第2話:反逆の王女
どのくらい眠っていたのだろう──彼女は、その眠りのさなか古い夢を見ていた。
それは、静音がまだ小さかったころ、珍しく父である国王とともに裏山に散策へ行った時のことである。
その時はまだ正室の息子も存命であったため、今ほど彼女との関係も悪くはなく、二人で散策に行くことに彼女も快く了承してくれたのだ。
「良いか静音、私から離れるのではないぞ」
父はそう言ったが、その日が静音にとって王宮を出た初めての日であり、見るもの全てが新鮮であった。
見たことのない花、初めて見る山の小動物、青い匂いのする森林の空気。
静音はその中でも特に小動物に惹かれ、いつしか父の言葉も忘れて木の上を飛び回るリスの姿を追っていた。
が、山道を脇に逸れ進むうち、いつしか迷子になっていた静音は、父親とはぐれた事に気付くと不安に襲われ泣き出していた。
「父上、どこにいるの」
先程まで新鮮味に溢れていた森の木々は今にも襲いかかってきそうな化け物に見え、追いかけていたリスの姿もどこにもない。静音はとぼとぼと父を呼びながら歩き続けるも、返事もなく。
そんなさなか、しばらく歩き続けた静音の背後からゆっくりと足音が近付き、静かに声をかけた人物がいた。
「こんなところで子供が何をしている」
まだ小さかった頃の事だから、振り返った先にいたのが男だった事以外はよく覚えていない。けれど、その淡々とした口ぶり、そして彼が父の元へ自分を連れて行ってくれた事だけは鮮明に覚えていた。
今思えば、あれは誰だったのだろう。夢の中の静音は、もやがかかったようになって見えない男の顔を凝視しながら、首を傾げていた。
* * * *
そんな夢から覚めて目を覚ますと、いつの間にか静音は固い布団の上に寝ていた。
確か、先ほどまで自分は岩の洞窟の中にいたはず──そこまで思い出し、静音ははっとして身を起こした。
「狗々裡さん!」
自分は、あの洞窟の中で精霊と契約したのだ。願いを叶える、と言い自分に青い光が放たれたところまでは覚えている。けれど、自分がいま寝ている布団が誰のものなのか、そしてこの古い木造小屋が誰の家なのかまでは
改めて周りを見回すと、どうやらここは釣り人の家のようである。
建てられてからかなり長い年月を経たと思われる小屋のかべには多くの魚拓が並び、その下には丁寧に手入れされた釣竿が何本も並んでいる。決して広い家ではないが、その端端からは家主の生活を感じ取れた。
「狗々裡さん、いないのですか、狗々裡さん」
声を大きくして呼びかけるも、返事は帰って来ず。それでもあきらめずにもう一度呼びかけようと口を開いたところで、おもむろに小屋の戸が開かれる。
「おお、気が付いたかい。どうだね、足の具合は」
早足で小屋へ入ってきたのは、父王よりなお年老いた、白髪頭の男性である。
宮中にはほとんど老人がいなかったため、静音は彼の顔をもの珍しそうに眺めつつ尋ねた。
「あの、あなたが私を助けてくださったのですか」
すると、老人は肩にかけていた釣竿と右手の魚かごを下ろし、嬉しそうな顔で頷く。
「あんたが勝手に人の家の前に倒れておったのだろう、娘さん。そんな綺麗な衣を着てるもんだから、わしゃあてっきり天上から精霊でも降って来たかと思うたわ」
そして、老人は静音の横に腰を下ろすと、その日に焼けた丸い頬をぽりぽりと掻いて続けた。
「あんた、三日三晩、いやそれより長く眠っていたもんじゃから、てっきり死んでまうんじゃないかと思ったわ。ちょっと待っとれ、今あら汁を温めてやろう」
そういうと老人は、いそいそと台所へと向かうと大鍋を火にかけ始めた。
いったい、何がどうなっているのか。静音は混乱しつつ、ひとまず詳しく状況を聞こうと老人の手が空くまで待つことにしたのだった。
