垣根の上に居る少女

秋原 零

第1話

「そら、これをやるよ。あんたも戦うんだ。あんた正義の味方になりたいんだろ」

 そう言った少女の顔は、どこか物悲しげであった。

 葵の手にずっしりと乗る赤い懐中時計。少女から手渡されたものだ。

 「これを使って戦えば、あの夢のような悲劇は起こらないの?」

 葵は問いかけた。

 「ああ、約束するさ」

 葵は、懐中時計を握りしめ、さっきの夢を思い返した。

 

 薄暗く曇った空は、この世の終わりを想起させた。空に浮かぶ一つの大きな目。そこから放たれる稲妻に、みるみる街並みは、破壊されていく。瓦礫となった街は、人々と共に、空に巻き上げられ、目に吸い込まれていく。人々の叫び声が、葵の鼓膜を貫いていく。

 「嘘。こんなのって……」

 足元に転がった瓦礫の破片を拾い上げ、ぎゅっと握った。

 葵は、目を覚ました。なんという悪夢だ。今日から夏休みだと言うのに、こんな夢を見る自分を呪いながら、ベッドからゆらゆらと立ち上がる。時計の針は、三時キッカリを指していた。

 「夜中の三時、草木も眠る丑三つ時か」

 眠い目を擦ると、少しづつ視界が明確になっていく。はっきりしていく視界の中に、人影があることに気づいた。その人影をよく見ようと、じっくりと暗闇の中、目を凝らす。そこに立っていたのは、黒のコートに身を包んだ見知らぬ少女であった。次に、ぼやけていた葵の思考が、しっかりと働き出した。夜中の三時に、自室に、見知らぬ少女がいる。この状況が、恐怖すべきものであると気づいた。葵は声を上げようとした。しかし少女は、こちらにぐっと近づいて、口を塞ぎそれを阻止した。

 「大きな声を出すな。みんな寝てるだろう」

 少女は、微かに笑った。続けて少女は、

 「さっき夢を見ただろう。あれは今日から一ヶ月後の未来だ」

 と言った。

 葵は、ひどく困惑して、少女の手を振り払い、一階の父のもとに、逃げようとした。

 「待て、あんたの父親は、長期の海外出張で家を開けてるはずだ。それにあんたは、父子家庭で、母親は早くに死んだはずだ」

 見知らぬ少女が、葵の家庭のことまで熟知している事実は、葵の恐怖を増幅させた。

 慌てふためく葵に少女は、

 「落ち着け、あんたに危害を加えるつもりはない。ただ協力してほしいだけだ」

 とこれまた不可解な言動をした。

 「どういうことです」

 焦燥と共に、葵は問いかけた。

 「いいか、よく聞け。さっき見た夢は、私が見せたもので、一ヶ月後の未来だ。人間の進化形“アドバンス”によって、もたらされるまさに悪夢だ」

 葵は、少女の言っていることが、何一つ理解できなかった。

 「どういうことです?さっきから訳のわからないことばかり言って」

 葵の困惑は、次第に怒りに変わっていった。

 「まあ、無理もない。突拍子もない話だからな。今から、説明してやる」

 少女は続ける。

 「いいか、今人間の進化形が、次なる地球の君主になろうとして、暗躍してるんだ。一ヶ月後に、あんたのような旧人類を滅ぼす計画を立てている。そして、そんな未来を阻止するために、私は戦っている。魔法少女になってな。あんたにも魔法少女になって、戦ってほしい。な、簡単なことだろう」

 葵は、少女の言っていることが、信じられなかった。

 「そんな、訳のわからない話、信じられるわけないじゃない」

 「疑り深いやつだな。じゃあその手に持ってるものは何だ」

 手の方に目をやると、夢の中で握った破片があった。

 葵は、ひどく驚いた。そして、少女の言っていることが、全くの嘘ではないことに、僅かながら納得した。すると、次なる疑問が浮かんだ。

 「何故、私なの?私より強い人なんていくらでもいるじゃない」

 「そんなの決まってるだろう。あんたが、誰よりも正義感が強いからだ」

 正義感か、葵は確かに正義感が強かった。小学校より、いじめられっ子を守ったりしていたし、世界各地で起きている戦争に、心を痛めていた。正義の為に戦いたいと思っていた。

 葵は、少女の言う事を完全に理解した訳ではない。しかし正義の為に、戦うことができるとするならば、葵は是非ともそうしたいと考えた。

 「何をすればいいの」

 少女は、赤い懐中時計を手渡した。

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垣根の上に居る少女 秋原 零 @AkiharaRei

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