第3話 指であそぼ

 なんとも不思議な構図だと、人は思うに違いない。

 ノッポでデカブツの俺と、長い黒髪に包まれるような小動物系美少女。

 警察に見とがめられたらどうしよう、などと無駄に緊張してしまう。


 学校から出ると、小手指は俺のブレザーの裾をちょいと摘まむ。

 人の目を気にしていたのか、その動きはおずおずとしたものだったが、一度掴むと接着剤でくっついたようにどこまでもホーミングしてくる。


「なあ小手指さん、あんまり側によると誤解されるかもしれないよ」

「…………おしるこ」


 !?

 しゃ……べった……だと。


 この革命的な行動をどう言い表せばいいのだろうか。

 過去にアメリカが成功させたという月面着陸に近いかもしれない。

 それともフランス革命だろうか。

 俺の中では歴史的な転回点であると比喩することもできる。


「小手指さん、今……」

「……」

 うっかり発言だったのだろうか。彼女は貝のように押し黙ってしまった。

 記念すべき第一ワードがおしるこってのも絶妙にずれていて、可愛い。

 なんだこの緊張感は。俺はなぜこんなにも手汗が出るのだろうか。


 しゅしゅしゅ、と背中に指が滑る。

「これも……ひらがなかな。『た』『の』」

 楽しみ……ということだろうか。小手指は甘党の可能性大かも。


「次は『し』で『み』で終わるのかな」

 大きく背中に×印を書かれる。

 そうだった、先読みをされてしまうのは、小手指にとって恥ずかしいことなのかもしれない。


 指が再び躍る。

「『し』……うん、それと……『め』」

 

 ぷんすかと音が聞こえてきそうな、優しいお怒りの命令だった。

「そうだね、俺もおしるこ久しぶりに食べたいから楽しみだよ」

「……」


 ブレザーを握っている手が子犬の尻尾みたいに揺れる。

 俺の中の小手指さんデータが、どんどん蓄積されていく気がした。


 一定の場所までたどり着いたとき、小手指が俺から離れて、トトトと小走りする。

 そのままとある店舗の前でぴたりと停止し、両手でおいでおいでをしていた。


 驚愕の色合い。

『サイケデリック・アンコ』と書かれた極彩色の看板が目を痛めてくる。

 パッションピンクに様々なカラーパレットをぶちまけたような店構えに、俺は思わず後ずさりをしてしまう。


 トトト、と再び小手指が近づいてきて、俺の袖を引く。

 この店に……入れと?

 抽象画を具現化したような世界で、和風のお菓子が出てくるというのだろうか。

 口から魂が飛んでいる状態のまま、俺は小手指と一緒にパステルグリーンの暖簾をくぐった。


「あらん、小手指ちゃん、いらっしゃぁい」

 やけにドスの効いたお姉口調が響く。

 軽快なセリフだが、妙に迫力があるのは気のせいだろうか。


「あらやだ! 今日は彼氏君と一緒なのね。んもう、そうならそう言ってよぅ」

 ぷるぷるぷると猛烈な勢いで首を横に振る俺だが、小手指は全く気にしていない様子だった。


 店長に促されるまま、俺たちは席についてメニューを開く。

 虹色の表紙をめくると、そこには現代風アートに近い和菓子の写真が記載されている。青い餡子とか、レモンイエローのどら焼きとか、この世に存在していていいのだろうか。


「おしるこ……だったっけな。今日の目的は」

 眩暈がしそうな画像に震えつつも、俺は必死にページをめくる。


『おしるこ ロケットダイブ』

 恐ろしいネーミングだった。

 蛍光ピンクの餡子とか、どうやって製造しているのだろうか。

 浮かんでいる餅もハート型にカッティングされており、ある意味ファンシーな世界とも言える。言えるんだが。


「小手指さん、これ……でいいの?」

「…………」

 指でピースサインを作り、小手指は卓上にあるモアイ像の形をしたベルを押した。


「決まったかしらぁん? あら、いつものおしるこちゃんね。二つでいいのぅ?」

「……」


 店長さんは小手指の無言モードに慣れているのか、メニューを下げてうきうきとキッチンへと消えていった。


「ん」

「えっ?」

 またしても喋った。

 小さく、短い言語だが、妙に感動を覚えてしまう。


 小手指は手を突き出し、親指をワキワキさせている。

 なんだ、この合図は。何かのハンドサインだろうか。もしかしたら某国のスパイ説も浮上……しないな、うん。


 俺は同じように手を真似て差し出すと、小手指にそっと四本の指を絡められた。

 むふーと鼻息をつき、親指を横に振っている。


「指相撲かな、これは。待ち時間でやろうっていうのか」

 コクコクとうなずき、小手指はやや前のめりになって集中しているようだ。


「指の長さが違うから、多分俺の方が強いと思うけど……いや、やってみないとわからないな。よし、勝負するか」

「…………」


 レディ、ゴー!


 親指というものに対して、フットワークが軽いという表現を用いていいのか疑問だが、小手指の動きが早い。

 普段ののんびりとした雰囲気からは想像もできないほどに、フェイントを織り交ぜながら俺の指を狙っている。


「…………しゅっ」

「くっ」

 小さい声で牽制するのは反則だろう。

 気を取られた一瞬で、俺の指はグラップリングされてしまった。


 使っていない左手で、小手指はスリーカウントをしている。

 ワン、ツー。

「負けるか、く、外れない? そんなまさか……」


 スリー。


 小手指の一本勝ちだった。

 どうも俺は指の関節を極められたらしく、まったく抵抗できずに敗北を喫する結果に終わる。小手指の意外な技術力に目を見張るばかりだ。


「あらん、仲がいいのね。そんなに手を握り合っちゃって」

 ロケットおしるこを運んできてくれた店長に指摘されて、初めて気が付いた。


 小手指と俺は、お互いに見つめ合いながら、ぎゅっと手を握り合っているということに。

 急いで手を放そうとしたのだが、それは出来なかった。


 小手指は顔を桜色に紅潮させながらも、しばらく俺の手を握り続ける。

 こちょこちょと俺の手の甲に、小手指は文字を書く。

 右手は握っており、左手がペンだ。


『た』『の』『し』

 

 うん、そうだね。こういうのもいいかもしれない。


『か』『ろ』


 急に平安時代になって、思わずおしるこをこぼしそうになるほどずっこけた。

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