第4話 魔物との戦い

 魔物が居着いてしまったのは、村の近くにある丘の上だった。

 そこには放棄された砦があって、だいぶ朽ちているのだけど、それを魔物が利用しはじめてしまったらしい。


 私たちは村で昼食をごちそうしてもらってひといき入れると、すぐにそちらに向かった。

 そして砦の近くにつくと…私は約束どおりにマントをはずす。


 強力な盾を装備しているとは言え、やっぱりお腹がむき出しになっているのは落ち着かない。

 けっこう寒いし。


「これで俺の夢は完全にかなう…。ここまで来たかいがあったぜ!」

 ロランはとてもとてもうれしそうだった。


「あのね、浮かれてないで気を引きしめなさいよ。これから魔物と戦うんだからね」

 私はロランをたしなめる。


「心配するな。俺はそれくらいわきまえている男だぜ!」


 わきまえているなら、ビキニアーマーをパーティメンバーに装備させようとなんてしないはずだけどね。

 ま、いまさらそれを言っても仕方がない。


 今回の戦いでは、いつも以上に防御に気を配ることにしよう。

 これも一種の修行だと思えばいい。

 私は前向きにそう考えることにした。

 割と無理やりだけど。


 丘のふもとには、砦に向かって伸びる古い道の跡があった。

 だいぶ草に埋もれているけど、歩けなくはない。

 なので私が先頭になり、みんなでそこを登っていく。


 近づくと呪いをかけてくる、という話だったけど、砦の入り口までたどり着いても何も起こらず、私はちょっと拍子抜けした。


 そして壊れた門を乗り越えて中に入ると、そこには角を生やした人型の魔物の姿があった。

 肌は暗めの青みがかった色で、目は赤い光をらんらんとたたえている。


 魔物はたいてい、人からは遠い姿をしているものだけど、たまにそれほど変わらない姿をしている者たちがいる。

 そしてそういったやつらは、魔法に長けていることが多いので油断できない。


「釣られたのはお前たちか」

 魔物はそう口を開いた。


「ということは、村人に軽い呪いをかけていたのは、それによってより強い人間をおびき出そうとしていたってことなんだな」

 とロランが魔物に向かって言う。


「ほう、ずいぶんと理解が早いな」

 魔物は感心したように言った。


「え? どういうこと?」

 私はよくわからずに、仲間たちにたずねる。


「村に軽く害をおよぼせば、困った村人は魔物退治のために強者を雇う。こいつはそれが目当てだった、ということなんだろう」

 とバードンが解説してくれた。


「なるほど、そうなんですね!」

 とクレアが言う。


 ロランは察しがよすぎて、時々何を言っているのかわからないことがある。

 するとバートンがそれを解説してくれて、私とクレアに理解させる、というのがいつものパターンだった。


 ロランは直感スキルが異様に発達しているのだ。そしてバートンは頭の回転が早い。


「それで、俺たちに何の用なんだ?」

 ロランが魔物に問う。


「正確には、お前たちの死体に用がある。私は魔王様の命により様々な生物の肉体を融合させ、新たに強力な魔物を生み出す研究をしているのだ。それで今度は、人間の強者を集めて融合させる実験をしてみようと思ってな」


