いきたい



 数週間後。

「おはよう」

「……」

 ミーンミーンと鳴く、大勢の蝉の歌で目を覚ますと、挨拶をされる。

 挨拶をしたのは二十代くらいの女の人。その声に、私はベッドから上半身を起こしたけど何も言わない。と、言うか喋れない。首には包帯が巻かれたままだ。


 ***


 あの後。たくさんの警察官がやって来て、宮田は手錠を掛けられて連行された。当たり前だ。

 けど、私にとっての当たり前はもうどこにもない。死んだ人間が戻って来ると信じられるほど、幼稚でもないし。

「色々聴きたいことあるんだけど、今、大丈夫かな?」

 女性警官に話し掛けられる。女性だし、無視する気はない。

 でも。

「……」

 お母さんを見る。

 現場確認か何か知らないけど、警官にカメラを向けられいる。それも男に。

 ——止めてよ。死んだ後に男に写真撮られるなんてかわいそうだよ。

 ——だけど。


『あんたのお母さんが、あんたに男嫌いの教育なんかしなきゃ、女からも嫌われなかったのに』


 宮田の声が、脳内で再生される。

 何度も。

 しつこく。

 ——うるさい。黙って!

 ——あれが正解だと思いたくない。

 嫌な声に頭を抱えていると、ふと、それが視界に入った。見つけてしまった。

 だから。

 ——ああ、そうか。

 ——お母さんに本当の答えを教えてもらえば良いんだ。

 私はお母さんが好き。お母さんなら、きっと……。

 そして、私は手に取った。お母さんの胸に刺さったままの刃物を、警察の静止を振り切って自分の首元に。

 お母さんと同じ場所に向かう為に。


 ***

 

 しかし、失敗だった。

 私はお母さんと同じ場所に行くことは叶わず、病院生活を送っていた。

 あの日から時間は経っている。けど、まだお母さんがいない日常を、どう過ごせば良いのか……。

「君の担当医の先生が言うには、時間が掛かるけどまた喋るようになるって。良かったね」

 円形のパイプ椅子に腰掛けて語る女性は、あの日私に聴取しようと話し掛けた女性警官だ。私からあの事件のことを聴く為らしい。(ちなみに私服で、白いバッグを肩に掛けている)。

「君のお母さんにあんな・・・ことした女の子のことだけど……聞く?」

 唐突な質問。手術が終わってから毎回来るけど、私が何も答えない(手は動くけど、渡されたペンと紙に何も書かなかった)から痺れを切らしたのかも。答えなかったのは、もう何もかもどうしたら良いのか判らなくなったから。 

「……あ〜、取り敢えず話すね?」

 女性警官は説明するけど、私は特に何をするでもなくただ話を耳に入れるだけ。聞いたところで、マンガが読めなくなったから殺したとか私が知ってる程度。

 私の知らない話がされることもなく、担任の聴取も聞かされる。

「『生田あやって生徒が嫌いだから、宮田を止めなかった』って供述してたけど、教師としてどうなのって思ったよ。ひっどい先生だね?」

 この女性警官の性格なのか、敢えてまるで友達と会話しているかの様な口調をしているのかどうか。正直、後者の方が強い気がする。

 それでも、私は…。

「……話、変わるんだけどさ。君、おにぎり・・・・奪い盗った? 中学生くらいの子・・・・・・・・から」

 不意に謎の質問を投げ掛けられる。今までの柔和な笑みから、表情を消した顔で。

「答えられない? なら、一方的に話すね? 君の担任の先生みたいに」

 先程までの明るさが嘘みたいな声を私に向け、白いバッグからスマートフォンを取り出す。そして、それを私の顔に近づけるととある写真が映っていた。

 ——ああ、あの汚物か。

 そこに写っていたのは、この女性警官とおにぎりをくれたあの男子だった。カフェみたいな場所で、仲良さそうにしている。汚物と仲良くすのは駄目でしょ?

 しかし、次の一言で私は目を丸くした。


「この子ね? 私のなんだ」


 ……。

 ……妹。つまりは女の子。いや、でも、見た目は……。

 が、それを察したのか、

「よく男の子と間違えられるんだよね、この子。見た目もボーイッシュだし、制服も長ズボンだし。最近の学校は、女の子でも男子の制服着るのありなんだね」

 スマホを私に向け続けたまま、空いている片方の手を動かす。

「君のお母さん殺しちゃった子が言ってたんだけどさ。君は女の子を大切にする子だっけ? そういう教育を受けたんだっけ?」

 ゆっくりと。

「けど、お母さんを馬鹿にされると、女の子でも容赦なく殴る。お母さんが大好きなんだね。解るよその気持ち。だって、


 私も妹が大好きだから」


 その手が私の首元に近づくのを感じる。いや、本当にそうするつもりだろう。

 今すぐこの場から逃げれば、首を絞められることはないと思う。怪我してるのは首だけで、足は動くし。

 でも、私はそうしなかった。

 理由は簡単。このまま意識が失くなれば、お母さんのところへ行ける。そうなればまた、お母さんと一緒に……。

 ああ、私はなんて幸せなんだろう。女の子を汚物と間違えてたのは責任を感じるけど、そのお姉さんにお母さんのところまで連れて行ってもらえる。女の子を大切にしてきた甲斐があったよ。

 ——待っててお母さん。

 遠のいて行く意識の中で、大好きなお母さんに会える喜びが満たす。

 ——もうすぐ。

 ——もうすぐ、お母さんの……。



 しかし、その夢は叶わなかった。

 偶然通り掛かった看護師に止められて。

 男の看護師に。

                              完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

身勝手な少女は壊れている 目取眞 智栄三 @39tomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