第3話 指であそぼ
なんとも不思議な構図だと、人は思うに違いない。
ノッポでデカブツの俺と、長い黒髪に包まれるような小動物系美少女。
警察に見とがめられたらどうしよう、などと無駄に緊張してしまう。
学校から出ると、小手指は俺のブレザーの裾をちょいと摘まむ。
人の目を気にしていたのか、その動きはおずおずとしたものだったが、一度掴むと接着剤でくっついたようにどこまでもホーミングしてくる。
「なあ小手指さん、あんまり側によると誤解されるかもしれないよ」
「…………おしるこ」
!?
しゃ……べった……だと。
この革命的な行動をどう言い表せばいいのだろうか。
過去にアメリカが成功させたという月面着陸に近いかもしれない。
それともフランス革命だろうか。
俺の中では歴史的な転回点であると比喩することもできる。
「小手指さん、今……」
「……」
うっかり発言だったのだろうか。彼女は貝のように押し黙ってしまった。
記念すべき第一ワードがおしるこってのも絶妙にずれていて、可愛い。
なんだこの緊張感は。俺はなぜこんなにも手汗が出るのだろうか。
しゅしゅしゅ、と背中に指が滑る。
「これも……ひらがなかな。『た』『の』」
楽しみ……ということだろうか。小手指は甘党の可能性大かも。
「次は『し』で『み』で終わるのかな」
大きく背中に×印を書かれる。
そうだった、先読みをされてしまうのは、小手指にとって恥ずかしいことなのかもしれない。
指が再び躍る。
「『し』……うん、それと……『め』」
ぷんすかと音が聞こえてきそうな、優しいお怒りの命令だった。
「そうだね、俺もおしるこ久しぶりに食べたいから楽しみだよ」
「……」
ブレザーを握っている手が子犬の尻尾みたいに揺れる。
俺の中の小手指さんデータが、どんどん蓄積されていく気がした。
◇
一定の場所までたどり着いたとき、小手指が俺から離れて、トトトと小走りする。
そのままとある店舗の前でぴたりと停止し、両手でおいでおいでをしていた。
驚愕の色合い。
『サイケデリック・アンコ』と書かれた極彩色の看板が目を痛めてくる。
パッションピンクに様々なカラーパレットをぶちまけたような店構えに、俺は思わず後ずさりをしてしまう。
トトト、と再び小手指が近づいてきて、俺の袖を引く。
この店に……入れと?
抽象画を具現化したような世界で、和風のお菓子が出てくるというのだろうか。
口から魂が飛んでいる状態のまま、俺は小手指と一緒にパステルグリーンの暖簾をくぐった。
「あらん、小手指ちゃん、いらっしゃぁい」
やけにドスの効いたお姉口調が響く。
軽快なセリフだが、妙に迫力があるのは気のせいだろうか。
「あらやだ! 今日は彼氏君と一緒なのね。んもう、そうならそう言ってよぅ」
ぷるぷるぷると猛烈な勢いで首を横に振る俺だが、小手指は全く気にしていない様子だった。
店長に促されるまま、俺たちは席についてメニューを開く。
虹色の表紙をめくると、そこには現代風アートに近い和菓子の写真が記載されている。青い餡子とか、レモンイエローのどら焼きとか、この世に存在していていいのだろうか。
「おしるこ……だったっけな。今日の目的は」
眩暈がしそうな画像に震えつつも、俺は必死にページをめくる。
『おしるこ ロケットダイブ』
恐ろしいネーミングだった。
蛍光ピンクの餡子とか、どうやって製造しているのだろうか。
浮かんでいる餅もハート型にカッティングされており、ある意味ファンシーな世界とも言える。言えるんだが。
「小手指さん、これ……でいいの?」
「…………」
指でピースサインを作り、小手指は卓上にあるモアイ像の形をしたベルを押した。
「決まったかしらぁん? あら、いつものおしるこちゃんね。二つでいいのぅ?」
「……」
店長さんは小手指の無言モードに慣れているのか、メニューを下げてうきうきとキッチンへと消えていった。
「ん」
「えっ?」
またしても喋った。
小さく、短い言語だが、妙に感動を覚えてしまう。
小手指は手を突き出し、親指をワキワキさせている。
なんだ、この合図は。何かのハンドサインだろうか。もしかしたら某国のスパイ説も浮上……しないな、うん。
俺は同じように手を真似て差し出すと、小手指にそっと四本の指を絡められた。
むふーと鼻息をつき、親指を横に振っている。
「指相撲かな、これは。待ち時間でやろうっていうのか」
コクコクとうなずき、小手指はやや前のめりになって集中しているようだ。
「指の長さが違うから、多分俺の方が強いと思うけど……いや、やってみないとわからないな。よし、勝負するか」
「…………」
レディ、ゴー!
親指というものに対して、フットワークが軽いという表現を用いていいのか疑問だが、小手指の動きが早い。
普段ののんびりとした雰囲気からは想像もできないほどに、フェイントを織り交ぜながら俺の指を狙っている。
「…………しゅっ」
「くっ」
小さい声で牽制するのは反則だろう。
気を取られた一瞬で、俺の指はグラップリングされてしまった。
使っていない左手で、小手指はスリーカウントをしている。
ワン、ツー。
「負けるか、く、外れない? そんなまさか……」
スリー。
小手指の一本勝ちだった。
どうも俺は指の関節を極められたらしく、まったく抵抗できずに敗北を喫する結果に終わる。小手指の意外な技術力に目を見張るばかりだ。
「あらん、仲がいいのね。そんなに手を握り合っちゃって」
ロケットおしるこを運んできてくれた店長に指摘されて、初めて気が付いた。
小手指と俺は、お互いに見つめ合いながら、ぎゅっと手を握り合っているということに。
急いで手を放そうとしたのだが、それは出来なかった。
小手指は顔を桜色に紅潮させながらも、しばらく俺の手を握り続ける。
こちょこちょと俺の手の甲に、小手指は文字を書く。
右手は握っており、左手がペンだ。
『た』『の』『し』
うん、そうだね。こういうのもいいかもしれない。
『か』『ろ』
急に平安時代になって、思わずおしるこをこぼしそうになるほどずっこけた。
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