「それで俺たちを殺して利用しようっていうつもりなのか。あいにくだったな。死体になるのはお前の方だぜ!」

 と言ってロランが剣を魔物に突きつけた。


「ふっ。すでにお前たちは死んだも同然なのだよ」

 その時、斜め前方からものすごく嫌な気配を感じ、私はみんなに大声で言った。


「私の後ろに隠れて!」


 するとそれと同時に、前方で強烈な閃光がほとばしった。

 それは強弓から放たれた矢のような猛烈な速度で、私に向かって突き進んでくる。


 私は盾を正面に構えて、それを受け止めた。

 ずしん、と腕に響く衝撃があったが、イシュタルの盾は閃光をすべてはじき、霧散させてしまう。


「なんだと…!」

 魔物の声は明らかに動揺していた。


 こいつは、強烈な魔法を放つしかけをあらかじめ用意しておき、それでこちらを全滅させるつもりだったのだ。

 そのもくろみがイシュタルの盾によって防がれ、驚きを隠せないようだった。


「次の手を打たせるな! 一気にしとめろ!」

 ロランはそう叫ぶや、私の背後から飛び出し、一気に魔物との距離をつめる。


 そして剣を振り下ろすと、その斬撃はとまどっている魔物の肩口を切り裂く。

 魔物はあわてて後ろに飛びのくが、次の瞬間には、バートンが放った火球が次々と魔物に迫り、炸裂した。


「ぐっ…。くそお!」

 魔物が苦し紛れに手を振り上げ、魔法を放とうとするが、その周りを白い光が包み込み、魔物が使おうとした魔法の気配は消え去ってしまった。


「あなたに魔法は使わせません。さあ、ロランさん、アリシアさん!」

 クレアが魔物の魔法を封じ込めたのだった。


「任せて!」

「おう!」


 私もまた魔物に接近し、剣を横なぎにしてその足元を切り払う。

 魔物はかろうじて飛び上がったが、それがやつの最後だった。


 空中に高く飛び上がっていたロランが、剣を突き入れて、魔物の胸に深々と刺しこむ。

 そして体重をかけ、そのまま地面まで落下する。ロランの剣は魔物の体を完全に貫いて、地面にまで突き刺さった。


 地面に降り立ったロランは魔物の体に足をかけ、力をこめて剣を引き抜く。

 すると魔物の胸に大きく開いた傷口から、紫の血が吹き出した。

 魔物の顔からは、みるみる生気が失せていく。


「きさまら…。なんという見事な連携だ…。策に頼り切って油断した…私の負けか…」

 苦しげな息の中で、魔物はそんなことを言った。


「運が悪かったな。おとなしく地獄に行ってくれ」

 ロランはそう魔物に声をかけた。


「残念だが…そうなるしか、なさそうだ…」

 魔物はそう言って目を閉じた。くたっとその手が地面に落ちる。


 どうやらこれで終わったらしい。


 そう思って構えを解いた瞬間だった。


「魔王様…! どうかそのお力をもって、強き盾を持つ者に、もっとも忌まわしき呪いを与えたまえ!」

 魔物の目が異様なまでの、強く赤い光を放ったかと思うと、それは光の矢のごときものとなって、私に向かって突き進んできた。


 私はとっさに盾を構えるが、その光は宙でねじまがり、盾を回避して私の胸と腹に突き刺さる。

 体の内部から激しい衝撃と痛みを感じる。これは…まずいかも。


「アリシアさん!」

 と叫んでクレアがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


 私は立っていられず、その場にうずくまってしまう。


「こいつ!」

 と叫んでロランが剣を魔物に振り下ろした。魔物の首がはねとび、回転しながら地面に転がる。


「だいじょうぶですか!? いますぐ治癒魔法を!」

 クレアが私の体に手をかざすと、温かい光があふれて包み込まれる。

 すると痛みはすぐにおさまっていった。


 ロランは私の側にきて、心配そうにこちらを見ている。


 バートンも…こちらはいつもどおりのクールな表情をしていた。

 でも私の方をじっと見ているから、彼なりに心配してくれているのだろう。たぶん。


 始めの衝撃はすごかったけど、もうすでにみんなの様子を確かめられるくらいに、私は気を取り直していた。


「ありがとう、クレア。もう平気みたい」

 私は体を起こしてクレアに笑顔を向けた。


「よかったです。すごくびっくりしました」

 クレアは涙ぐんでいる。


「ごめんね。心配かけて」

 私はクレアの肩に手をかけ、安心させようとした。


「いや、ほんと驚いたぜ。たいしたことがなさそうでよかった」

 ロランも笑顔を見せた。


「魔物の断末魔の攻撃を受けても平然としていられるとは、さすがだな。丈夫さだけはパーティで随一のことはある」

 バートンのこれは…ほめ言葉、なのかな? まあいいや。


「それじゃ、無事に魔物退治も終わったし、村に戻って報告しましょう!」

 私はみんなにそう言った。

 最後によくわからない攻撃を受けたけど、たいしたことはなかったようだ。


 よかったよかった。

 戦いに勝利できたし、それに加えて、これでビキニアーマー装備という恥ずかしい状態から逃れることができる!


 この時の私は開放感に満たされつつ、そう思っていた。

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