終 話.宇宙商侠伝
「あの財団は酷い」
その財団は、商売敵からはそう言われるようになった。
「あの人達は、飢えて困っているときは助けてくれる」
その財団は、そうも言われるようになった。
「平等ではない。決して平等ではない。奴らは、あの人たちは。平等ではないが、公平だ」
その財団に所属する人間たちは、そのように言われるようになった。
「夢を叶えたいのなら、あの財団に入ることを志せ」
その財団は、大きな力を宇宙で誇り。夢を持つ者たちが、目指す場所となっていった。
* * *
「おい、おっちゃん」
とある星の、とある孤児院。
「いい服着てんな? それくれよ」
孤児の一人が、外部から訪問してきた一人の男と、一人の女に声をかけた。
「ん? この服かい? これ三着で1000ディシアの安物だよ? 欲しいの?」
男は、屈託なくその孤児に答えた。
「そんなに安い服着てるのかよ!! おっちゃん、イケてるおっさんだから。いいの着てるかと思ったよ!!」
と、言いつつも孤児は。
「それでもいいから。その服くれよぅ」
と言うので。男は服を脱いで、孤児に渡した。
「うー、寒っ。マティアさん、そのかばんに入ってるTシャツ出して」
「ユハナス君……。何でシャツあげちゃうのよ?」
「だってこの子が欲しいって言うから」
「あいっかわらず、人のいい……」
男と女は、何やら話しながら。
服を受け取って満足した孤児に手を振って、孤児院の中に入って行った。
* * *
「資金の援助をするのは、吝かではないのですが……」
孤児院の院長の前で。男はそう言った。
「はい、ユハナス・ユヴェンハザ様」
「使い道、というか。お金を使いこなせる人材を、どれくらい揃えているか。それによって、資金援助の額を決めさせていただきます」
「……? それはどういう? 孤児達が可哀想だとは思われないのですか?」
「良くないですね、院長さん。僕は商売人ですよ? 情に訴えて、お金を引き出せるとはお思いにならないでください」
「……!」
「僕が、この孤児院に行うのは。投資です。ゆくゆくは、僕に、というよりも。世の中の人材となる子供たちを育てるための、教材やら食事やら住居やらの投資。無論、遊興費になる部分も少しは投資いたしますが。遊びも、また。子供の成長の為には欠かせないモノですし」
「そう、ですね。その方が、子供たちも。かえって堂々としていられる。情けをかけられて、食べさせてもらっていると。私も子供たちに言わないで済みます」
「まあ、そういうわけで。こんな投資をして、金銭的な見返り、つまりビジネスが成り立つとは、僕も思いませんが。心の生育。世の中の心を育むという点では、とてもいい口の投資だと思うのです。とりあえずは、今日の時点ではこれだけ。後の成果によって、追加投資を考えさせていただきます」
ユハナスは、一枚の小切手を院長の前のテーブルに置いた。
「……何とも絶妙な、額ですね。足りない部分を補うには十分、変な野心を起こすには、全くもって足りない。流石です、ユハナス様」
「まぁ、ねぇ。僕も、ユヴェンハザ・カンパニー総帥になってから。お金にたかる変な虫をいっぱい叩き潰してきましたから。適額、というものも掴んできますよ」
「はは……、怖いですな、ユハナスさん。私たちも、貴方が投資してくれたお金を上手く使って。貴方からお金にたかる虫とみられないように頑張りますよ」
「そうですね。では、僕らはこれで。こうみえて、忙しいもので」
ユハナスはそう言うと、マティアと共に孤児院を後にした。
* * *
「お帰りなさい、ユハナス様」
「あらま。戻ったの? パパ」
ユヴェンハザ・カンパニーを継いでからも。僕の家はこのリジョリア・イデス号だった。そこに戻ると、イデスちゃんと。
もう通信教育中学生課程になったミリアムがいる。
「やー!! イデスちゃんにミリアムちゃん! ドーナツ買ってきたよー!!」
「わーいぃ!! マティアおばさん、スキー!!」
なんというのか。人にすぐ懐くミリアムは、マティアさんともすぐに仲良くなってしまった。この子のコミュ力の高さは、誰からの遺伝だろうか?
「マティア様、お疲れ様です。孤児院回りという、ともすれば王族はやらなそうな仕事を疎かにしない貴女は、見事であるとこのイデスには思えます。さすがですわね、マティア様」
「ん? 困りごとは起こる前に、その根っこを断つ。それやってるだけだよー、イデスちゃん」
「ですから、それが見事なのですよ、マティア様」
イデスちゃんとマティアさんがそう話していると。
ミリアムが、僕の前に一冊の本を突き出してきた。
「パパ。これって、主人公の名前違うけど。パパのやってきたことだよね? どこかの誰かが、パパのこと調べたのかわかんないけど。結構再現度高いよ。筆者はどこのだれかわからない、無名の文士みたいだけどね」
ミリアムが渡してきた本をパラパラと読んでみる。
うん。この筆者、僕の事を良く調べてる。
結構面白い筆致で、所々未洗練なところもあるけれど。
こういう本が書かれるってことは、僕も立志伝中の人間に、まだ生きているうちになっちゃったんだな、と思った。
本を流し読みして、表紙を見る。
そしてタイトルを確かめると。
『宇宙商侠伝』
って書いてあった。
宇宙商侠伝 ~ユハナス・ユヴェンハザの商人独立日誌~ べいちき @yakitoriyaroho
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