第十二話 積み荷
「や、やはりここはローゼ殿下がーー」
「だから何度も言っているだろう。
お前にはお前たち
「し、しかしっ、私なんかの愚考が入ったら、その」
「お父様の意向に背くことになる、か? それでいい、むしろそれがいい。
……頼む、マーシャ。私にはお前しかいないんだ」
その翌日。応接間の前で、いやいやと首を振るマーシャさんを拝み倒す。
教える時代が現代に近づく中、俺が彼女に頼んだのは「マーシャさん自身が今の帝国に対して抱く印象を少女たちに聞かせてあげてほしい」というもの。
マーシャさんからしたら「なんでっ!?」と思うお願いだろうけど、俺にとってはマジで死活問題なのだ。教科書なんて多分検閲入りまくりで国に都合がよい内容しか書かれていないだろうからなあ。
皇族付きメイドともなれば洗脳教育も行き届いているかもしれないという懸念はあったものの、この様子を見るに彼女は帝国にあまり良い思いは抱いていないようだ。今日に限って何故か他二人のメイドは仕事があるらしいし、むしろマーシャさんが最適解と言えよう。
「うう……わ、わかりましたよお。
やればいいんですよね、やればっ」
俺の必死の説得が通じたのか、若干の涙目で応接間の扉を開けるマーシャさん。
それからどこか吹っ切れたように話し始めた。
「えー、それでは社会の授業を始めます。
前回はエルドラーデ星の統一国家となったエルドラーデ帝国が、先代皇帝の崩御を機に内戦状態になったところまで進みましたね。
これは皇位を継承なさるはずだった第一皇子が逝去され、直系の血筋が完全に途絶えたと見られたことが大きいです。
何人もの人間が後継者として名乗りを上げ、戦乱の時代は何十年も続きました。
そして戦火の中、あの星読みの一族までもが凶刃に倒れてしまうのです」
マーシャさんの話を、茶々を入れずにじっと聞き入る12人の少女たち。
こういうところも意外と聡いんだよなあ、子供って。
星読みというのはエルドラーデ帝国の中で「皇帝の相談役」として長く仕えてきた一族だ。
下界とは隔絶された宮殿で暮らし、人知を超えた不思議な力が使えると噂されていた彼らはその力を使って、度々
ただ残念ながら彼らについては今でも謎が多いらしく、詳しく聞いてみてもそれ以上のことは分からなかった。
多分、日本で言うところの陰陽師みたいな感じの役職だと思う。
アーティア人といい、意外とファンタジー要素も多いんだよなあ、この世界。
「何者かの手により焼き野原となった星読みの宮殿。
この事件でかの一族は完全に滅びました。たった一人、宮殿の守護者たる近衛隊に助け出された男児を除いて。
その男児こそが星読みの一族唯一の生き残りにして、先代皇帝の直系でもあらせられたゲラルト陛下です。陛下はご自身の出自、圧倒的なカリスマ、そして近衛隊を用い、たった1年で全土を平定されました。
この近衛隊が今の親衛隊となるわけですね。
その後は技術革新を推し進め、我が国は即位から8年後に晴れて宇宙連盟の一員となったのです」
マーシャさんはそこで息を吐き、目で訴えてくる。止めるなら今ですよ、と。
俺はそれに鷹揚に頷いて続きを促すと、彼女の説明を吟味した。
星読みと先代皇帝、両方の血を引いた皇帝ね。そりゃあ支持も集まるよなあ。
……あれ、でも直系がいなくなったから内乱になったんじゃなかった?
あ、だから「見られた」っていったのか。星読みの宮殿?で育ったから気付かれなかった、とかそんな感じなんかね?