魚のあら汁を温めてよそってくれた老人の話によると、どうやらここは白蓮宮からずっと南に位置する小さな漁村、とのことである。夜釣りから帰った老人が家の前に倒れていた静音を発見し、その衰弱具合を見て慌てて介抱してくれたのだという。もっとも、熱のある額に濡らした布をかけてやったり、衣を着替えさせてくれていたのは彼の妻らしいが。
「奥方様は、いまいずこにいらっしゃいますか」
あら汁をすすりつつ訊くと、老人は小屋の戸の方を指差した。
「あいつは釣りの撒き餌を仕入れに行ってるが、この分だと話し込んでるな。しっかし、奥方様、だなんてあんた、どこのお嬢様だい」
静音はその問いかけに、本当の事を言おうか迷ったが、王宮の現状が分からない以上下手なことは言うまいと静かに首を横に振った。
「すみません、それは答えかねます」
そういうと老人は「そうか」と少し残念そうな顔をしたが、それ以来その話題に触れることはなかった。
久しぶりに食べ物を口に入れ、少しだけ体力も回復した静音は、そういえばと老人に尋ねた。
「私に先ほど、足は大丈夫かと聞かれましたね」
すると、彼も思い出したように「おお」と声を上げる。
「そうじゃそうじゃ、あんた、倒れていたあの日、えらい足首が腫れていてな。よほど無理して歩いて来たんじゃろうが、よくなっているようで安心したよ」
そう言われ静音は自らの足首を確認すると、確かに腫れもなく、回してみても特に違和感はなかった。あれだけ無理して山道を歩いたのだ、確かに腫れがあったとしてもおかしくない。
そういえば、やはり兄はあのまま大蛇の妖に食われてしまったのだろうか。
静音は自分の手を見つめながら、兄の言葉を思い出していた。
自分には、精霊がついているから大丈夫──あの言葉通り、精霊が兄を助けたとしたら、もしかしたら兄がここに運んだのか?少しの希望を込めて老人に兄のような人物を見ていないかと尋ねるも、老人は首を傾げるばかりであった。
「いやあ、見てないなあ。わしがあんたを見つけた時はあんた一人だったしなあ」
「そう、ですか」
静音は意気消沈しつつ目を伏せるが、こうしていても何も始まらない、と気持ちを切り替えて明るい顔を作った。
「それでは、少し外の空気を吸っても?漁村に来るのは初めてなのです」
「おお、行ってきなさい。体がなまっているだろうからな。ばあさんが戻ったら、粥を作るよう言っておくよ」
そう笑みを返してくれた老人の優しさに改めて感謝しつつ、静音はふらつく脚で布団から起き上がり、村へと出ていくのだった。
家を出ると、同じような形の小屋が数多く立ち並び、その一軒一軒の軒先に縁起物なのか飾りなのか、藁で編みこんで作られた魚の作り物が掛けられていた。
家は広い通りに面し、どこからか潮の香りが流れてくる。海を見たことのなかった静音は、その独特の香りすら、まるで異世界のもののように感じられていた。
通りは活気があり、往来する人々の肩に下げられる魚かごはどれも溢れんばかりの収穫である。そして時折見かける干物売りの店の人だかりには、地方の富豪と思しき華美な召使さえも真剣なまなざしで他の客に混じっていた。
この村は、平和そのものだ。静音は賑やかな声に包まれつつ、ふと悲しくなる。ここでは白蓮宮で起きた妖の襲撃なんてまるで関係ないように時間が進み、日々の収穫に感謝しながら床につく、そんな毎日を送るのだろう。
白蓮国王の顔すら、きっとほとんどの人が知らなくて。当たり前の事のはずが、何故かたまらなく辛くなって、静音は村を離れて近くの海岸へと足を運んだ。
まさか、人生初の海というものを、こんな形で見ることになるなんて。人気のない岩場に腰かけると、彼女は穏やかな波の中に、なんとなく手元の小石を投げてみた。
──そういえば。二つ目の石を手に取った所で、ふと思い出して静音は自分の首元や懐を探る。確か、精霊と契約したものは、その証の石や術具を授かるのではなかったか。兄が見せてくれた首飾りのようなものが無いかと必死で探るも、そこにあるには自分の身ひとつであった。
