第十五話 誤解
シャルルをメイド候補として受け入れてから3日が経った。
司令部の相変わらずのギスギスした空気を除けば、旅は順調そのもの。シャルルも他の少女たちとうまくやれているようだった。好奇心旺盛な少女たちに押されて、ほのかな笑みを浮かべる姿も多く見るようになってきた。
さりとて、安心してばかりもいられない。
シャルルが暗殺を諦めたのも俺に叛意があると知ったから。
その信頼にこたえるためにも、何より今後のためにもその方法について真剣に考える必要があった。
「さて、それでは始めようか。
私たちの命運を決める会議を」
というわけでやってきたのは、旧監禁部屋を改修した会議室。
メンバーは俺、シャルル、そしてマリーナさん。あの時あの場にいた三人である。ありがたいことに二人とも俺の意思を汲んでくれて、今回の話が外に漏れることもなかった。
いやあ。今まではずっと一人だったから、こうして顔を付き合わせて戦略を練られるだけでありがたいなあ。
やっぱり、俺の判断は英断だったな、うん。
……ま、まあその内の一人は気に食わなかったらナイフで刺してくるツンデレ(物理)なわけだけれども。それは置いておくとして、だ。
「私の意思は先に話した通りだ。
ではシャルル。私はどうしたらいいと思う? 是非忌憚ない意見を聞かせてくれ」
「どうしたらって、そなたなあ……」
普通
とはいえある程度は予想していたのか、すぐに口火を切った。
「まあ一番最初に思いつくのは、武装蜂起じゃろうな。
皇帝本人あるいはその側近の打倒を掲げ、周辺を巻き込みながら主星のエルドラーデ星へと軍を進めるのじゃ」
「ふむ。
もし仮に私がこの艦隊の全てを掌握していて、今ここで反逆したとしたら、だ。シャルル、お前は成功すると思うか?」
「……難しいじゃろうな。
今の皇帝は慎重家にして臆病者。主星たるエルドラーデ星の周りには強固な防衛線が張り巡らされ、本人もまた皇居から滅多に外に出ないのじゃ。
元帥レベルの協力者でもいなければ、たった30隻かそこらの艦隊でそこを突破できるとは思えぬ。
側近を狙うなら少しは可能性があるやもしれぬが、今度はそれがどれだけ今の情勢に影響を与えるかが怪しいのじゃ。どうやら今の方針は皇帝本人の強い意志によるものらしいからの」
シャルルが語る暗い予想に、やっぱりそうだよなあという得心が広がっていく。
それに個人的には内乱という手段は使いたくなかった。
現実然りゲーム然り、
技術的に劣る地球側がエルドラーデ軍を破ったのは、その裏で起きた皇女が起こした反乱の影響だ、とか如何にもありそうな話じゃないか。
わき役として、ただ摺りつぶされるだけの歯車になるのは御免である。
例えそれが世界を救うために必要だとしても、やっぱり自分の幸せは追求したい。
「同盟国側に亡命するのはどうだ?
全面的な協力を申し出れば、奴らも私のことを無下にはしないだろう?」
「ふむ。悪くはないが……恐らくは受け入れられないじゃろうな。
現状、ほとんどの連盟国に帝国を退けられるだけの力はない。既に今回の戦争で帝国にどれだけ譲歩するかの議論が始まっているくらいには腰が引けておる。余計なことをして帝国に目を付けられたくないはずじゃ。
というか敵国の有力者が国内に侵入せんとしているのじゃ、何からの調略を警戒されてしかるべきじゃろう。例えその意思を伝えたしても返事を保留にされて、その間に離反を察した帝国軍に捻り潰されるのが関の山じゃな」
「……調略か」
確かに亡命希望者(皇女)なんて警戒されるよなあ。
最悪「亡命軍が国内で暴れる→
ってか、今さらっと戦後の議論をしてるって言ったよな?
