第十一話 再出発



 あの黒い機体との戦闘から7日、軍港での積み込み等を終えた俺たちは、再び地球への航路を進めていた。

 

 場所は応接間。俺の周りにいるのはいつもの12人の少女たち。

 そう、あの後皇女の威光と今回の功績を利用して彼女たちの実家に連絡を取ったりしたものの、結局12人全員がここに残ることになったのだ。


『……お前たち、本当にいいのか?

 これから先、私は死地に赴くのだぞ? 戦闘に巻き込まれることも、誰かに命を狙われることもあるかもしれん』


『大丈夫です。私たちみんな、その覚悟はできていますっ』


 何度目かも分からぬ俺の言葉に、力強く答えるサラ。

 後ろの少女たちも特に異論はないようで、尊敬やら切望やらがごちゃ混ぜになった視線でこちらを見つめていた。

 

 ……み、みんなの愛が重い。

 俺、彼女たちに何かしたっけ? 正直かなり不自由な思いをさせてたし、嬉々として出ていくものだと思っていたんだけど……。

 それだけ前の生活が苦しかったんかね?


 頭に浮かぶ困惑と疑問。

 さりとて、それが本人たちの意思ならあまり無下にはしたくなかった。

 この世界の孤児院やらの状態が分からない以上、目の届くところに置いておいた方がいいかも知れないしな。

 

「……えー、それでは社会の時間を始めます。

 みんな準備は良いですか?」


「「はーい」」


 また大きな変化として、自由時間にマリーナさん以外の二人のメイドさんも同席するようになった。

 どうやら今までは俺のあまりの悪評に尻込みして、仕事以外の時は部屋で引きこもっていたらしい。ただ最近の俺の態度や今回の件を見て、もしかしたらそんなに悪い人じゃないのかも、と考えを改めたのだとか(今回の作戦に同行するメイドはこれで全員だ)。


 最近はこうして交代で12人全員に向けた授業を開催してくれていた。

 時間としては午前中のみの45分×4回、内容は少女たちの平均(多分小学校3,4年くらい)に合わせたレベル、科目は国語、算数、社会、理科の四科目。他の科目に関しては進捗に応じておいおい追加していくとのことだ。

 また年齢がバラバラなため、教師役の人が教材を朗読し、分からない時はその場その場で質問する形式が取られていた。

 

 本職の教師ではない故に、どこかたどたどしい彼女たちの授業。

 それを少女たちの後ろで聞きながら、必死に頭に詰め込んでいく。

 とはいえ、例え言語や世界が違っても子供に教えることにあまり変化はないようだった。抜き出し問題、ひっ算など、見覚えのある内容が多い。


 その中で何よりも重要なのが、この世界に関する諸々の常識ーーつまりは社会である。数回に渡るオリエンテーションを終え、今回の教師役たるマーシャさんが今まさに宇宙史を始めようとしていた。


 教科書?が映った空中ディスプレイのバックに、マーシャさんが口を開く。


「それではまずは大まかな歴史からですね。

 今から約三千年前、とある宇宙の果てに一つの国が生まれました。

 その国の名前はアミティア。人類の祖たるアミティア人により建てられた、一番最初の宇宙国家です」


「あっ、それわたしも知ってる~。

 確かわたしたちみんな、アミティア人から生まれたんだよねっ」


「ええ、その通りです。

 強大な力をいち早く見つけた彼らは星々を巡り、宇宙各地に命と知恵、そして文明を授けました。

 私たちが今人間としてここにいるのも彼らのおかげと言われていますね」


 マーシャさんが少しだけ感慨深そうに胸に手をあてる。

 

 ……うーむ、何ともファンタジー。どこかの宗教の世界観を聞いてる感じだ。

 それともこれ全部本当の話、なのか?

 わからん、わからんが、とにかく今は疑問を地道に潰していくしかない。


「宇宙国家というのは?」


「あ、そうですね、宇宙国家の主な基準は単独での恒星間航行技術の保持。つまりは、えーと……自分たちだけで作った宇宙船で恒星間を移動できるなら宇宙国家と呼ばれます。

 あ、恒星というのはエルドラーデでいうところのラーデ。自分で光を発している星の事です」


「……アミティア人たちがいた証拠はどれくらい残っているんだ?」


「はい。殿下がおっしゃるように彼らの痕跡はそう多くありません。

 しかし宇宙各地に同様の伝承が残されており、それらは年代的にも一致するため、彼らあるいはそれに近い何かがいたことは間違いないと言われています」


 なるほど?