あの狗々裡とかいう精霊は、はたして本当に存在していたのだろうか。失意の中岩場に膝を抱え座り込みながら、そんな考えさえ生まれていた。
精霊がいたら、この場をなんとかしてくれる。兄を救えたのではないかといった願望が見せた幻だったのかもしれない。この村に自分を運んだのは神隠しかなにかで、自分と契約した精霊なんていない。
だからこそ、その祝福の証が存在しないのだ──静音は、何の輝きも無い、ただ黒ずんだ手の中の石を憎らしげに海へと放り込んだ。
けれど、いったいこれからどうしたら?命は救われても、生きる理由がわからない。これではまったくあのまま大蛇に食われた方がましな気さえしていた。
「狗々裡さん、だって。呼んでも来てくれないではないですか」
自嘲気味に呟くと、静音は重い腰を上げて深呼吸する。助けてくれた老人の家に戻らなくては。お粥を作ってくれると言ったはずだ。あのあら汁のお礼もしていないし、まずは食事をいただいてから今後の事を考えよう。
そう思った矢先、静音は唐突に、低い男の声に呼びかけられた。
「生き延びたようだな」
驚いてすぐさま声のした方を振り返り、静音は息を飲んだ。
自分より頭一つ高い長身、腰元まで伸びた波打つ黒髪。濃い小豆色の衣の裾から覗く裸足に、そして何より特徴的な切れ長の目を見、彼女はその人物が何者かをすぐに理解した。
「狗々裡、さん」
まさか、あれは夢だったはず。静音は驚きのあまり、その場にへたりこんでしまう。だが、目の前の男は、間違いなくあの時自分を助けると言った精霊そのものではないか。混乱のなか呆然と狗々裡を見上げていると、彼は視線だけを静音へと向けて言った。
「村に運んだのは正解だったようだな。正直、お前は助からないと思っていた」
「狗々裡さんが、ここに運んで下さったのですか?今まで一体どこにいらしたのです」
彼を睨み付け、溜まった思いを一気にぶつけると、狗々裡は口角をわずかに上げる。
「村人はお前が王族と薄々感づいている。その中で俺の存在を知られたくなかったのさ」
そして、彼の鋭い目は海の方へ向けられた。沖では小さな漁船が動いており、丁度漁用の網を放り投げるところであった。その様子を見て、狗々裡はため息をついて静音の方へ向き直る。
「ここでは人目がある。来い」
そういうと、狗々裡は一足先に海に背を向け背後の雑木林の方へ歩いて行ってしまった。静音はまだ夢の中にいるような心地の中、急いで腰を上げその背中を追うのだった。
* * * *
林をしばらく進み、昔は狩猟をする者の休憩場だったらしい廃屋へとたどり着くと、狗々裡はその中へ入っていった。
静音は何とも言えず不気味なたたずまいに一瞬入るのすら尻込みしたが、それでも彼の話を聞き逃すまいとその後に続く。
「それにしても、何故あなたは私を助けたのですか?」
狗々裡は、廃屋の中に置いたままになっていた白蓮国の簡略地図を広げ、それを板床の上に置いて胡坐をかいた。その向かいに静音が座ったのを確認すると、彼は息をついて答える。
「ただ、お前の〈生きたい〉という欲を感じた。俺の糧は人の欲だからな」
その言葉に、静音は変わった精霊もいるものだと感心した。だが狗々裡は顔色一つ変えないままに、淡々と続ける。
「生き延びたからには、お前には全うすべき使命がある。途方もない大それたことだが、それを成し得るだけの大きな欲がお前の中には眠っている」
「使命、ですか」
静音は大層な話に顔を曇らせるが、次の一言に度肝を抜かれる事となった。
「お前の兄は、まだ死んではいない」
どきり、とした。
兄が、自分をかばった兄が生きている?静音は一気に自分の鼓動が早くなるのを感じた。
確証はないが、きっとこの男は嘘は言ってない。そう信じたい。彼女は思わず身を乗り出し、すがるように問うた。
「本当なのですか?兄上は……兄は、無事なのですか」