一向に帰ろうとしないシャルルにある程度は察していたけど、タルタロッル王国の戦況はそれだけ悪いのかね。
本人に聞いてみたいけど、傷口を抉ることにもなりかねないからなあ。
うーん、難しい。どこかに逃げ込むにしてもやっぱりこの中途半端な立場が足を引っ張ってくるよなあ。
いや、まてよ。何もローゼ・ジンケヴィッツとして動かなくても構わないのか。
例えば身元を隠しながら何処かに潜伏して、地球が帝国を打ち破るのは待つ、とか。技術的に可能かどうかは後で確認するとして、この八方ふさがりの状況を考えれば悪くはない気がする。
ただまあ、これは最終手段だな。
あの子たちには出来るだけ不自由を掛けたくないし、最悪シャルルのお気に召さなければ最悪今すぐ首ちょんぱだ。
やっぱり個人で、出来るならこの艦隊ごと地球に寝返るのが一番なんかねえ。
でも、あくまでこれの根拠は俺が元地球人で、ここがゲームの世界だと知っているからとかいうクソ曖昧なものなんだよなあ。
フラグとかが一切分からない以上、そもそも本当に地球側が帝国を倒せるかも定かじゃないし……。
三人を包む沈黙。
行き詰まった会議に、シャルルは声音を変えて話し始めた。
「まあどんな手を取るにしろ、まず篭絡すべき人物は決まっておろう。
植民惑星ロゼッタ出身、そなたの副官、ローガー・モルナじゃよ」
「それじゃあ今日はわたしが洗ってあげる~」「ちょ、自分でやるから大丈夫なのじゃーー」
風呂の洗い場で、シャルルのサラサラの金髪を洗おうとする少女たちと、身をよじってそれを防ぐ彼女。
俺はそんな呑気な光景をボーと眺めていた。
結局、ローガーさんを呼び寄せ「今の帝国についてどう思う?」とか「何か不満に感じることはないか?」と聞いてみても、返ってきたのは絵に描いたような帝国賛美ばかり。
今までずっと帝国の中で苦汁を飲まされてきたのだ。
そりゃあそんな簡単に信じられないよなあ。
交渉って、本当に難しい。
一回りも二回りも大きい男性相手に腹の探り合いをするような力なんて俺にはないってばよ。
「……ローゼ様。
今日の授業中、シャルルたちと一緒に何処に行っていたんですか?」
と、珍しくどこか不満げな様子でサラが近づいてきた。
もしかして俺がいなくて寂しかったのかな、なんて流石にそれは自意識過剰か。
「なに、これからの生活について色々と話すことがあってな」
「へー、ふーん? そうですか。
じゃあローガーさんが呼ばれたのかのは全然関係ないんですね」
「そ、そうだな」
冷たいジト目に見止められ、思わず冷や汗をかく。
う、うちのメイドっ子の勘が妙に鋭い。
とはいえ簡単に認めるわけにもいかないよなあ。裏工作するなら少ない人数がいいし、何よりこの子達には背負わせたくない。
そんな硬い意志の元に黙り込んでいると、やがてサラはまるで迷子の子犬のようなか細い声を零した。
「……私たちじゃ、駄目なんですか?
ぽっと出のシャルルがそんなにいいんですか?」
「っ。い、いやそうではなくて、だな。
ただあいつの場合、出自が特殊で……」
その思い詰めた雰囲気に、言い訳が萎れていく。
『ローゼ様はひきょうです、かってですっ。
私達にはローゼ様しかいないのにっ』
『大丈夫です。私たちみんな、その覚悟はできていますっ』
思い出すのは、そう言って涙をこぼした彼女の姿。そして再三の脅しにも屈しずに、俺の傍にいることを選んでくれた彼女たち。
俺の選択によって彼女たちの命運は大きく変わるのだ。
サラたちには何も知らずに笑っていてほしいっていうのは俺のエゴ、なんかな。
あーくそ。
大事にしたい子たちにこんな顔をさせるなんて、主人失格だよなあ。ほんと。
「その、だな。実は私はあることをしようと画策していて……」
「知っています。
ローゼ様は帝国を裏切るつもりなんですよね」
「っ」
「全く、あれで隠している気だったんですか?
エリーでも薄々わかっていましたよ。今の帝国に不満があって、
「……そうか」
サラの確信を突く一言に、沸き上がってくるのは驚愕と羞恥心。
まじか。普通に気付かれてたんか。
うわああ。めっちゃ恥ずかしい奴じゃん、俺。
サラが横一文字に唇を結び、手を指し出てくる。
「ローゼ様は私たちを地獄の底から掬い上げてくださいました。
だから今度は私たちの番です。どうか、その重荷の一部を背負わせてください」
「……全く、本当に馬鹿な奴らだな。
分かった。ではこれからは私のためによく励むんだな」
言い寄れぬ高揚感を胸に、サラの手を握る。
かくして俺は頼もしい(?)仲間を手に入れた。
因みに彼女たちの勘違いに気付いたのは、全てが手遅れになった後の話である。
悪役宇宙人にTS転生したので、破滅フラグをへし折るために全力で地球人と仲良くなります 水品 奏多 @mizusina
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