第30話 秘密は○○の味

 エドワールはさっそく、指輪を装備してみた。

 

 すると、指輪の宝石が青く輝き始め、レーザーポインターのような青白い光の筋が、まっすぐどこかへ向かって伸びていった。

 

 光の筋は、家の瓦礫の奥へ続いている。

 

 エドワールは、光の筋が指し示す方へ、ゆっくりと歩き始めた。

 

 光が急に地面の方を向いた。導かれた先にあったのは。


「クレナッ!」


 ああ、聖女クレナが、瓦礫の外でうずくまっているではないか。


 エドワールは、急いで呼吸を確認した。……よかった。息はある。


 どうやら意識を失っているらしい。


 クレナの体を揺さぶり、エドワールは、意識の回復を試みる。


 クレナの瞼が、まるで蕾が花を咲かせるみたいに、ゆっくりと開いた。


「……ここは……あれ、エドワール? わたし、どうしてこんなところに?」


「クレナ、よかった、無事で」


 クレナは、エドワールの手で頭を支えられ、ぼうっとした顔で、エドワールを見つめている。


「あとの人たちは?」


「みんな消えてしまった」


「消えた?」


「そう、雪になって、消えた」


 クレナの瞳が揺れた。悲しいような、しかしどこか安堵するかのような、不思議な表情だった。


「なあクレナ」


「ん?」


「一緒に隣町へ行かないか。これだけのステータがあれば、じゅうぶんに暮らしていける」


「……」


 黙ってしまうクレナ。


 ……いや、待っている。期待を込めて、クレナは待っているのだ。


 だからエドワールは、クレナにそっと、口づけした。


「……!」


 二人は抱き合い、熱いキスを交わした。地面の雪が、夜風に吹かれて、わたがしみたいにふわっと舞い上がった。


 エドワールとクレナは、森へ続くあぜ道を歩いていた。


 地平線から太陽が顔をのぞかせている。あたたかい朝陽が、二人の足元を撫でる。


 いつの間にか、夜が明けていたのだ。


「森を抜けて、ダンジョンの洞窟を通り過ぎれば、隣町が見えてくるはず。教会がある美しい町らしい。俺たちにぴ

ったりの町だ」


「そうね。エドワールのステータスを見て、町の人はみんなびっくりするんじゃない? それだけの実力があれば、王都にも住めるかもしれないのに」


「いいんだ。しばらくは、ゆっくりとした生活を送りたい」


 森の入口が見えてきた。


 エドワールは、クレナとの新しい生活に向けて、力強く一歩を踏み出した。


 ……その時。


 とつぜん、眩い光が天から降ってきた。たちまちエドワールの周囲を、目も開けられぬほどの光が覆い尽くす。


 やがて、抗う間もなく意識が遠のいてゆき……。


 目を覚ますと、そこは、雲の上のような一面が白に包まれた世界だった。


 ああ、見覚えがあるぞ。

 ここは確か……俺がこの世界に転生する前に立ち寄った場所。死後の世界。

 ということは。


「お久しぶりですね、エドワールさん。いや、あの世界を完全攻略した、勇者さん」


 やはり、いた! 山のように大きな女神。


「ダンジョンとモンスターがうろつく異世界は、どうでしたか? 嫌だった、やっぱり地球がよかった? それとも、案外悪くはなかった?」


 鳥のさえずりみたいな美しい声で、巨大な女神はエドワールに語りかける。


「どうして俺は、ここに連れてこられたんだ? もしや、死んだのか、俺は」


「いいえ。死んでなどいません」


 女神はきっぱりと否定する。


「では、なぜ?」


「あなたが強くなりすぎたから。妖魔を倒した時点で、あなたと戦って敵うモンスターが、あの世界に存在しなくなった。いうなれば、ゲームクリアです。ゲームをクリアすれば、メニュー画面に飛ばされるでしょう? それと一緒です」


「……はあ」


 本来なら、泣いて喜ぶ場面なのだろうが、なぜだかエドワールは、ちっとも嬉しさを感じなかった。


 女神は淡々と続ける。


「ゲームクリア者、勇者となった者の特権です。あなたを好きな世界へ転生させてさしあげましょう。美女の国、動物の国、魔法使いが暮らす世界、あ、もちろん地球でも構いません」


 さも喜ばしい事であるかのように、女神は提案した。


「どうしますか? 久しぶりの勇者誕生ですからね。私もはりきって、どんな世界へでも転生させますよ」


 ……転生。どんな姿にでも、一瞬で変わることのできる、まさに夢のような話。

 しかも今度は、運任せではない。

 何から何まで、自分の思い通りに転生することができるのだ。

 

 だがしかし。

 まるで走馬灯のように、エドワールの脳裏に、あの世界で出会った者たちの顔が浮かんでは消えていった。

 

 魔術師カエサル、暗殺者セバスター、剣士ハンス、エルネット、アメリエル、村長ガーネット、村の女性たち。

 そして、聖女クレナ。

 

 エドワールの心の中で、答えは決まっていた。


「転生しません」


 巨大な女神を見据えて、エドワールはそう告げた。


 女神は一瞬、驚いたように目を見開くと、やがてすぐに、いつのも毅然とした態度に戻った。


「意外な回答ですね。そんなことを言ったのは、あなたが初めてです。後悔はありませんか?」


「はい」


「いいでしょう。望みどおりにしてあげます。でも、せっかくゲームクリアしたんですから……あの世界に隠された秘密を聞きたくはありませんか?」


「秘密?」


「ええ。誰も知ることのない、秘密です」


 エドワールは、ごくりと生唾を飲んだ。

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