第20話 ファンタジスタのダークエルフ
わたしがスコックさんとの別れから配信を再開するに至るまで、しばらくの時間を要しました。
しばらく――SNSのフォロワーが目に見えて減っていたり、同接数の桁がひとつ落ちるくらいには、リスナーさんからすると「相応の時間」だったのでしょう。
当事者であるわたしにとっては割と早めに復帰したつもりですが、こういう時に人間のみなさんとダークエルフであるわたしの感覚の違いを痛感します。
「今日はファンの方が有志を募って作ってくださったアマルガムが舞台のシミュレーションRPG「ふぁんたじすた!」を、シーベットとファングさんと一緒にやっていきますね」
「ゲームの、製作とは、そんなに、気軽にできる、ものなのか?」
「少なくともわたしは
「だろうね。しかもアイヴィー、別に君そんなに有名な配信者というわけでもないのだろう? 一介のマイナー配信者のために、と思うと、君の愛されぶりには羨みも湧くというものだよ」
けれど、そんな復帰直後の出来事も今となれば昔。既に復帰からも数年が経過して、気付けば復帰後にデビューした配信者がチャンネルを閉ざす光景も数えきれないほど見ました。
そも、復帰前後の時点で配信8年目。15年目の今となっては同プラットフォームの中でも指折りの長寿チャンネルとなった『アイヴィーチャンネル』ではありますが、登録者数も同接数もそこまで派手に伸びるでもなく、じわじわと伸びてようやく今年1500人に到達しました。リスナーの方の中にも「初めて見た時は中学生だったけど先日とうとう三十路になった」という方がいらっしゃいましたね。わたしからすると30歳など赤ん坊にも等しいのですが、人間の方からすると「誕生日が本格的に嫌になる年齢」らしいということは聞き及んでます。何人かは「ダークエルフ換算で1800歳」と言っていましたね。……なるほど、確かに少々ダメージが想像しやすくなりました。
「底辺ではないにせよ零細チャンネルであることには変わりない中、こうしてゲームを作ってくれた有志開発陣のみなさんや、今こうして観てくれているリスナーさんには頭が上がりませんね」
『下がってもいないようだが』『むしろ椅子に全体重かけてたいそうお寛ぎのようだが』『ははーん、さてはこのダークエルフ割と不遜だな?』『こいつ基本ナチュラル不遜だろ』
「わたし、こう見えて自己肯定感はそんなに低くないほうなので」
『こう見えて……?』『見ての通りの間違いでは?』『むしろお前がヘラるとこを推しのサ終以外で見たことがない』『自己肯定感ブルジュハリファかよ』『アイヴィーとかいう自虐の対義語』
おかしいですね。わたしこれでも幸薄くて儚げで穏やかでおっとりした優しいお姉さんダークエルフとして売っているつもりなんですが。
……ファングさん、なんで顔を逸らすんですか。シーベット今ちょっと笑いましたね? なんですか、ケンカですか? いいですよ表に出ましょうか?
「そういえば先日のガルカン配信は見てくださいましたか? 現在開催中のイベントは明日までなので、まだアーカイブを視聴していない方は見てくださいね。イベントの様子、相性のいいキャラクター、攻略のコツなどを紹介していますよ。あとわたしの永遠の相棒リーゼの活躍もご覧くださいね!!」
「君、ここ数年ほんとに暇さえあればガルカンしてるね。こないだうちの図書館きて本を読まずにガルカンしてた時はつまみ出そうかと思ったよ」
「まぁ、時と場さえ改めれば、アイヴィーにとっては、大切な心の拠り所、なのだろう。あまり、口うるさくしても、百害あって、一利なしだ」
『ファングさんがまた新しいことわざ覚えてる』『四字熟語とかことわざとか、調べ出すとけっこう面白いよな』『アイヴィーのPCがファンタジスタの共有PCになったんだっけ』
そうそう、実は少し前から住居とは別に「ファンタジスタホーム」という共有拠点を作ったんですよね。
配信機材も全てそちらに移して、かつて配信部屋となっていたわたしの自室はずいぶんさっぱりしました。
ファンタジスタホームを作った目的は、まぁ今までよりも気軽で集まれるようにするためというのが大きいですかね。あと、お二人もPCを使ってみたいということもありましたし。
シーベットは異世界のお菓子作りに興味津々だったのでグラム単位で測定可能な
――けれど。