 それなら案外信憑性も高いのかね。人間の起源とか如何にも荒れそうな議題と思ったのに意外だなあ。

 ……そーいや、この国の宗教とかはどうなってるんだろ?

 聞いてみたいけど、流石に唐突すぎるよなあ。


「ところで、みなさん、統一宇宙歴、LLという言葉を聞いた覚えがありますよね?

 あれは宇宙文明の始まりということで、このアミティア建立を元年、0年とした暦なんですよ」


「「へえ~」」


 意外な事実を知ったという感じで声を上げる少女たち。 

 LL、ね。初めて聞いたぜ。地球あっちで言うところの西暦みたいな感じなんかね?


「えー、それでは本題に戻ります。

 アミティアを盟主とする平和は長く続きました。

 しかしその約一千年後、悲劇は起こります。とある国家がアミティアに反旗を翻し、その本星を攻め滅ぼしてしまったのです。

 故郷を失ったアミティア人たちは宇宙各地に離散。

 絶対的指導者たる彼らを失った宇宙国家たちは混乱し、それから暫くは戦火が絶えない時代となりました」


「ひ、ひどい」


「ええ、そうなんです。

 そのため、その戦乱を鎮めたララミア共和国は新たな国際秩序として宇宙連盟を設立。そして技術を安易にばらまいたアミティアの反省を踏まえーーあっ」


 慌てて言葉を切り、青ざめた表情でこちらを見るマーシャさん。


 ?? なんだ? 何か失言したのか? でもそれにしちゃあ随分深刻そうだし……あ、皇女おれに都合が悪い事実があるとかか?

 それなら大歓迎。破滅フラグを探すためにも、積極的に教えてほしいくらいだ。

 

「構わん、続けろ。

 もしここで何を言おうと、私は一切の罪に問わん」


「で、では……えっと、その反省を踏まえて、宇宙国家が未開文明と接触することを禁じる条約を結びました」


「?? みかいぶんめいっていうのは?」


「え、とそれは……恒星間航行技術を持たない国家の事です」


 マーシャさんが俺から視線を外し、ごにょごにょと口を動かす。


 んん、何だこの反応? そんなにおかしな内容か、これ……?

 ん、いやまてよ。なんか同じ文面を何処かで聞いたようなーー


『ローゼ。お前にはテラージュ征服を命じる。

 恒星間航行技術も持たない蛮族共など恐れるに足らん。我らが誇る精強な軍隊を以て滅ぼしてしまえ』


 あ゛っ!? 思いっきり条約違反じゃねえかっ。

 そりゃあマーシャさんも言葉を濁すわ。お宅のお父さん、悪いことしてますよって言ってるもんだからなっ。

 こ、これはあれか。バレた場合はむすめが勝手に暴走したとかいって全部の罪をおっかぶせる感じか?

 それともそのまましらを切り続けて、うやむやにするつもりか?


 ……いやまて。そもそも宇宙連盟脱退済みとか言わないよな?

 とんでもねー破滅フラグやぞ、それっ!?


「「……」」


 見れば、マーシャさんと少女たちの純粋な瞳がこちらを射抜いていた。

 エリーなど年少組数人は不思議そうにあたりを見渡しているものの、そのほとんどが真剣な表情で俺の言葉を待っている。

 恐らく、彼女たちは気づいてるのだ。ローゼおれの行動の矛盾に。

 

 頬を伝う汗。熱くもないのに、どくどくと鼓動早まる。


「っ。これはーー」


 ーー仕方ないことなんだ。


 そう言おうとして、やめる。

 その姿が彼女たちにどう映るか想像してしまったから。


 実際、今の状況で俺に出来ることはほとんどない。

 まだ世界の情勢すらよく分かっていないのだ。そんな状態で歯向かったら簡単に踏みつぶされるのがオチだ。

 それでも多分ここで建前を、嘘を吐くべきじゃない。

 どんな事情であれ、彼女たちは俺の傍にいることを選んでくれたのだ。

 例えこれで俺が不利になったとしてもかまわない。彼女たちの庇護者として、せめてその思いには応えたいから。


「……このままは、よくないよな。

 この私がどうにか・・・・しないと」


「「っ」」


「……ローゼ様」


 俺は嘘偽らざる本音を口にする。

 

 唖然とした空気の中、サラが何かを期待するようにこちらを見上げたのが印象的だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る