村人の姿さえ見えなかった。

 恐らく、かつての応舟は高床の美しい建物の並ぶにぎやかな村だったのだろうが、今やかえってその高床があだになり、土台部分が半壊した建物は大きく傾いているものがほとんどである。

人の気配がしない所を見ると、住民はどこかへ避難したのかもしれない。丹芭はざっと状況を見ると、静音に村奥のひときわ大きい建物を示した。

「とりあえず、あの建物が詰所だ。幸いあそこはまだ無事みてぇだから、ひとまずあそこに逃げ込むぞ」

 村に攻め入られてから時間が経過しているのか、周辺に敵らしき姿は無く。丹芭は詰所に向かう途中、敵が誰なのかという見当をつけることもできず、もどかしそうに「くそ」と毒づいていた。

 移民の村が攻められるとなると、純粋に丹芭率いる海兵隊への恨みが原因なのだろうか。逃げるさなかで静音は考えていた。

 しかし、もし村を襲ったのが彼らを敵視する相手なら、とっくに彼らの詰所に火を放ったりしているはずだ。未だ無傷の詰所を遠巻きに眺めそんな事を疑問に思いつつ、静音は丹芭の背を追っていた、その時であった。

「伏せろ!」

 丹芭が鋭く叫んだのが先か、静音の頭上を何かが飛んで行ったのが先か。動く間もなく静音の頭をかすめたのは、なんと山羊であった。

「な、何ですか、これ……」

 思わず静音が声を震わせたのも無理はない。山羊、とはいっても、その頭は骸骨であり、体の随所随所の肉が腐りずり下がっているのだ。

 動物と呼ぶにはおぞましさが過ぎる存在、これは──あやかしだ。静音はすぐに理解したが、いざ対峙するとどうしていいかわからずにその場に立ち尽くしてしまっていた。

 その様子に、丹芭は強く静音の肩を叩き、叱咤するような語調で言った。

「ぼさっとするな嬢ちゃん!あやかしだ、仲間を呼ばれる前に逃げるぞ」

 山羊は大穴の空いた骸の目で、じっと二人の様子を窺っていた。体が腐敗している為か、ひどい臭いがする。静音は悪臭に吐き気を催しつつ、衣の袖で顔を覆い一歩山羊から離れた。

 すると山羊は震えた呻き声を上げ、威嚇するように彼女の方へ詰め寄ってくる。たまらず静音が数歩下がると、なんと山羊はここぞとばかりに雄叫びと共に跳びかかってきた。

「どけ!」

 恐れるあまり硬直したままの静音に代わり、丹芭は彼女の肩を脇に押しのけ、とっさに腰元から抜いた刀で山羊に切りかかる。するとその刃は腐敗した体にいとも容易く突き刺さり、山羊の妖はその場にどさりと崩れ落ちた。

 一瞬の出来事に、静音はすっかり言葉を失っていた。以前王宮が襲撃された際に見た大蛇とは違い、本当に黄泉から這い上がってきたような姿の妖は、静音にとって恐怖の対象以外の何者でもなかった。

 そんな静音を横目に、丹芭は妖の体から刀を引き抜き、懐から出した布で刀身を拭くとそのまま元の場所へしまい込む。

 静音とは反対にこういった状況には慣れているのか、手際がいい。そんな事に感心していると、彼は一息ついた後に静音を手招きで呼んだ。

「気を抜くな、この一匹だけで村がこんなになるたぁ思えねえ。まだ他に仲間がいるはずだ」

「は、はい」

 答えると静音は、おずおずと丹芭の元へ近寄っていく。山羊の死体もなんとか跨ぎ、ようやく近くにたどり着くと、丹芭は小さく頷いて再び彼らの詰所の方へと駆けて行くのであった。


 

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