しかしながら、狗々裡は視線を地図へと落とし、いや、とそのある一点を指差す。
「無事とは言えん。生きながらえてはいるが、な」
狗々裡の指は、地図上の白蓮王宮を示していた。そして、その指はまっすぐに南下し、白い丸で書かれた地点で止まった。
「ここが今俺たちがいる辺りだ。王宮からなるべく遠い村へ運んだとはいえ、ここまでは馬を使えば三日もあればたどり着く。お前が眠っていた五日間の間に、大分近くまで王宮兵が来ているはずだ」
どうやら、白い丸は現在地の村を示しているらしい。静音はほっとしたように胸を撫で下ろした。
「では、すぐに助けが来るのですね」
そうすれば、どんな状況であれ、兄に再会できる。明るい声の静音とは裏腹に、狗々裡はふんと鼻で笑って腕を組む。
「助けなら良かったんだがな」
意味ありげな物言いに静音が怪訝な顔をすると、彼は懐から一枚の紙を取り出す。差し出されたその紙の内容に目を通すと、徐々に静音の顔が青くなっていくのが見て取れた。
「──“王宮を襲撃した大罪人、王女静音に懸賞金”。世間ではお前があの日、妖を用いて王宮を襲撃したということになっている」
改めてその内容を音読し、狗々裡は目を細めた。紙はどこかの町か村でお触書として掲示されていたものを持ってきたらしく、その一部が雨水により滲んでいたが、その文章の末尾に捺された判は間違いなく白蓮王室のものであった。
静音は驚きを隠せない様子で紙を床に取り落とすと、救いを求めるような目で狗々裡を見た。
「一体、誰がこのような事を」
言いつつ、彼女の頭の中には一人の女性の顔が浮かんでいた。
きっと、自分たちを目の敵にしていた正室の仕業だろうと。だが、狗々裡の出した答えは全く彼女も予想していないものであった。
「お前、王の精霊は知っているか?奴は、お前たち兄妹を狙っている」
狗々裡は片膝を立て、窓の外で降りだした雨を気にしつつ言う。静音は突然の質問に記憶をたどるも、会った事は無いと首を横に振った。
王の精霊と言えば、噂には聞いたことがあるが、知っている事と言えば龍の姿をした美しい精霊だという事くらいである。そう答えると、狗々裡は窓に目を向けたままで語った。
「名は
含みを持たせそういうと、彼はようやく視線を静音に戻し続けた。
「遥か昔、〈
「大昔にあった、人間と精霊との戦争のことでしょうか?しかし、あれは──」
寓話ではないか。言いかけて、鋭い視線に言葉を遮られてしまう。
「当事者たる人間がいない今、おとぎ話と言われるのも無理はない。しかし、あれは現実の戦争だ。そして双白は、神没において精霊側の前線にあった」
そして、彼は皮肉っぽく口角をくいと吊り上げた。
「双白も元は天上界と
「そんな……」
「奴が王の精霊となったのも、その立場を利用すれば立ち回りやすいからこそ王に近づいたのだろう」
確かに、一国の王についてその裏で助言を与えれば、自分の思い通りに国を動かすことができる。
王宮が陥落しても自らの助言で王を動かし、いくらでも臣下や民を操れるのなら、精霊にとって有利な状況を作り出すのも造作もないことだ。憤りを感じつつ、静音は静かに目を伏せた。
「崩壊すれば王宮など脆く、いくらでも隙が生まれる。そのための襲撃だったのだろう」
狗々裡は静かに語り、小さく肩をすくめていた。
しかし、黒幕がその双白と仮定したとして、それなら何故王宮を襲ったのが精霊ではなく妖なのか。本来清い存在の精霊と、穢れをもたらす存在の妖。相容れない双方に接点はないはず──そう静音が言うと、狗々裡は先ほどのお触書を手に言った。
「精霊はこの紙のようなものだ。精霊も穢れを受ければ妖となる。白い紙にも墨を垂らせば黒くなるように」
そうして、忌々しげに彼がその紙を放り投げると、紙は青い炎に包まれ一瞬にして灰となった。これが精霊の秘術なのか、と呑気に感心していたが、はっと気が付いて静音は狗々裡をぐっと睨んだ。
