第7話 みつだん

 階段をのぼりきった先にあるのは、屋上への鉄扉だ。

 多くの学校においては閉鎖されているそうだが、うちの場合はオープンにされている。なので昼食をとったり、放課後にだべったりする生徒もちらほらといるらしい。


「さて、と。中城は……」

 周囲を見回すが、今日の屋上は人っ子一人いない。

 時間帯を間違えてしまったのかと、手紙を取り出して確認するが、記載されている内容は特に授業中に確認したままのものである。


「わっ!!」

「うおおおっ!?」


 不意に頭上から大音量の声が響き、俺は思わずしりもちをついてしまった。

 見上げた先。

 太陽を背にし、小麦色に肌を輝かせた中城が、入り口の屋根の上に仁王立ちしてい る。吹き付ける春の風の中、彼女は白い八重歯を見せてニシシ、と笑っていた。


「脅かすなよ。マジで心臓止まるかと思ったぞ。ってかそこ危ないから降りて――」

「んー? よくきこえないにゃー」

 にゃーじゃないよ。悪戯が成功してご機嫌なのはわかるが、さっきからスカートがめくれそうで目のやり場に困るんだよな。


「おやおやぁ、ノートは何を考えているんだねぇ? まあ思春期男子の妄想はほどほどにしたまえよー」

 俺の反論を封じつつも、中城は『ていっ』と声を上げて、屋根からコンクリートの地面へと着地した。


「足痛くないのか。大分高さあったんだが」

「ん? 別にふつーっしょ。ノートは帰宅部だしねー、部活の練習はもっとハードだからへっちゃらってもんですよ」

「そうか、それならいいさ」


 俺たちは屋上に設置されている木製の背もたれ付きベンチに腰を下ろし、本題に取り掛かることにした。

 どうせろくなことではないだろうが、話に付き合わないと、それはそれで面倒くさそうだ。


「で、なんの用だっけか。俺呼び出し案件に心当たりがないんだが」

「なーにを言ってますかね、少年。そらもう、ノートとイオたんのことに決まってるじゃんさ」

 イオたん……。

 なるほど、小手指がクラス内マスコットであることを失念してた。

 

「小手指と俺がどうしたんだ。何か問題でもあったりするのか」

「それな。ノートのそういう『俺、普通ッスよ』的な考えは、女子にとってマイナスでーす」

「別に高得点競ってねえから。つか具体的に言ってくれよな」


 ンヒ、と奇妙な含み笑いをし、中城緋毬はベンチの上で体育座り。膝を抱え込み、小首を傾げて俺の顔を覗き込む。


「クラスの人らほぼほぼ全員知ってることなんだけどさー。イオたん、ノートのこと好きだよね、アレ」

「ぬえっ、な、ま、まさか。そんなわけ……」

「んじゃさー、イオたんが今まで、特定の誰かに近寄って行ったり、背中に触ったり、服の裾掴んだりしたのみたことあるん?」


 無い……な。

 ある意味孤高で、誰も近づけない繊細ばガラス細工のような存在。

 それが小手指伊緒だった。


 それがここ最近はサイケなおしるこ食べるは、背中で伝言ゲームするは、デカ盛りチャーハンにチャレンジするわで、大忙しだったなぁ。


「心当たりありまくりでしょ。まあ、多分だけどさ、イオたん……あんたに初恋してるのかもしれないよ」

「初……恋」

 オウム返しに口から言葉が漏れ出す。


「こーこーせーになってからってのも、大分遅い系だけどね。でもあの子、周りのことに無頓着っぽいからさ。そういうところ、きちんと見つけてあげた方が良いかなって思って」