「……分かりました。では。
しかし、問題はここからです。連盟に入り、エルドラーデ大銀河帝国と名前を改めた我が国は、条約違反を繰り返しました。
数多の未開文明に侵攻して植民地とし、しまいには同じ加盟国であるタルタロッル王国にまで領土侵犯を理由に攻め込んだのです。それからは
しかも言論弾圧が強くなったせいで、修行中にちょっと批判的なことを言ったら、すーぐこっちに飛ばされてしまいましたよ。
あ、いえローゼ殿下のお側が嫌ってわけじゃないんですけどねっ」
「……構わんよ。昔の私は相当ひどかったようだからな」
ぶっちゃけるところまでぶっちゃけたマーシャさんに、思わず笑みが零れる。
やっぱり帝国は世界の問題児、なんかねえ。
それと飛ばされた、か。他の未開文明にも攻め込んだみたいだし、今回のこれもそのうちの一つに過ぎないんだろうなあ。あーやだやだ。
「……だから、ローゼ様がどうにかするの、です?」
不意に浴びせられたエリーの疑問に、心臓を掴まれたような感覚に襲われる。
ああ、なるほど。昨日のあれを俺が
勿論そういう気持ちもあるといえばある。でもそれは難しいだろうなあ。
戦力的な問題は元より、そもそも俺は政治学者でも為政者でもないのだ。
マーシャさんやタルタロッル王国?側に正義があるように、エルドラーデ帝国側にも正義はあるのだろう。どっちの国の主張が正しいかは判断する力も資格も俺にはない。
地球に味方するのだって
ただそれでも、平和を愛する一市民として、たまたま特別な役職を与えられた一般人として、戦争とかは見過ごせなかったからーー
「ふ、そうだな。
もしできるなら、お父様を止めてみたいものだな」
ーー何気なく、そう答えたのだった。
「……そういえば、みんなは知ってる? ローゼ区に出るゆーれいのうわさ」
夜も近づき、薄暗くなってきた艦内(船員の体内時計を調整するため、時間に応じて廊下の照明の波長や照度を変化させているらしい)。
そこをみんなで食堂に向かっている時、一人の少女がやけにおどろおどろしい口調で話し始めた。
広いおでことちょんまげがトレードマークの彼女の名前はオルネラ・ロビアンコ。
ちょっぴり悪戯好きな、6歳の女の子である。
「ぼく、きのうのよるに見ちゃったんだ~。
そこの上からおちる小さなかげをっ」
「や、やめてくださいっ。ゆゆゆゆーれいなんているわけないじゃないですかっ」「そ、そうよ」「ひゃあ」
オルネラの仰々しい仕草に、情けない声を上げるサラを筆頭とする少女たち。
うーむ。小さな影、ね。何かの備品が落ちたとかそんな感じかな?
「あれ、こわがってる?
むふふー。それからねーー」
「ローゼ殿下。早急にお耳に入れておきたいことが」
「ん。お前たち、ちょっとそこで待っていろ」
何やら深刻そうな顔をしたマリーナさんに後ろから声を掛けられ、少女たちの元を離れる。声が聞こえないよう角を曲がると、彼女と向き直った。
朝からどこかに行っていたから、マリーナさんとこうして顔を見合わせるのは実に一日ぶりだ。
「どうした? 何かあったのか?」
「実は今朝、ローゼ区の食糧庫の備蓄が減っているのに気付いたんです。
殿下があちらの食堂で召し上がるようになってからは一度も開けていないはず。なのに食料と食器の一部が無くなっておりました」
「……ふむ。
ちゃんと鍵は掛けてあるんだろうな?」
「勿論です。そのため不審に思って室内のカメラを確認したところ、不可解な映像がーーと、とにかくこれをご覧くださいっ」
額に冷や汗を浮かべる彼女が差し出したタブレットに、一つの映像が再生される。
どうやら食糧庫の中を上から映した映像のようだ、画面に映るのは無数の赤い箱が積み上げられた赤い空間。
暫く何も起こらない時間が続いた後、天井の端で小さな影が動いてーー
「っ、殿下っ」
ーーがこん、と頭上で音が鳴ると同時、痛く鋭い感覚が首に当たる。
「本来ならばもっと時間を掛けたかったのだがな……まあ仕方あるまい。
童の名前は、シャルル・タルタロッル。
お前たちが攻め滅ぼさんとしているタルタロッル王国の第三王女にして、そなたが助けた輸送船で運ばれていた人身御供じゃよ」
「……??」
「ローゼ・ジンケヴィッツ。これから童の言うことを黙って聞くのじゃ。
さなければそのか細い首、掻き切るぞ?」
耳を打つぞっとするほど冷たい声。
背中に感じる人一人分に重さ。首にきつく当てられた銀色のナイフ。
い、いや、まてまてっ。そもそもこの子どうやって入ってきた? それに人身御供って何だよ。そんなこと一言もーー
『ーーそれもこれも全ては殿下が迅速に駆けつけてくださったおかげ。殿下のご判断が同胞たちの命と貴重な
あー、なるほど。積み荷ってそういう……。
ああああ。闇が深いのも大概にしろやっ。
まっじでどうすんねん、これっ。
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