ファンタジスタホームを作った最大の理由は、そのどれでもなくて……。
「さぁて、じゃあ準備も出来ましたし、さっそくゲームを――」
がちゃり、と不意に耳に届く音に、わたしだけでなく三人全員が視線をドアに向けました。
わかってる。あのドアの向こうにいる人の顔を。ゆっくりと開くドアの奥の光景を待ちきれず、わたしは席を立って駆け出した。
「やぁ、ただいま」
あの別れから7年。当初、彼が言っていた5年は、誰が聞いても無謀だとわかる年数だった。それは、そう言ったスコックさんもわかっていた。
だから、5年経ったある時、スコックさんから「もう少しかかる」という旨の手紙をもらった時、わたしは少しの落胆と少なくない納得が入り混じった溜息を洩らしたのを覚えている。
そこから、わたしたちは手紙を交わす頻度を増やした。その手紙がぱったりと途絶えたのが――今から30回ほど日を遡った時のこと。
「スコック!」
「スコックくん!」
ファングさんとシーベットの声を後ろに聞きながら、わたしはただ何も言葉にできないまま未だ小さな彼の体を抱きしめました。
獣人特有の高い体温と、ダークエルフの低い体温が交じり合い、起伏に乏しいわたしの体は彼の鼓動を逃すことなく感じ取っている。
いる。目の前に、ずっと会いたかった彼がいる。ずっと抱きしめたかった彼がいる。そう伝えるように、この熱と鼓動がわたしの全身をめぐっていく。
「おかえりなさい、スコックさん」
「うん。待たせちゃって、ホントにごめんね」
そう言ってわたしの背に手を回して抱き返してくれる彼を、より強く抱きしめてから――ようやくわたしは彼をPCの前に連れていきました。
「みなさん! スコックさんが帰ってきましたよ!!」
『おおおおおお!』『明らかにアイヴィーのテンションが上がってる』『にっこにこじゃん』『15年配信しててこんだけ満面の笑みを浮かべてるの初めてでは?』
「みんなひさしぶり。僕のこと覚えてる人もいてくれるとうれしいな。スコック・ドレイシーだよ」
『スコックちゃんくん!』『ファンタジスタ復活だああああああ!』『この7年ずっと「ファンタジスタ
ファンタジスタホームを建てたのも、かれこれ数年前ですからね。
ファンタジスタという名前の由来も、ダークエルフ・ハルピュイア・獣人といった幻想の存在が集まったユニットだからですし、それはスコックさんが不在でも破綻しません。
なのでいつ戻るかわからない不在の人物の紹介はできるだけ避け、スコックさんの近況をリスナーさんたちにはあまり伝えていませんでした。
その弊害というほどではありませんが、この拠点の荷物にはスコックさんのためのものも幾つかあり、それが新規リスナーさんの間では「幻の四人目がいるんじゃ?」みたいな話にはなってましたね。リスナーさん視点では7年前にぽっと現れてからしばらくはしょっちゅう出てきて、突然すっと去ってしまった人物、ということになるので間違いではありませんが。
「まさか、このゲームをやろうとしてスコックさんが帰ってくるとは……「この名前」を考案してくれたファングさんには感謝しかありませんね」
「……なるほど? では、以前から温めていた、あの挨拶を、するということだな?」
「確かに、いいタイミングかもしれないね。ではスコックくんはラストにしようか」
ですね。これでようやく、この『旧』アイヴィーチャンネルも本懐を果たすというものです。
「ではゲームの前に、改めて自己紹介をしましょうか」
「え? え?」
「君は最後だから、ファングさんに続いてくれればいいよ」
『お?』『まさか……!』『やるんだなアイヴィー!? 今、ここで!』『この挨拶をどれだけ待ちわびたか……!』
少し困惑した様子のスコックさんと、興奮気味なリスナーさんの温度差がすごいことになっていますが、この場の誰より興奮しているのはわたしであることは間違いありません。
では――いきますよ!
「改めまして、
「同じく、
「同様に、
呆気にとられたように、少し間をあけて――、
「あははっ、なるほど! じゃあ……
今日も、画面ひとつ分を隔てた異世界境界線の向こうから、4人の
ダークエルフの異世界配信生活 espo岐阜 @espogifu
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