「で、でも俺たちは別にそんな大したことはしれないぞ。せいぜい放課後にどっか行ったりとかで」

「それってほぼほぼデートじゃね? なんだよノート、やることやってんじゃん」


 ピンクメッシュの入ったショートをかきあげ、中城――グス子がほっと溜息をつく。それは安堵からきているものなのか。それとも別の意味があるのか。


「ノート、イオたん泣かしちゃ駄目だよ。あの子、ふわふわしてるから、きちんと守ってあげなきゃ」

「その言い草だと、まるで俺も小手指のことが気になってるっていう前提だよな」

「違うん? どう見ても付き合いたてのバカップルなんすけどねー」


 ぱっちりとした大きな二重の瞳を真ん丸に広げ、やや大げさなリアクションで返された。


「ノートさぁ、これ私のアドバイスっつか、お節介だと思ってもらってもいいけど」

 そう前置きをし、グス子が神妙な面持ちで語り始める。


「あんたは今、友達以上恋愛未満にいると思うんだ。だからこそマジで悩んでほしい。この先、イオたんとどうやって接していきたいかってことをさ」

「小手指とのこれから……か」

「うん。ノートは誰かに背を押されなくちゃ動かないタイプだと感じたからね。こうして心を殴ってるわけさ。んで、この先考えるのはノート自身の役目」


 俺は小手指と、どんな間柄になりたいのだろうか。

 今まで考えもしなかったことが、グス子によって掘り返される。


 違うな、これ。

 俺があえて見ないようにし、脳内金庫に施錠して封印してた感情だ。

 それでも他の皆にはバレバレだったってのが悲しいとこだけどな。


「考えてみぃよ。きちんと、さ」

「……そうだな。それが正しいことだって思えてきたよ」

「偉いっ! ノートのそういう素直なトコ、私結構好きなんよねー。いやー相手がイオたんじゃなかったら、ここで襲ってたぞー」

「嘘こけ。いや、ありがとうな中城。どうにもかっこ悪いとこ見せてたみたいでさ」


 ぺこりと一応、頭を下げてお礼を言っておこう。

 不甲斐ない俺に代わり、いいにくいことを伝えてくれたのだ。感謝しかない。


「うっし、じゃあ帰ろうぜぃ」

 勢いよく立ち上がったとき、大きな風が吹いた。

 

 勢いよくまくれ上がるスカート。中城の染まった頬とのコントラストがなぜか鮮烈に目に残った。

「ばーか! へへ、残念でした、私今日スパッツなんでーす。もしかして見たかったぁ?」


 得意満面に腕組みをし、鼻息荒い中城だが、悲しいお知らせがある。


「白だった」

「は?」

「スパッツじゃ……なかった」

「マ……?」


 慌てて確認する中城だが、色々と装備品の点検をした結果、さらに顔面を紅潮させる結果に陥ったようだ。


「ノノノノノート! ばかやろ、今日はその、これ、見せていい奴じゃないんだよよ! なんで見たし!」

「知るか! それは気象予報士にでも言ってくれ。俺は風神様じゃないんだぞ」


「んあー最悪、これダメな奴じゃんさー。あああああ、もっと可愛いのはいとけばよかったぁ……」

 ドンへこみの中城だが、そこに大風の第二波が襲った。

 流石に今度はスカートを鉄壁の防御で守り切ったが、バランスを崩して態勢を崩してしまったようだ。


 グキ、と嫌な音が聞こえた。

「おい、今のなんだ。足大丈夫か?」

「あいつつつつ、やっべ、足くじいたかも。いってー、超いってー。うあーこれから部活なのにー」

 

 じたばたと駄々をこねるように暴れる中城だったが、流石に痛みがまさったのか、次第に大人しくなってきた。

「保健室、行くぞ」

「うえ、あそこ嫌い」

「注射嫌がる子供みたいなこと言うな、ほれ」


 俺は背中をそっと差し出した。

 中城程度の体形ならば、俺がおぶって行ってもさして支障はなかろう。


「え、いや、それはイオたんに……悪いっつーか」

「怪我人が最優先だ。いいから背中におぶされ」

「…………うん」


 よっこいせっと、おじさん臭い掛け声を出し、俺は再び屋上の扉を開ける。

 階段を下りているときに、不意に背中に何か細いものが躍った。


 小手指がよくやる指文字だろうか。

 ぐるぐると迷い筆をしていた指は、やがて一つの文字列をアウトプットした。


『やさしいね』

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