第十三話 交渉



「童の名前は、シャルル・タルタロッル。

 お前たちが攻め滅ぼさんとしているタルタロッル王国の第三王女にして、そなたが助けた輸送船で運ばれていた人身御供じゃよ。

 ローゼ・ジンケヴィッツ。これから童の言うことを黙って聞くのじゃ。

 さなければそのか細い首、掻き切るぞ?」


 タルタロッル王国の王女、つまりは敵国の姫君。

 そんな彼女が皇女おれの背中に乗って、命の手綱を完全に握っている。


 まずいまずいまずいっ。一手間違えれば間違いなくデッドエンドだ、これ。

 と、とにかく今は適当に場を繋いで考えを纏めないと。


「お、驚いたな。どうやってここにっーー」


「聞こえなかったのじゃ?

 そなたに質問する権利はない。そこのメイドもじゃ。余計な行動を一つでもすれば、命がないものだと思え」


 ナイフの剣先が食い込み、鋭い痛みが走る。

 彼女は本気だ。本気で俺を殺しても構わないと思ってる。

 

 暴れ出す呼吸。カラカラと乾く口の中。

 頭が真っ白に染まりそうになる中、何とか言葉を紡ぐ。


「何が、望みだ?」


「今すぐ近くの軍港に寄り、お前たちの王に伝えるのじゃ。

 娘の命が惜しくば、今すぐ我が祖国タルタロッル王国から兵を引け、とな」


 なるほど。人質交渉、というやつだ。

 確かにそれは子を持つ親にとって有効な手段となりうるだろう。最もそれは相手がまともな親で、かつ子供をちゃんと愛していたら、という脚注は付くけれども。


「交渉材料に出来るほど、私に価値があると思うか?

 落ちこぼれと罵られ、挙句の果てに辺境へと飛ばされた、第十三番目の娘に?」


「っ……それでも構わんのじゃ。

 もし失敗したらそれまでのこと。そなたを道づれに、潔くこの世を去るのじゃ」


 わずかに声を強張らせ、それでも強く言い切る王女。

 

 ……どうする?

 

 皇帝お父様が交渉のテーブルに着くとは思えない。

 王女の要求に応えようと応えなかろうと俺を待っているのは死だ。

 自分のためにも、俺を信じてくれたあの子たちのためにも何としてもそれは避けたい。


 ちらりと周囲を見れば、固唾を呑んでこちらを見守るマリーナさんの姿。

 どうやら持っていたタブレットも落としてしまったらしい。何かの警報が鳴ったり、軍人たちが駆け寄ってくる気配は無かった。

 

 俺に出来るのは精々、彼女を説得して剣を下ろさせるくらい。

 ただ……説得、説得って言ってもなあ。

 ここで俺を殺したらただでは済まないことくらい彼女も分かっているはずだ。

 恐らく彼女の本音は後者。交渉が成功するとは露ほども信じてなくて、自分の命と引換と俺を殺せるならそれでいいと思っているのだ。

 そこまで覚悟を決めた相手に、敵側・・の人間が何を言っても響かんだろうよ。


 ……ん、いや、まてよ。

 ここで俺に帝国を裏切る意思があることを彼女に伝えるのはどうだ?


 今は状況的に仕方なくこうしているのかもしれないが、本来なら彼女もこんなこと望んでいないはずだ。祖国を助ける別の道があるなら、そちらを選びたいだろう。

 帝国の弱体化につながる俺の行動を、少なくとも止める理由はないはずだ。


 それに、俺からしても共犯者かのじょの存在は大きな切り札になりうる。

 俺が付くのは地球それ単体じゃなくても地球サイドの陣営ならいいのだ。

 例えば彼女を保護したとか言って連盟側に逃げ込むのはどうだ?

 連盟の後ろ盾があれば彼女も再起を図れるし、俺もある程度の信用は得られるはずだ。そこからうまい事と立ち回ればーーいやそれも難しいか。

 結局、第十三皇女という大した力もない、かといって放置するわけにはいかない中途半端な身分が邪魔になる。

 もし俺が交渉カードとして機能しないと分かれば、彼らの中で俺を保護する理由はなくなるのだ。最悪、「献上品どうもありがとう」から「さて……それじゃあ国民の士気高揚のために処刑じゃあああ」ムーブも十分ありうるだろう。


 うーむ、そう上手くは行かないよな。

 とはいえ、方向性は悪くないはずだ。どんな形での離反になろうと、俺と彼女の思惑は概ね一致する。帝国憎し、だ。

 俺を生かしておいた方がメリットがあると彼女が認識してくれれば、あるいはどうにかなるのかもしれない。

 

「……取引をしないか?

