第15話
とあるバーに行きたいんだ。ノンケも、女の子も入れる安全な新宿二丁目の。
わたしは、うわー、きになるー、と思いながら一美ちゃんを突き放す。
スマホがあればどこにだって行けるよ。モバイルバッテリー貸してあげる。
平たく重い、手のひらサイズの機器をコード共に渡してあげる。多分これは、一美ちゃんのわたしへの、最後のお願い。わたしは彼氏から数ヶ月前に渡されたゼクシィを繰り返し、暇があれば眺めている。
一美ちゃんが昼頃東京へ向けて自信なさげに出発する。観光してから自然に入店したいそうだ。
一美ちゃん。一美ちゃんは男の人が、男として好きなんじゃない。好きな人がたくさんいる。一美ちゃんの中には。
周りの人、全部好きで、尊敬して生きています!っていうスタンスじゃないと、自信が持てなくて、劣等感に苛まれて、生きていけないんだ。
でも、いいよね。理想の人を聞かれたら、
好きになった人が好きな人。って答えられる。応えられる。
大丈夫。一美ちゃんみたいな理由で男も女も、そういうのを超えて愛してる人、愛が深い、広い人。絶対いるよ。メンヘラには気をつけて欲しいけど、執着も上手く躱せるよ、一美ちゃんなら。
日当たりの良い部屋。見つけてもらっちゃったな。少し痛んだゼクシィの誌面が眩しい。
太陽を直視しないよう、左手を顔の前に持ち上げながら、気をつけて一人言と一人笑いをする。
わたし、結婚する。
入籍はもう済んでる。
指輪もある。
式もこれから挙げる。
男とも一緒に住んでる。
あとやり残したことは、
彼の居ぬ間に荷物をぜんぶ!なんてことはしない。
一美ちゃん。わたしにも秘密がある。
薬の影響で、生理がしばらくきてなかった。でも、一美ちゃんと住み始めてからまたくるようになった。一美ちゃんはトイレの小さなゴミ箱をただトイレットペーパーの芯を捨てるゴミ箱だと思ってた。
そうだけど違うよ。一美ちゃん。
わたしは生活を、そして一美ちゃんを楽しませるためにあらゆることを教えた。
これはね、汚物入れ。でもサニタリーボックスとも呼ばれてると思う、たぶん。
女性の月の障りが不浄と考えられていた、料理人の友達から教えてもらったことがある。だから女の人はきちんとした場所の台所に立てない。
立ってんじゃん。昔から。炊事洗濯込み込みで。
万物は流転する。
生理はこれまでの体の血を入れ替えて、体内を新しく浄化するようなもの。
だからって体重が大幅に減るわけでも、地球の重さが変わるわけでもない。
それでも私達は古い思いや技術を温め、新しい感情や境遇、環境までをも手に入れる。
温故知新。
わたしの子供のあだ名だ。もちろん太田健斗と太田瞳とのかわいい第一子。まだちいさな心臓の鼓動をいつも脈打つことがお仕事の働き者。
わたしも働けるかな、と今度は心の中で思う。
一美ちゃん。
万物流転。
温故知新。
すべては、パンタレイ(流れ)だけれど、この子達が流れないように、わたしは子宮でせきとめる。
それでも、もし、流れてしまったら、同じ子は2度と生まれてこないと悲嘆にくれる。
一美ちゃんの貸してくれた本で語句が増えて、語彙力が養われた。まえはせきとめる、なんて出てこなかった。書けないけど読めるようになった。
一美ちゃん、お守りにコンドーム 持たせれば良かったな。たぶんモテるもん。でも買ったこと1回しかないらしい。
男性声優とそうなりそうな妄想を抱いたのは、一美ちゃんだっけ。男女入り乱れた病棟のあの日々が懐かしい。
ひだまり中で、全身、下腹部を温める。
してあげられることは全部した。
女性との同居。
生理の説明。
男女の共同生活。
交わりは無しで。
清い、白い、1つの美しい生活。
統合失調症は、健斗にプロポーズされたときと、
小笹一美と生理問答をした時から、とおくへいった。薬も飲んでいる。
これからわたしは、天衣無縫となる。無敵だ。だれもわたしの病気で迷惑をかけられることがない。
内に籠るが故の無敵。
それでもやっぱりわたしたちは、天真爛漫な2人だ。これもちょっと書けないけれど変換機能に甘えちゃえ。
誕生日前に、一美ちゃんはバーに行く。東京なんて12くらいの時にいったきりらしいのに。
行っておいで、とは言わなかった。ぼったくりかもしれないし。それでも老舗のバーをちゃんと検索していた。
あれだけ機械に監視されていると怯えたことがあると言っていた人があっさりと。
人は変わるもの。人は、流れるもの。
来週には、移り住むか。
渡米でもするみたいに、わたしは一人言を言った。
統合失調症になってから結婚しました。 明鏡止水 @miuraharuma30
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