第6話 つきあってるの?
「なあノート、お前小手指とつき合ってんの?」
リッキーが急に突拍子もないことをのたまい、俺の気管支に遠隔攻撃を行ってきた。陽キャ故の会話の無軌道ぶりと言えばそれまでだが、どうにも彼は確信めいたものを持っているらしい。
「いや別になにもないが。なんでそんなこと思ったんだ?」
「裾掴んで登校とか、普通ドコのバカップルでもやらねーよ。ってか最近頻繁に小手指と一緒にいるじゃん。あれで疑うなってのは無理っしょ」
確かに、と納得は出来る。
俺に発生している謎イベントは、全て小手指がらみのものだ。
「お、恋バナしてるん? えー私も混ぜてよ」
「お、聞いちゃう? グス子もやっぱそう思うっしょー?」
「いや、話分からんし。あとグス子いうな」
見事に全身日焼けした、ショートカットの女子がリッキーの背中に肘打ちをする。
ボーイッシュな見た目通りに、やることが結構アグレッシブだ。
ちなみにグスコーブドリの伝記から名前が来ているのではなく、『なかぐすく』という苗字の短縮でグス子と呼ばれている。
「つか月読ノート君だっけ、ノートでいいよね。何気に初絡みだね」
「だね。よろしく、中城さん」
「かったーい! もうグス子でいいや。そっちの方が馴染みやすいっしょ。ささ、呼んでみ?」
「お、おう……グス子……さん」
ぶっぶーと両手で大きなバツ印を作る。
さん付けもアウトのようだ。
中城さん。フルネームで
「こいつカタブツだからなー。おう、そういえばグス子、聞いてくれよ」
「あいあい。何があったかこの中城お姉さんに言ってみ」
頼みもしてない解説を、情熱と感情をこめてリッキーが解説する。
将来こやつはテレビ関係の仕事とか向いてそうだな、と人ごとのように思った。
「――ってわけで、最近ノートが小手指とベッタリでよー。俺に構ってくれないんだわ」
「あー、私も朝見たし。てかあの小手指が懐くなんて、ノート、結構やるじゃん」
「懐いている……んだろうか。確かに少しは心を開いてくれてるとは思うけど」
小手指は今、丁度席を外していて教室にいない。聞かれなくてよかった。
もっとも居たとしても、リッキーなら遠慮なく話すだろうが。
「あれなー。どう見ても付き合いたての初々しいお二人さんなんよね。なんかこう、近寄っちゃダメ感がさー」
「それな。グス子もそう思うよな」
中城はショートにした黒髪に、ところどころピンクのメッシュを入れている。
水泳部だってのは知ってる気がするが、他の運動部と違って、髪型に大きな制約はないのだろうか。
「朝ばったり会ったんだよ。それで成り行き上……」
「成り行きで裾をぎゅーっとして登校しないっしょ。私後ろから見てたけど、昇降口でもずっと離さなかったじゃんさ」
「そこまで見てたんかい。うーん、まあ、そういうこともあった……かな」
やるねぇ、とリッキーが茶化す。やめなよ男子ぃ的な物言いで咎めるも、中城も楽しんでいる様子である。
「んでさ、どっちから告ったわけ?」
「いや、告るも何もつき合ってないぞ」
「はいダウト。ノートさぁ、俺たち親友じゃん? そういう隠し事せんでええから」
いつにもましてリッキーの追撃が激しい。
こいつこんなに恋バナ好きだったのか。人の恋路……もとい、交友関係は蜜の味とでも思っているのだろうかね。
「まー小手指人気あるからねー。あの通りぽやーっとしてるとこ多いし、ちゃんと捕まえてないと駄目だよ」
中城は人さし指を立ててくるくると回しながら講義をする。
彼らに俺たちの関係性を、どのように言えば理解してもらえるのか。
「実は購買部で小手指さんを助けたことがあって。それがきっかけで色々と話すようになった感じだよ。二人が思ってるような関係じゃないって」
「へー。ふー-ん。ほー--う」
あ、聞いてねえ。
ていうか、その『若い人はええのう』みたいなにやけ顔はやめてくれ。
髪をファサっとかきあげた中城から、まるでシナモンのような甘い匂いが発せられた。
そういえば小手指からも桃の香りがしたっけか。
最近の女子は、フルーツ系のフレグランスシャンプーでも流行ってるのだろうか。
ボディソープでそのまま頭も洗ってしまう俺としては、未知すぎるエリアだった。
「じゃあさ、ノート。いっそもう告っちゃったら?」
「言えるわけないだろう……ってか、待て、何でそういう流れ作ろうとしてんだよ」
「今言えるわけないって口にしたね? じゃあ心の中では割と好き好きなんじゃん」
中城のオフェンスも中々に厳しい。
そこまでして俺と小手指を結び付けたいのだろうか。それにどんなメリットがあるのかちょっとわからない。
「お、この話はここまでな。よしノート、次の数学の準備しようぜぃ」
「ああそうだな。ってか切り替え早いな、おい」
教室に小手指の姿が見えた瞬間、二人はあっという間に話題を切り上げる。
まるで何も話していませんでしたよーという風を装い、じゃあな、と手を挙げて中城を見送っていた。
◇
数学は苦手だ。
いや、得意な教科があるのかと言われれば、それは断じて存在しないのだが。
理系科目は俺にとって鬼門にすぎる。
ポン、とでも音がしそうなほどだった。
折りたたまれた紙片が、二つ右隣りの中城から飛ばされてきた。
こっちを見て、早く読めと急かしている。嫌な予感しかしないのだが、スルーするとそれはそれで後が怖い。
『放課後、屋上――
え、何?
俺シメられるの? 何か中城の機嫌を損ねる真似をしてしまったのだろうか。
ちら、と彼女の方を見ると、ウインクらしき合図を送ってきていた。
両目とも閉じてしまっているので、恐らくはウインク出来ない派の人だろう。
『小手指に告白! ラブラブちゅっちゅ大作戦会議!』
眩暈がする。
中城の中身が四十代の男性と言われても納得しそうな文面だった。
ってか、行かねえよ。
なんだこの作戦名は。そもそも俺は小手指のことは、ただのクラスメイトだと認識している。
そこに恋だの愛だのを持ち込んで、強引に押し付けようとするのは迷惑だ。
左の席にいる小手指を盗み見る。
彼女は一生懸命ノートを取り、腰をむずむずさせて『小手指ステップ』を発動していた。
よほど文字を書くのが好きらしい。もっとも、今の時間は数学なので、アラビア数字や数式の類になるのだが。
ポン、とまた紙片が机に落ちる。
中城、コントロールいいな。教師に気づかれることなく、絶妙な位置に手紙を落としてくる。
『参加は義務。来なかったら、明日公開処刑』
怖っ!
暴君中城の命令は絶対なのか。
俺は顔を引きつらせ、審判の時を待つしかなかった。
他人から勧められる恋路など、本当の恋ではないと思う。
俺が俺自身で、本当に心奪われたとき。それが真の恋ではなかろうか。
放課後になり、俺は中城に指定された屋上へと足を運ぶ。
無表情だが、ふっと寂しそうに眼を潤ませた小手指が、とても印象的だった。
胸が蜂に刺されたように、チクリと痛んだ。
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