最終話 ハッピーエンドは感謝の味

「あの世界の秘密、それは、モンスターについてです。あの世界に蔓延るモンスターたちは、実は元は人間なのです。あの世界で死んだ人間は、モンスターに生まれ変わる。そして、モンスターに生まれ変わった人間は、人間を襲い、モンスターに殺された人間が、またモンスターに生まれ変わる。そうやって連鎖が続いてゆき、あの世界には、モンスターに溢れ返っているのです」

 

 モンスターが、死んだ人間の生まれ変わりだった……。

 

 エドワールは、開いた口が塞がらなかった。 

 つまり、タコや多頭竜、猪やカッパでさえも、元は皆、人間だったのだ。衝撃の真実に、おもわず眩暈がしてくる。

 

 ここでふと、エドワールは、村長ガーネットが遺した言葉を思い出した。

 

 ━━天使の羽音が聞こえる。彼はもう、あなたが行かせたのでしょう。だから、はやく。はやく私を連れて行って。


「じゃあ、モンスターが死んだら、どうなるんですか?」


「いい質問ですね。死んだモンスターは、人間だった頃に夢見た世界へと旅立ちます。霊体となって、夢が具現化した世界で一生暮らすのです」


 なるほど。そうだったのか。


 つまり……恐怖を味わいながら死んでゆき、醜いモンスターへと姿を変えられた人間は、最期の最期で、ようやく報われるのだ。


 エドワールは、両の拳をぎゅっと握りしめた。


「さてと。他に聞きたいことはありませんか?」


「俺は、聖女クレナを幸せにすることができますか」


「はい。いつまでも二人で、幸せに暮らすことができるでしょう」


「……よかった」


 エドワールの周囲に、妖精みたいな光の粒が漂い始めた。


「では、お元気でー」


 女神が手を振ると、エドワールの意識は、光の中へ吸い込まれていった。


「ちょっと、エドワール! 目を覚ましてよ!」


 目を開くと、大粒の涙をボロボロながす聖女クレナの顔があった。


「ああ、ここは……」


 森の入口。背後には、朝陽を浴びた廃村が見える。


 戻ってきたのだ、あの世界に。


「もう、心配したじゃない。とつぜん気絶して頭からバッタリ倒れるんだから」


「すまない。でも、もう平気だ」


 エドワールは、再開の歓びから、クレナをぎゅっと抱きしめた。


「なあ、クレナ。隣町へ行く前に、ちょっとやるべき事を思い出したんだ」


「大切な事なの?」


「ああ、とっても。急いで終わらせるから、すこし付き合ってもらってもいいか?」


 クレナは頬の涙をぬぐいながら、ウンと大きく頷いた。


 エドワールは、特殊スキル〈転送魔法・上級〉を発動した。


 ワープした先は……洞窟のダンジョンの入口だった。


「ねえ、ここって、もう既に攻略したところじゃない?」


「そう。まだ弱かった頃の俺が、パーティーから追放されて、苦戦した中級ダンジョンだ」


「でも、どうして?」


「俺の予想が正しければ、多分まだ……まあ、中を見てみよう」


 エドワールはふたたび〈転送魔法・上級〉を発動した。


 ダンジョン最奥。多頭竜を倒しているので、洞窟の広い空間は、もはや廃墟と化していた。


 エドワールはあたりを見回す。いない、か。


「ねえ、どうしてこんな場所を見る必要があるの? モンスターは、もうとっくに倒したのよ」


 すると、部屋の入口。影になった狭い場所で、なにかが動いている気配を感じた。


「危ないから下がって」


 エドワールは、ゆっくりと影へ近づく。


「×△¥●&?◎$♪#$!」


 影から三体のゴブリンが飛び出してきた!


 余裕で躱すと、エドワールは戦闘態勢に入る。


「あら、ゴブリンね。まだモンスターが残っていたのかしら」


「●&?◎×△¥♪$!」


 三体の全身緑色のゴブリンは、か弱い鳴き声を上げ、小さな体を揺さぶりながら、不思議そうにこちらを見ている。


「クレナ」


「ん?」


「本当の強さって、なんだと思う?」


「うーん、よくわかんないけど、ピクピクする上腕二頭筋とか?」


「俺が思うに、本当の強さは……高い能力に裏付けられた、優しさだと思うんだ」


「ふうん」


「だから、こうしてやるんだ。……特殊スキル〈煉獄の超咆哮〉発動!」


 三体のゴブリンは、灼熱の炎に飲まれ、またたくまに骨まで焼き尽くされた。


「よし。この調子で、ガンガンいくぞ」


「……え、どこへ行くの?」


「今から倒しに行くんだ。この世界に存在する、全てのモンスターを」


 ここから、エドワールの掃討作戦が開始された。


 ワープ、戦闘、ワープ、戦闘……。

 森や山、鍾乳洞、果ては海の底まで、モンスターが生息する場所へ片っ端からワープしてゆき、取りこぼしのないように、モンスターを狩っていった。

 

 苦戦はないとはいえ、さすがのエドワールも、常軌を逸した戦闘数をこなしたため、かなり体に応えるものがあった。

 

 だが、固有スキル〈大食い〉のおかげで、適時エネルギーを補給することができ、なんとか倒れずにすんだ。

 

 そうして……半日が経った。


「レロレロレロレロ……」


 エドワールは、川の土手で滝ゲロを吐くクレナの背中を、さすってやった。


「ワープが早すぎて、まるでジェットコースターに乗ってるみたい。次から次へと景色が変わって、あたし、酔って酔ってもうダメ……レロレロレロレロ……」


 エドワールは、川に生息する魚型のモンスターを、一億ボルトの電撃によって一掃すると、土手の砂利に座り込んだ。


「これで最後だ。もうこの世界に、モンスターはいない。きれいさっぱり、いなくなった。みんな、夢の世界へ旅立ったんだ」


「よくわかんないけど、やっぱりエドワールはすごい。エドワール大好き……レロレロレロレロ」


「俺も大好きだ、クレナ」


 エドワールは、クレナの背中をさすりながら、なんとも言えない幸福感に包まれた。

 

 こうして、エドワールの数奇な冒険は幕を閉じた。

 勇者となり、正真正銘、異世界を攻略し切ったのである。

 

 たった半日で全てのモンスターを狩ったことは、伝説の勇者の物語として、この世界でいつまでも語り継がれることになったという。

 

 その後、エドワールと聖女クレナは、教会の美しい町で平穏な暮らしを送った。

 さらに愛を深めた二人は、やがて結婚し、二人の娘を産んだ。

 名は、エルネットとアメリエル。まるで生き写しのような、美しい娘に育ったという。

 

 そうして、温かい町の人々に囲まれながら、勇者エドワールは、幸せな余生を送ったのだった。

 

 


 おわり。




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固有スキル〈大食い〉のエドワールは、理不尽に攻略パーティーから追放されるも、モンスターの肉を喰らって最強の勇者に成り上がります。 東島和希🍼🎀 @higasizima

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