 将来的にお前たちの国の味方をしてやる、その代わり今の私に力を貸せ」


「はっ。何をいまさらっ。そんなの信じられるわけないじゃろうがっ。

 お前たちの方から攻めてきたんじゃぞ!? 条約を破り、あろうことか我が臣民たちを踏みつぶしてっ」


 王女の鬼気迫る声と共に、ナイフがどんどんと食い込んでくる。


 彼女は自分の国が帝国に蹂躙される様をその目で見てきたのか。そりゃあ帝国民おれの言葉なんて信じられるわけないよな。

 でもこっちとしても引くわけにもいかない。俺と彼女がここで死んで、あの子たちが悲しみに暮れるなんてことは絶対に御免だ。


「だからっ、今ここで提案をしているんだ。

 今の帝国に不満を抱く者の一人として、な」


「……そなた、自分が何を言っているのか分かっておるのか?

 つまりそれはーー」


「そうだ、私は帝国を裏切る」


「「っ」」


 俺の言葉に、二人が大きく唾を飲み込む。


 ……あーあ、言っちまった。でも、間違ってはいないはずだ。

 俺が裏切る以上、あの子たちの居場所は俺の傍にしかない。大人数での脱出となれば、マリーナさんの協力は必要不可欠だろう。

 問題は誰かに密告しないかだけど……まあ信じるしかないよなあ。


 長い長い沈黙の後、王女は静かに話し始めた。


「……どうする、つもりじゃ。

 そなたに大した力がないのはさっきも言ったはず。それで今の帝国にどう立ち向かうつもりじゃ」


「さあな。それはこれから考える。

 ただこれで分かったはずだ。私とお前は同じ場所を向いている、と。

 そうだろう、タルタロッル王国第三王女、シャルル・タルタロッル」


「……」


「それに、どっちにしろ今のお前にまともな選択肢はないんだ。

 ならば他の道を模索してからでも遅くはあるまい」


「……そんな世迷言を、童に信じろと申すのか?

 童にはただ生き残りたいがため、その場限りの嘘をついているようにしか見えないがのぉ」


 嘲るように、王女が刃先をするすると滑らせる。


 ひい。だ、だよなあ。うーむ、どうしたらいいんだろう。

 何か信用に足りそうなーーあ、そうだ。


「なあ、お前はずっとローゼ艦の中に潜伏したんだよな?

 それなら私が12人の少女と一緒に暮らしているのを知っているか?」


「何を言い出すかと思えば、勿論じゃよ。

 どうやら女児好きな噂は真実だったようじゃな」


「……そうか。ならこれでどうだ?

 おい、お前たちっ。こっちに来ていいぞっ」


 どんだけ俺の悪名轟いてるねんというツッコミはさておき、声を張り上げて少女たちを呼び寄せる。

 ぞろぞろと向こうの通路から近づいてくる小さな気配。


「……なにを、するつもりじゃ?

 童は例え子供の前であろうと関係なくそなたを殺すぞ?」


「ふん、わかってる。

 それと騒がれたくなかったらナイフは首の後ろに当てるんだな」


「……」


 無言でナイフの位置を変える王女。ひえ、怖いって。

 通路に少女たちの姿が見えると、俺は震える手で上に乗る王女を指さした。


「あー、お前たちに紹介する。

 これからお前たちの仲間になるシャルルだ。

 どうやら食事欲しさにローゼ艦に忍び込んだようでな、仕方なく私が育ててやることにした」


「はああ?」「で、殿下っ!?」


「ほんとにっ!? 何処から来たのっ」


 俺の言葉にすぐさま駆け寄ってくる少女たち。

 ここまで大勢の前で宣言したら前言撤回しづらいし、何より一緒に暮らしていたら俺を殺す機会は何度だって訪れるだろう。

 俺はお前に自由にさせる。だからその間に俺の言葉が真かどうか見極めればいい。


 そんな意図を持った言葉に、王女は小さく息を吐いた後ゆっくりと話し始めた。


「遠いところから、やってきたんじゃよ。

 実は向こうで賊に襲われてな。それで身一つでここまで連れてこられたんじゃ」


「ええっ、大変だねっ。そ、それじゃあ早く帰らないとっ」


「……そう、じゃな。出来るなら、そうしたいものじゃな」


 王女の掠れた声と同時、首の後ろに何か小さいものが落ちる。 

 ……。ほんと、碌なもんじゃないよな。戦争って。


「そなた、童がそなたのメイド候補を殺すとは思わんのか?」


「っ」


 ぽつりと零した王女の言葉に、電撃が走ったような感覚に襲われる。


 そ、そうじゃん。王女からしたら俺たち全員が敵国民。あの子たちを殺す理由にはそれで十分だ。

 やっべ。俺一人危険な目に合うなら別に良かったけど、流石にこれはーー


「……案ずるな。帝国の下郎共と違って、無関係な人間を殺すなど童はせんよ。

 そもそも己が命を散らして得られるのが人間一人の命なんてどう考えても割に合わんしのお」


 呆れたように笑って、俺の肩から下りる王女。

 割に合わない、ね。これはあれか? 説得が成功した感じか?


「勘違いするでない。童はただそなたを見極めることにしただけじゃ。

 生殺与奪の権は童が握っておる旨、ゆめゆめ忘れるでないぞ?」


 くるり、とナイフを着物の袖に隠しながら、シャルルは鋭利な光を灯した瞳で振り返った。


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