第十四話 根拠
『よいか、シャルル?
例え国同士のいざこざであろうと、その裏にあるのは人の営み。人情じゃ。
わてたちに交戦の意図がないことを伝えれば、あちらも矛を収めてくれるであろう』
そう言って勇ましく戦地へと旅立っていった
突如
その蛮行を止めるべく、彼女は使者として彼らの元へと赴いたのだ。
しかし、前線到着の報の後、何の音沙汰もないままただ時間だけが過ぎていった。
臣下より上げられる目を覆いたくなる報告の数々。余裕のない戦況に、次第にシャルルも戦場に立つようになってーー
「っ」
目が覚める。
視界に広がるのは、床で雑魚寝する少女たちと、ベッドの上で安らかに眠る彼女たちの主ーーローゼ・ジンケヴィッツの姿。
どうやらローゼは本当にシャルルを身内として受け入れるつもりらしい。
シャルルの出自を言いふらすような真似はせず、むしろ女中候補に与えるには丁重なくらいの好待遇を受けていた。
一緒に食堂でご飯を食べ、湯あみをして、彼女の部屋で眠る。
他の女人候補たちも特に思うところはないようで、実に子供らしい天真爛漫な笑顔を見せていた。
理想的な主従関係、
まさかこの程度で自分が絆されるとでも思っているのだろうか?
だとしたら舐められたものだ、とシャルルは無防備な寝顔をさらすローゼに近づいていく。
そもそもこの共犯関係を許したのはただのやけっぱちに過ぎないのだ。
連盟側の助力虚しく、滅亡寸前まで追いつめられた祖国。
警備の隙をついて牢を抜け出し敵の船へと潜入したはよいものの、すぐに居場所を見破られ進退窮まった自分。
シャルルの心にあるのは深い絶望だった。
自分に何の力がないのはとっくに分かっていた。自分が何をしようと祖国の窮地を救うことはできないのだと、数多の慰問や視察で思い知らされていた。
だから最後に一矢報いられればそれで良かったのだ。
亡国の姫に恥じぬ美しい最期だった、と後世の人間が語ってくれればそれで構わなかった。
それが何の気紛れか、今もこうして息をしている。
あろうことか敵国の人間たちと寝床を共にして。
『これで分かったはずだ。私とお前は同じ場所を向いている、と。
それに、どっちにしろ今のお前にまともな選択肢はないんだ。
ならば他の道を模索してからでも遅くはあるまい』
「……」
翻意のきっかけとなった、ローゼの言葉を思い出す。
ローゼはシャルルに同じ場所を向いていると言った。
ただ厳密には少し違う。確かにシャルルは王国のためを思っている、それは間違いない。
でも心がとっくに折れているのだ。その圧倒的な軍事力を目にして、もう二度と彼らの前に立ちたくないと思い至るまでに。
『そうだ、私は帝国を裏切る』
その現状を知っているはずなのに、自信満々に言い切ってみせたローゼ。
戦争中の敵国の内乱を誘発させるのは定石。タルタロッル王国とて、帝国に忍ばせた諜報機関を通じて何とか足場を崩せないかと手を尽くしたものだ。
その成り立ちからして、厳しい身分制度が存在する国なのだ。庶民惑星出身の人間など、反乱分子はそこら中に転がっていた。そんな彼らに片っ端から声をかけーー結局全部失敗に終わってしまった。
彼らもまた体制に歯向かうことを諦めた者たちだったのだ。
今の帝国は常勝無敗。その優勢を一番近くで見ていた上に、現状でもそこそこ甘い蜜が吸えると分かれば、反目する気持ちも失せよう。
つまりローゼが離反したとしても、それに続く勢力が現れる可能性は高くない。
もしローゼが何も考えてないただの夢想家なら、その反乱は失敗に終わるだろう。というかそうでなくともシャルルには今の帝国をひっくり返せる未来が露ほども思い浮かばなかった。
唾を飲み込んで、シャルルは天井を仰いだ。
やはり殺すべきだ。それが自分を信じていた者たちの手向けにもなるだろう。
「……いくら殿下の申しつけがあるとは言え、それ以上の狼藉は許しませんよ?」
ローゼの首に手を伸ばすと同時、誰かに腕を掴まれる。
見れば、ベッドによりかかって眠っていた一人の女中がこちらを制していた。
あの時ローゼと一緒にいて、シャルルの事情を知っている唯一の女性。確か名前はーー
「マリーナ、じゃったか。
よもやずっと起きて、童を監視しておったのではあるまいな?」
「まさか。
ただ不測の事態に対応できるよう教育されておりますので」
顔色を変えず、しれっと答えるマリーナ。
そこには主人に対する確かな信頼が感じ取れた。あるいは他の女中候補たちが彼女に向ける妄信ともいうべき重い感情に近しいほどに。
「……そなたらに思われるほど、こやつは良い主なのか?
行き過ぎたしつけにより、何人もの女中を病院送りにしたと聞いたが?」
「それ、は……」
マリーナが眉を寄せて視線を逸らす。
まだ両国にまともな交流があった頃、王国に流られてきた彼女の噂はろくなものではなかった。
曰く、新人のメイドをいびり倒してはその様を見て楽しんでいた。街中に繰り出しては女児を誘拐し、夜な夜な
どうやら彼女の反応を見るに、事実だったらしい。
シャルルの中に、ああやっぱりと嘲笑に似た暗澹たる感情が広がっていく。
「正直、殿下のことは私にもよく分かりません。
手が付けられないほどご乱心されたかと思えば、急に人が変わったようにおとなしくなられて……。
でも私は今の彼女が本来の殿下なんだと思ってます。
行き場がなくなった私を専属メイドとして指名してくださった、あの時の優しい殿下です」
頬を染めながらローゼの髪を優しく撫でるマリーナ。
まるでそれは恋する乙女のようでーー
「はっ。ご苦労なことじゃな。
いくら技術的に
「いいえ、そんなことありませんよ。
気付きませんでした? 風呂の時、殿下は私の方を一度もご覧にならなかったでしょう? あの時からずっと意識なさっているんですよ、私なんかのことを」
「……そうか」
どこか誇らしげに胸を張る彼女に、つい湯殿での光景が頭に蘇りそうになってーーすぐに馬鹿馬鹿しくなり踵を返した。
鬼畜同士の恋愛など勝手にすればいい。全てシャルルには関係ないことだ。
「……よろしいんですか?
あなたなら私を殺すことなど造作もないでしょう?」
「……」
背中に刺さる目障りな視線を無視して、シャルルは寝床へと戻る。
布団を被れば、そこに広がるのは静かな世界。
周りを囲む少女たちの寝息。空襲警報も、逃げ惑う臣民たちの悲鳴も聞こえない、ぬるま湯の安全地帯。
嗚呼。駄目だ。
どうして自分はこんなところにいるんだろう。なんで今、安心なんてしまったんだろう。
目尻に溜まった熱を零さぬように、シャルルは必死に目を瞑った。
「ローゼ。そなたは本当に帝国を倒せると思っているのか?」
次の日の朝、少女たちがいない間にローゼに聞いてみた。
もしかしたら自分たちが思いつかなかった妙手を知っているのかもしれない、という淡い期待を持って。
「……知っているか?
はっぴーえんど? ご都合主義?
それに何で急にテラージュの話が出てくるんじゃ?
さりとて、返ってきたのは思った以上に意味の分からない回答。
これは駄目やもしれぬな、とシャルルは小さくため息をついた。
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