「答えになっておりませぬ」
しかし、狗々裡は依然として平静のまま視線を返す。その意味が分からずしばし睨み合いを続けたところで、根負けしたようにため息をついて答えてくれた。
「王についている存在が、本当に“精霊”だという保証はないという事だ」
そしてそう言うと、狗々裡は話を戻そうと言わんばかりに白蓮地図に視線を落としていた。
「地上界を精霊の支配下に置く為には、精霊に“祝福”され、精霊と通じうる人間という存在は邪魔になる。人間の望みを叶える精霊など彼の理想郷には存在してはならない」
「だから、既に祝福されていた兄上や、これからそうなる可能性のあった私が狙われたのですか」
膝の上で拳を握る静音にゆっくりと頷き、そうだ、と狗々裡は彼女の目を見つめた。
「お前が生きていることは、王宮に死体がなかったことで奴も察知しているだろう」
そうして彼は、静音の肩に手を置き続ける。
「お前の使命は双白を止め、人の世を守る事だ。このままではまた人間と精霊の間に争いが起こり、あの無意味な戦争を繰り返す事になりかねない。その為にもまずは、対抗する為の力を付けねばならない」
静音は、あまりに彼が突拍子もないことを言うものだから、しばらく呆気にとられていた。
しかし、彼はどう見てもいたって本気のようだし、王宮で起きた事、そして彼もまた精霊である事を考慮しても、一連の話を信じるよりほかなかった。静音は生唾を飲み下し、妙に口の中が乾くのを感じながら言った。
「しかし、相手が王の精霊ともあらば、私一人の力ではなにも出来ないのではないですか?それにあなたの手助けがあれど、あのような妖の軍勢を率いる相手に手出しはできませぬ」
静音が戸惑いつつそう言うと、狗々裡は地図上の西端に位置する地名を指しつつ答える。
「一人では無理だろうが、束になれば勝機はある。ここから西の
今のうちなら、双白も油断しているという事か。静音は狗々裡の言葉を噛みしめ、拳を握る力を強くした。
「あなたがおっしゃる通りなら、兄はどうなるのです?私が来ないと分かれば、殺されてしまいはしませぬか」
力を付けたところで、そのうちに兄が殺されたのでは意味がない。そう語気を強める彼女に返されたのは、余裕の笑みであった。
「心配には及ばん。お前を始末するという目的を達成するまでは、お前の最愛の兄には計り知れぬ価値がある。お前が生きている限りは、兄は無事と思って良いだろう」
狗々裡のそんな不躾な物言いにむっとしつつも、静音は彼の言葉に決意を新たにしていた。
この狗々裡の言葉を本当に一から十まで信じていいものか、まだ判りかねるのは事実。しかし、一度死にかけた自分を生かし、再び兄に会うという希望を与えてくれたのは確かにこの男だ。
もし兄の元へ向かう途上、狗々裡が裏切る事があれば、きっと自分はそれまでの人間だったという事なのだ。
一か八か、人生をなげうってもいい。命を懸けて自分を守った兄を救うためなら、どこへでも行ってやろうという意志が静音の中に生まれていた。
その思いを表情から読み取ったのか、狗々裡は満足気に頬を緩めると、そっとその手を差し出す。
「改めて問う。俺と契約するか」
静音はどこかまだ不安げな、しかし凛とした表情でその手を握り返し、頷いた。
「力をお貸し下さい。必ずや、兄を救い、双白とやらの目論みを止めねばなりませぬ」
固く繋いだ手に、迷いは無く。互いにそれからは、言葉を交わさずしばし見つめ合っていた。
これから始まる旅路が、どれだけ長いものなのかは誰にも見当がつかない。今日という日から自分という存在がどう変わり、そして白蓮国の歴史がどう動いていくのか、静音には想像もつかなかった。
━━━━━━━━━━━━━━━
(※2023/02/23:加筆・訂正しました)
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